人肌中毒接触
「拓海くん、キミに触ってみてもいいかな?」
全ての始まりはこの言葉だった。
蒼月がバグ修正プログラムと洗脳を経て戻ってしばらくして、神妙な表情で近づいてきて何を言いかと思えば今の言葉である。
ちょうどお昼を食べに食堂に向かっていたオレは蒼月に捕まった。
「まあ、別にいいけど……」
そう言って、オレは蒼月に向かって手を差し出した。
後から思えばこの時断るべきだった。
「本当?ありがとう」
蒼月は嬉しそうに笑ってわざわざ手袋を外してオレの手に触れる。
そっと優しく。最初は指先から。指と指の間に蒼の指先が入っていわゆる恋人繋ぎになっていく。そこから形を確かめるように握りる力が変わっていく。優しく、少し強く。肌触りを確かめる様に親指が手の甲を撫でた。
「っ……」
あまりに優しい触り方に変な声が漏れそうになった。
「うん。ありがとう。これから昼ごはんだよね。ごめんね。邪魔して」
気が済んだのか、あっさり手が離れていった。蒼月は何か考えながら自分の部屋に戻って行った。
それからしばらくオレ達はループを抜ける方法を探る為忙しい日々を過ごした。
その間、蒼月はなんだか元気が無さそうなのは気になったが大きな問題は起こしていなかった。
その日オレ達はSIREIに朝の放送で食堂に呼び出された。
食堂に行くとみんな集まっていた。集まりの中心にはSIREIと蒼月がいる。
「みんな集まったみたいだね」
みんなを見渡したSIREIが言う。
「なんだよ。いきなり呼び出して」
丸子が不満そうな声を出す。
「いや、最近蒼月クンが元気なかったじゃない?それが気になって昨日部屋に行ったんだ。そしたら何してたと思う?」
意味深に言葉を切って周りに聞く。
「なんとリストカットしてたんだよ!」
「はぁ!?」
「ハニャ?リスカするのは怠美だけだと思ったのに違ったの?てか、衛人ってそんなキャラだっけ?」
あまりに信じられない事に周りに動揺が広がる。
「びっくりでしょ?信じられないでしょ?それで、これはおかしいって事でいろいろ調べてみたんだ。そしたらわかった」
「わかったって何が?」
「ズバリ、彼は人肌中毒になっていたんだよ!!」
「人肌中毒?」
聞き慣れない言葉に思わず聞き返す。
「いや、ボクってほとんど人に触れないで生きてきたから、その反動が今出てるらしくて触らないとストレスで自傷行為をするようになってたらしいんだよね」
SIREIの説明をわかりやすく蒼月がまとめてくれた。
「それで?その人肌中毒を直すにはどうしたらいいの?」
雫原が鋭く質問する。
「まぁ、触れ合わないでいたのが原因だから、その分たくさん触れば解決だよ。ただ……」
そう言ってSIREIは蒼月に目線を移す。
「触れるのは拓海クンだけにしたいんだ。女の子に触れるのはいろいろ問題だし。出来るだけみんなには迷惑をかけたくないからね」
「いや、オレの迷惑はいいのかよ」
蒼月の言葉に思わずツッコミを入れる。
「まぁ、彼も大事な戦力の一員だからね。この問題を解決するのはリーダーである拓海クンに任せる事にするよ」
「そういう事だから、これからよろしくね」
トントン拍子に話が進んでいく。
「なんか大変そうだけど頑張って下さいっス」
「自分に出来る事あったら言ってね。澄野先輩」
どこか哀れみの目が周りから集まっている気がするが、みんな話が終わると各々の朝ご飯の準備に取り掛かる。
ため息を一つ漏らしてオレも朝ご飯を取りに行く。今日の朝ご飯はご飯とシャケとお味噌汁にした。
朝ご飯をお盆にのせて適当な席に座ると早速、蒼月が近づいてきた。そして、隣の席の椅子を近づけて座るとオレの服をめくって手を突っ込んできた。
「!?ご飯中だぞ!?」
「ごめん。そうなんだけど、我慢できなくてダメかな?」
そう言って蒼月は困った顔でオレを見る。潤んだ瞳に見つめられてオレは返す言葉を見失ってしまった。それを肯定と受け取ったのか蒼月の手が再開する。
こうなったら意地でも朝ご飯を食べてやる。意を決してオレは朝ご飯と向き合った。
ご飯とシャケを口に放り込み味噌汁で流し込むように食べる。その間にも蒼月の手がオレの腹を背中を触っていく。相変わらず優しく、何かを愛でるような触り方にゾワゾワと何かよくわからない感覚が体を駆け回る。
「あ……んっ…」
つい艶っぽい声が漏れて慌てて口を塞ぐ。慌てて周りを見渡すとちょうど顔を真っ赤にした霧藤と目があった。
「あ、さ、先に行くね」
慌てた様子で霧藤は自分の朝ご飯のお盆を片付けに向かった。
一番聞かれたくない相手に声を聞かれた事に自分でも顔が熱くなるのがわかった。それと同時に蒼月への怒りが湧く。蒼月の手はそんな事お構いなしに上に向かっていく。出来るだけ触れ合う様にいつの間にか蒼月は腕まくりまでしてオレに触っていく。もし乳頭にでも触ったら思いっきり殴ってやろうと身構える。蒼月の手はその心を読んだ様に胸の中心を上手に避けてゆっくり揉みほごす様に、感触を楽しむ様に触っていく。それが逆に変に意識してしまい。
「ああ!もう無理だ!!」
オレは朝ご飯を食べることを放棄する事を選んだ。
「あれ?もういいの?朝ご飯、残ってるよ?」
何食わぬ顔で蒼月が聞いてくる。
「てか、お前は朝ご飯食べたのかよ?」
「食べたよ。サンドイッチだったから拓海クンを触りながら食べてたよ。気が付かなかった?」
全然気が付かなかった。そう言われてみれば服に入って来たのは片手だけだった気がする。
「とにかく、片付けて部屋に戻るからな」
「あ。待ってよ、拓海クン!」
それからも一日中大変だった。
移動中は手を繋ぎ、少し立ち止まれば服に手を突っ込まれ体を弄られる。そのたびに声が出ない様に必死だった。
そして夜。
「なんで、お前がオレの部屋に居るんだ」
「添い寝をしたくて。少しでも拓海クンに触っていたいんだ。ダメかな?」
なんか、疲れきってしまって返す言葉も出て来なかった。蒼月はニコニコして、もはや自然な動きでオレの服の中に手を入れる。
「人の肌がこんなに暖かくて気持ちがいいなんて知らなかったよ。それに拓海クンに触るとなんだか胸がドキドキするんだ。他の人にも触ってみたけどそんな事なかった。なんでなんだろうね?」
「知るかよ……」
蒼月の手は少し温度が低くて寝る前に入ったお風呂で上がった体にはとても気持ちが良かった。
しばらくして蒼月の静かな寝息が聞こえてくる。
(なんでオレなんだろうな……)
ふっとそんな考えが頭に浮かぶ。次に思い出したのは別のタイムラインで言った蒼月の言葉だった。
たしか、あのタイムラインではデスゲームが始まって、その主催者が蒼月だったのだ。その蒼月はオレに執着する理由をオレがそのタイムラインで蒼月を殺したからだと答えた。
オレはこのタイムラインで蒼月を殺していない。でも、蒼月の認識障害を治して洗脳をした。それはある意味蒼月を殺している事にはならないのだろか?
そこまで考えてオレは考えるのを辞めた。
こんな事考えたってどうしようもない。蒼月がこうなったのはオレの選択で今誰も死んでいない。誰も死んでいないタイムライン。その特別さがこの選択が正しいことの証明に感じる。だからオレは安心して眠りについた。