クラカイ小話④夜の気配が部屋の隅にじっとりと溶け込んでいた。
畳に転がる酒瓶と鬼の面。カイの頬はうっすら赤くて、でも声だけはやたらに威勢がよかった。
「あれぐらいで酔わねぇっつってんだろ ……な、クラマぁ?」
カイは口の端を上げて、まるで獲物を狙う獣みたいな目でこちらを見た。
これは酔っているな、クラマはそう思ったけれど、言わなかった。
ことさら丁寧にふたりの布団を敷いたあと、クラマはカイの襟をつかんで、そのままゆっくりと押し倒した。
布団の中、ふたりの手がまじりあって、肌と肌がぶつかり、カイの声が少しずつ熱を帯びてくる。
火照った呼気とともに、心の隙間がぬるく溶けていくのを、クラマは感じていた。
けれど。
――ぐぅ。
カイの寝息が、耳元でやたらと生々しく響いた。
「……は?」
最初は理解できなかった。
次の瞬間にはもう、確信に変わっていた。
「おい、カイ……」
クラマは動きを止め、ゆっくりと体を起こして、眠るカイの顔を見下ろした。
合わさった長いまつ毛と、乱れた前髪と、ほんの少し開いた口。そこに威勢の良すぎる鬼の意志は微塵もなかった。
はぁ、と大きく嘆息してから、クラマは枕をふたつ並べ、その片方にどすんと倒れ込んだ。
その勢いに反応するように、カイが寝返りを打つ。背中に、ぴたりと熱が触れた。
「……次、同じことしたら、里の外まで吹き飛ばすからな」
カイからの返事は寝息だった。クラマは目をつむり、苦々しい息をひとつ吐いた。
それでも、ふとした拍子にカイの手が自分の指に触れると、彼の怒りは、ほんの少しだけ、眠気といっしょに溶けていった。