恋に至るまで 愛情を抱いていたのだと思う。
誠実で、時に愚かなほど真っ直ぐな彼に。仲間から信頼され、けれども時に孤独を抱え込んでしまう彼に。自分にはない正直さと、自分によく似た不器用さを持つ彼に。
それがいつからだろう、形を変えたのは。
「俺は、またこうしてたまに先輩と会えると嬉しいなって思うてます」
2人用のテーブル席の向かいに座った白石が、真っ直ぐにこちらを見ながらそう言った。かと思えば、彼は自信なさげに俯く。
「迷惑やなければ、なんですけど……」
「そんなことないで。嬉しい」
頬杖をついたままニコリと笑ってみせると、白石の顔が陽の光に照らされたみたいにパッと明るくなった。己の言動でここまでハッキリと一喜一憂してくれる相手はなかなかいない。ことに白石に関してはそれがなんの計算でもないのだろうから、どうしようもなく可愛がってやりたくなってしまう。
「ノスケは今、春休みやっけ?」
「はい。そうですよ」
「んで、4月入ったら高校生やろ。楽しみやな」
何が言いたいのか察しがついたらしい白石は、俯いたままいじけるように手元のストローをぐるぐる回してグラスの中身をかき混ぜた。
こういうところもまた、愛らしいと思っていた。ただ、"愛らしい"と。
「……何も変わらへんです。高校でも、テニスして、勉強もして、たまに遊びに行ったりもして」
「そんで、カノジョなんかできたりして」
茶化すように言ったが、これは本気で思っている。
種ヶ島は学校という場にいる白石の姿を見たことはない。だが、この恵まれた容姿と人当たりの良さだ。さぞモテるであろうということは想像がつく。彼は積極的な女性には少し苦手意識があるようだが、かといって女性全般が苦手というわけでもない。ならばそのうち、年の近い少女と恋に落ちるだろうと、種ヶ島はそう思っていた。思っていたのに——
「できませんよ」
胸の内側の、おかしなところがくすぐられたような心地がした。
「だって俺、種ヶ島先輩のことが好きですから」
白石が、その星の瞬きのような瞳をこちらに据えた。こちらが臆してしまいそうなほど、真っ直ぐに。この表情には見覚えがあった。彼はかつてその表情をしてこう言ったのだ、「全ての星を掴み取る」と。
「参ったなぁ」
上手い言葉が見つからずに、意味もなく手元のコーヒーカップに手を添えてみたりした。焦茶色の水面に映る自分の顔は肌の色はよくわからない。今はただ、赤く染まっていないことを祈るのみだ。
愛情を抱いていたのだと思う。
『先輩のことが、好きです』
少し震える声でそう明かした彼に。
愛していたから、手放そうと思った。彼にはもっと相応しい相手がいると、そう思った。
それがいつからだろう。好きだと告げる声が震えなくなったことに気づいた。彼が自分を諦めないでいることに喜びを感じるようになった。——許されるなら、その想いがこの先も自分にだけ向けられたらと、そう思うようになってしまった。
愛情が、形を変えてしまったのだ。