クラカイ小話②午後の里は、どこかゆるくて平和だった。
草の匂い、遠くで焼ける薪のにおい、子どもたちの笑い声。
クラマは縁に腰を下ろし、風に舞う小さな葉を目で追っていた。
秋の風は今日も、静かに賑やかだ。
「よーし!次は鬼ごっこだ!俺が鬼な!」
カイの声がした。
子どもたちの歓声がぱっと広がる。
「うぉっ!?てめ、速すぎんだろっ!」
ドドドッ、と土を蹴る音。
小さな足音と大きな足音が交差して、ひとりの子がつまずいた。
反射的にカイが手を伸ばして、受け止めた。
けれど、そのとき――
バランスを崩した子どもが、勢いよくぶつかってしまった。
カイの仮面が、スルリと外れた。
空気が、一瞬だけ止まった。
子どもたちは、すぐさま何事もなかったかのように笑って、また走り出した。
けれど、クラマは、息を飲んで動けなかった。
心臓がひとつ、大きく跳ねた。
何でもない風のなかに、夜の匂いがまぎれこんでくる。
――夜だけに現れる、やわらかな眼差し。
荒々しい鬼の皮を脱いだあとに見せる、ほんとうの顔。
息づかい、熱、肌の音。
カイは、夜だけ、面を外す。
それは秘密の儀式みたいで、ふたりの間にだけ流れる時間だった。
「……なんだよ」
いつのまにかこちらを見ていたカイが眉をひそめている。面はもう元の位置に戻っていた。
「いや。なんでもない」
クラマは風に紛らせるように言った。
でも胸の奥では、たしかに火が灯っていた。
夜のカイの匂いが、昼間の風のなかにまだ漂っている気がした。
その甘くて、少しだけ苦い熱が、喉元に残った。
「なぁ、今日……また、行っていいか?」
何気ないように珍しく控えめなカイの声が、風に運ばれて、胸に沈んでいった。
「……勝手にしろ」
クラマは、湯飲みの中で揺れる影を見つめた。
けれどその指先は、ほんの少し、震えていた。
夜がまた来る。
そのとき、仮面が落ちて、ふたりだけの秘密がまた始まる。
風は、もうそのことを知っていた。