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    英星献A 展示2
    オクバデプランツドールパロ「PLANTA DEA」の第3話、日常パートその2です。
    オクバデが二人の生活を少しずつ構築していくところです。
    お金、とりかえしましょうね。

    #3-2 青信号 「いらっしゃいま……お、お、オクジーさん!?」
     ラファウは仰天した。
     この男が店に来るときはいつもこうだ。
    「あ、ラファウさん、こんにちは。会えて良かった」
    「いやこんにちはじゃないでしょ! どうしたんですか!」
    「あの、先日は、急に、しかもかなりだらしない格好でお邪魔してわがままを言ってしまって、改めてお詫びとお礼をと思いまして。これ、つまらないものですが……」
    「いやそうじゃなくて!」
    「へ?」
    「へ? じゃないですよ、どうしたんですかその怪我!」
     ラファウは自分のこめかみを指差しながらオクジーに迫った。
     オクジーは左のこめかみのあたりに血の滲んだ大きなガーゼをつけていて、右目がぼっこり腫れていた。暴力を受けないと絶対にこうはならない怪我である。
    「あー……いや、大丈夫です、すいません、今日も見苦しくって。はは……」
    「いや……どう考えても大丈夫ではないでしょ……」
     ラファウは呆れながら、店のキッチンから保冷剤を持ってきてオクジーの目に当ててやった。
     話はこうだ。
     今朝、バデーニに送り出されて会社に出勤したオクジーは、休日出勤の命令の電話を取らなかったこと、社用携帯を水没させて壊したことについて1時間ほど恫喝された。この調子だとあと2時間くらいは続きそうだなと思ったオクジーは、それを遮って退職届を社長に提出した。
     すると、「俺の有難い話を遮ったどころか、やめるとはどういうことか、恩を仇で返そうというのか、俺がどれだけお前にしてやったと思っている、無能のゴミが、拾ってもらって有難いと思っていなかったのか、今まで誰のお陰でおまんまがなんたらかんたら、どうたらこうたら」という具合に灰皿で頭部を殴られたとのことだ。いつもは首から上や見える部分はやられないので、相手も頭に血が昇っていたのだろう。
     そこからはもうめちゃくちゃで、何か大きなミスをしてしまった時みたいに全裸にされ、土下座させられ、地獄絵図だったそうである。それで最後に「もうやめようなんていう気はなくなっただろうな」と聞かれたので、オクジーは「いや、辞めます」と言った。すると今度は素手の拳で、思い切り顔面を殴られ、お前は心の弱さから馬鹿なことを言い出すどうしようもない犬だが、頭を冷やして明日誠心誠意謝れば許してやると言われ、放り出されたそうである。
    「いやぁ、なんでああいう頭のおかしい人たちって全裸好きなんでしょうね、はは。まぁなんか早めに終わってよかったですよ、ここも寄れたし。でも明日どうしようかなぁ、別に許さなくていいから、やめさせて欲しいんですけど……」
    「……」
     ラファウはドン引きした。いつもの灰皿? 全裸? 犬? こんなのもうカルトだ。どう考えても刑事事件だろ。なんでこんな普通にしていられるんだこの人は。
     ラファウはこの男を愛してしまったバデーニに心から同情し、ドン引きした顔のまま助っ人に電話をかけた。
    「あっ、ノヴァクさん? ちょっっと今すぐ来てもらってもいいですか? なんか緊急事態で……実は最近バデーニさんが目を覚まされて、一昨日からオーナー様のお宅で暮らされているんですけど、その方のお勤めの会社がちょっとかなり……やばくて……いやマジ見たら一発でわかるんで一回見てほしくて……いやお願いしますよ僕だけじゃどうにも……あ、はい。ですね。バデーニさんも呼んどきます。はい、すみません、はーい」
     ラファウは何もわかっていない顔のオクジーにタクシー代を握らせ、バデーニを連れて戻ってくるように言った。オクジーは恐縮して「走るから大丈夫」みたいなことを言ったが、「その体で走るのはやめましょう」となんとかタクシーに押し込んだ。
     

     ✴︎


     「どうも、この店の顧問弁護士のノヴァクです」
    「ノヴァクのプランツのヨレンタです。バデーニさんとは前のお家が一緒で」
     現れたのは、にこにことした穏やかそうな口髭の老人と、バターブロンドの三つ編みが愛らしい少女体のプランツだった。
     オクジーは内心ヨレンタに対して「喋った!」という感想を抱いていたが、唇を噛んで飲み込んだ。
    「えと、どうも、自分、オクジーと申します。バデーニさんの、えっと、オーナー? です」
    「……」
     オクジーはこの場合の自分がなんなのかわからなくなり、つっかえながら自己紹介した。そして、この店に来る前、文具店に寄ってバデーニのために買っておいた小さなノートとノック式のボールペンを彼に渡した。彼には黄金のガラスペンと星空色のインクが一番似合っているのだが、出先ではもっと手軽に話せたほうがいいだろう。
     オクジーが怪我をさせられたことへの怒りと悲しみと心配によって怖い顔をしていたバデーニは、オクジーからのプレゼントに露骨に表情を柔らかにしてから、スッと表情を消してなかったことにし、取り澄まして挨拶した。オクジーは一連の表情の変化が愛おしすぎてぎゅっと目を閉じた。
    『バデーニです。私は声を持たないので、筆談にて失礼します』
     オクジーはバデーニが自分ではっきり「声を持たない」と言うところを初めて見た。やっぱりそうなのか。多分ヨレンタさんもバデーニさんと同じziemiaシリーズ? とかいう頭のいいシリーズなんだろうけど、みんな少しずつ違うんだろうか。
     ヨレンタはバデーニの自己紹介を読んで、一瞬ちら、とオクジーを見た。それからたまりかねたように声を高くした。
    「バデーニさん! ラファウさんから聞きました! 本当はひと月前から起きてらしたんですよね!? どうして連絡してくださらなかったんですか! というか、ラファウさんが連絡をくださらないってことは、バデーニさん口止めしてましたね? 全然目を覚まされなくて、ずっと心配してたんですよ!」
    『すみませんヨレンタさん。ただ、彼が私を迎えに来なかった場合、私はここを出ていくつもりだったので。止められると面倒だと思いまして』
     バデーニは基本的に同郷のヨレンタに嘘がつけないので、正直過ぎるほど全部言った。
    「出て、って……、止めるに決まってるじゃないですか! というか、ラファウさんがそんなこと許さないでしょう!」
    「許しませんよ〜」
     ラファウはいつものように皆に紅茶とスコーンを配膳しながら、目だけ笑っていない笑顔で言った。
     今日のカップはウェッジウッドのワイルドストロベリーで、茶葉も公式のものだ。甘い苺のフレーバーにヨレンタが目を輝かせる。
    「で、出て!? それって、どこにいくつもりだったんですか!?」
     今度はオクジーが声を高くした。
    『君の家に決まってるだろ』
    「ど、どうやって?」
    『会社からつけるつもりだった』
    「危ないですよそんなの! しかもそれ、そんなこと絶対ないですけど、もし俺が家に入れなかったらどうするつもりだったんですか!?」
    『そうなったら、それまでだろ。別にどこでも好きなところへ行ったさ』
    「それまでって……」
     あのとき会いに行ってよかった。オクジーはたまらず隣に座っているバデーニの肩を自分の方に抱き寄せた。
     ノヴァクとヨレンタにはバデーニがオクジーに話しているノートは見えなかったが、オクジーがバデーニに話している言葉だけで、なんとなく二人の関係性に察しがついた。ヨレンタが安心した顔でノヴァクを見て、ノヴァクもよかったねぇ、の顔でヨレンタを見た。
    「さて、それで、オクジーさん」
     ずっとにこにこと静かにしていたノヴァクが切り出した。
    「わたしは『オクジーさんのお勤めの会社がヤバい、見ればわかる』と言われてここにきたんですが、その、目とこめかみのお怪我についてお聞きしても?」
     ヨレンタが背筋を伸ばしてカバンから小さなPCを取り出すと雰囲気は一変した。
     オクジーはたじろいだが、隣のバデーニがちゃんと話せ、と顎で指示するので、緊張気味にぽつぽつとことのあらましを話し始めた。
     さて、事情を話すと、本気になったのは弁護士のノヴァクではなく同窓のプランツたちの方であった。
    「泣き寝入りなんてあり得ません! お金、絶対に取り返しましょうオクジーさん!」
    『オクジーくんが受けた侮辱と同じだけ土下座させないと気が済まん! なんとかならないのか?』
     性格はかなり違うが、苛烈さにおいて二人は似たもの同士だった。特にバデーニは筆談だというのに元気である。
    「土下座はちょっと……多分オクジーさん相手方の土下座に興味ないだろうし……。どうですか、オクジーさん、こういうのって主にはお金になってくるんですけど、謝罪してほしいとか、示談金はいいから懲役に行ってほしいとか、なんかありますか?」
     ノヴァクはなんだかぼんやりしているオクジーに意向を尋ねてみた。
    「いや特には……。退職代行? みたいな、とにかく、安全にやめられたらそれでいいです。さすがにもう、殴られたりしたくないので……」
     が、この通りであった。
    『オクジーくん、それを泣き寝入りって言うんだ』
    「そうなんですかね?」
    「そうですよ! オクジーさんの大切な5年間、せめてお金だけでも取り返さないと絶対にダメです!」
    「ヨレンタさん……。やさしいんですね。ありがとうございます」
    「ひ、響いてない……どうしましょうバデーニさん……」
     ヨレンタは蜂蜜色に瞳を潤ませてバデーニを見た。バデーニもヨレンタを見てから、きゅ、と目を閉じて渋い顔をする。プランツのふたりが並んで話していると、そこだけ神話を描いた中世の絵画の世界のようだった。弁護士を立てれば安全に仕事がやめられることに安心したオクジーは、綺麗だなぁと呑気にその様子を眺めている。
     そんなとき、ノヴァクがヨレンタの背中に優しく触れて、ちょっと頷いた。私に任せなさい、と言っていた。
    「オクジーさん。仕事は辞められたらとりあえずそれでいい、というお気持ちはわかりました。正直、相手取って訴訟するとなるとそれなりに面倒なことも多いですし、これ以上怖い人たちと関わり合いになりたくないお気持ち、よくわかります……。ただ……オクジーさんは、私と同じでプランツのオーナーでいらっしゃいますからね。しかも、バデーニさんは一昨日お迎えになられたばかりとか。まだまだ、わからないことや、揃えなければならないものがたくさんおありなんじゃありませんか?」
    「あっ! そうなんですよ。それはもう、本当に色々……」
     オクジーが反応した。
    「わかりますよ〜。私もね、本来はプランツなんか持てるような金持ちじゃあありませんから。ヨレンタと暮らし始めた当初は、今のオクジーさんと同じ境遇でね。だから、ほっとけないんですよ。まずもって、我々って普通の家に住んでるでしょう? 他のものはある程度綺麗に、専用のやつを用意してやれるけど、水回りはね〜。そういうの、あるでしょう?」
    「そうなんですよ! うちのアパート、ボロくて。バデーニさんが使うんで、トイレ綺麗にしたんですけど、水回りって、古いだけでなんか嫌な感じがするじゃないですか。なんとかしたくて……」
    「アパートが古い、ですか……バデーニさんを連れて出かけたりは?」
    「まだ全然」
    「よかった。プランツは高級品ですから、盗難がありますからね。プランツだと分かる状態で外に出さないほうがいい。お家では綺麗にしてあげるのがいいけど、出かける時はなるべく顔はみえないようにして、普通の子供服なんか着せたほうがいいですね」
     これはノヴァクが実際に実践していることだった。
    「と、盗難!? そんな……でもあのアパートセキュリティも治安もあったもんじゃないからな……」
    「どの辺りにお住まいなんですか?」
    「駅の東の10丁目のあたりです」
     眠りについていてこのあたりの土地勘がないバデーニ以外、その場の全員が引いた。
    「それ引っ越したほうがいいですよ、一刻も早く」
    「いやでも、盗難の心配があるなら逆に出ないほうがいいかも……」
    「なぜです? 危険ですよあのあたりは」
    「まぁ危険は危険なんですけど、3階の角部屋にヤクザ屋さんの愛人さんが住んでて、犯罪者の間では有名だから、うちのアパート絶対空き巣入らないんですよ」
     オクジーはニコニコと言った。
    「すごい、なんか、マイナスとマイナスかけたらプラスみたいなこと言い出した……」
     ラファウが我慢できずにつぶやいた。
    「でも、水回りが綺麗なところに引っ越したいでしょ? 彼のためのバスタブも必要ですし」
     ノヴァクは諦めて話題を変えた。ヨレンタの大切な友人であるバデーニのオーナーが話の通じそうな青年で良かったと思っていたが、認識を改めた。この人が普通の感覚を取り戻す、というか獲得するのは少し先のことになりそうだ。
    「ば、バスタブ!? 猫足の!?」
    「そう、猫足の」
     オクジーが勝手にバスタブを猫足にしたので、ノヴァクも乗っかった。オクジーの中に具体的な目標のイメージが生まれたのはいいことだ。それが高級マンションだろうが、猫足のバスタブだろうがなんでもよかった。まぁ確かに、麗しいプランツの姿を見て入浴と言われると、猫足のバスタブを想像する気持ちはわかる。
    「そもそも、言っちゃなんですけど毎日のミルク代が我々のような者からすればかなり高いし、かといって、時間を削って働くのも嫌じゃありませんか。一緒に過ごす時間が取れないなんて、プランツには一番辛いことですし、なんのためにオーナーしてるのかわからないでしょ? つまり……」
    「とにかく、お金が必要……」
    「そのとおりです。そんでもって、オクジーさんの場合、5年間分の貯金があるわけでしょ? ちょっと手続きは面倒ですけど、使えるようにしましょうよ。復讐とかそう言うんじゃなくて、バデーニさんのために。そうすれば、辛かった5年間もバデーニさんに会うための準備だったってことになりますよ。ね? どうです? やる気になってきたでしょ?」
    「は、はい! 俺頑張ります! バデーニさんに猫足のバスタブを買ってあげます!」
     まずは引っ越しましょうね、とみんなが思ったが、誰も言いはしなかった。
     

     ✴︎


    「どうもー、オクジーさんの弁護士のノヴァクですぅ」
     2週間後。
     オクジーは上司の顔が赤ではなく青になっているところを初めて見た。
    「示談金の件ですが、ひとつ認識に齟齬がありそうなので、確認させていただきます。示談金自体の金額は合ってます。で、そこに、未払いになっている時間外労働・休日出勤の給料を私の方で遡りまして、第三者と確認の上での金額。これ、お伝えしたかと思うんですが、傷害に対する示談金と、未払いの給料、ま、合計するとかなりの金額、というか、未払いの額がちょっと……まぁ大変かと思いますけど……それを満額支払っていただければ示談成立、ということになります」
     オクジーのヤバい会社の話を聞いたノヴァクは、まず、オクジーが無自覚に反社会組織に所属していないかどうか、オクジー自身が業務中に暴力行為をさせられていないかどうかを念入りに確認した。それがなく、ただ狂人が経営している会社でサンドバッグにされているだけだとわかった時は少し安心さえした。なぜならオクジーのような、狂った環境に置かれても『俺なんかの居場所はここしかない』と考えてしまったり、とんでもない暴力を受けているのにへらへらして耐えてしまえる人間というのは、かなりヤクザに向いているからだ。
     そして「傷害で被害届を出して訴訟して、示談金と未払いの給料を取り返そう」と四人で説得し今に至る。
     そこからはいつもの仕事だ。翌日オクジーを知り合いの病院に行かせ、診断書を取り、バデーニに対する聴き取りにより、日常的な鬱状態や嘔吐などのPTSD症状・自殺未遂の事実が確認できたのでメンタルクリニックにも行かせて診断書を取り、記録を洗い、書類を作り……。
     そしてその全てで相手を殴るのである。
     ここまでブラックだと訴訟慣れしているかと思えばそうでもなかったので楽だった。
     それもそのはず、会社の中で、ここまで労働環境が悪いのはオクジーだけだったのだ。気が弱くて後ろ盾もなく、反撃の手段を持たない一人をサンドバッグにして他の人は助かる構造になっていた。それに訴訟は金がかかるので、大抵の人は辞めて終わりだ。今までは運良く訴えられなかったのだろう。
     オクジーのことを散々いじめていた先輩と上司は虫の息だった。この人たちは事実嫌な奴らではあるが、傷害事件なんて起こすほどイカれてはいない。狂った組織で生き残るため、狂った順応をしてしまっただけ。殴られないために殴っていただけだ。それが、いざ被害届を出されると会社は責任をとってくれない。高額な示談金を支払う羽目になり、妻にはバケモノを見る目で見られ、小学校高学年の娘に軽蔑され、こんなはずじゃなかったと夜毎枕を濡らしていた。
     しかし社長は元気だった。本物の狂人だからだ。狂人というのはいつも一番元気なのである。
     社長は弁護士の前にもかかわらず、いつもの「拾ってやった恩」の話をし、勤怠記録を見てないのかと騒いだ。確かに勤怠記録は定時出勤定時退勤になっている。これはまぁ、訴えられる大抵のブラック企業がそうなのだ。
    「勤怠記録って言いますけどねぇ……オクジーさんの労働時間の実態ですが、この勤怠記録とは明らかに異なりますよね? オクジーさんの手帳の予定やPCの稼働時間、作った書類の編集時間を見れば一目瞭然です。流石にこれは言い訳できないかと。それにあの金額、結構優しめの額なんですよー?」
     社長はまだ、定時で終わらせられないから勝手に持ち帰りで仕事をしていたんだろう、申告されなければそんなところまで感知できない、と喚いた。めちゃくちゃな主張だが、社長は謎の説得力と恐怖感のある人間だった。声が通って、目がギラギラして、本人自身もそれなりに働いているのに、疲れた様子なんか見たことがない。そんな、おかしなエネルギーに満ち溢れた人物なのだ。辞めていない従業員はそれに飲まれてしまった人間か、なんとなく被害を受けないで済むポジションに収まれた人間たちだった。
     しかしノヴァクはびくともしなかった。弁護士というのは普通の人の代わりにそういう連中と戦うのが仕事なので。
    「あのね社長さん、あなたがオクジーさんに何度も何度も「仕事が終わるまで帰るな」って業務命令をしているところは、いろんな人が見ていましたよ。それに、この会社が入っているビルですけど、入り口に監視カメラが付いているんですよ。過去半年分のアーカイブ、全て解析させてもらいました。それを踏まえて、オクジーさんがお勤めだった5年間分、常識的な、いえかなり良心的な範囲の金額を提示させていただいています。先ほども申し上げましたが、第三者の確認も通してます。それにですね、被害届は示談で取り下げられますけど、会社の違法行為に関してはオクジーさんお一人の判断ではありませんからねぇ。そちらも、お忘れなく」
     ノヴァクはニコ! と笑って圧をかけた。
     それはラファウの店で紅茶を飲んでいた時の、可愛らしいおじいちゃん然とした笑顔とは似ても似つかない、歴戦の弁護士の笑顔だった。
     真っ赤だった社長の顔が、青になった。信号みたいに。
     怒られないように、殴られないように生きてきたオクジーの人生の赤信号は、もうない。
     青は進めだ。
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