春、卯月、僕の心は期待に満ち溢れていました。死のうと思った。社会人になりたてで仕事がつらくて、親しい人に僕なんかが相談するのも忍びないと思って、誰かの役に立ちたいと思ってたけど周りをイライラさせてばかりで。
春の日差しが真上にあってぽかぽかと気持ちのいい日だった。でも青いばかりの空が大きすぎて押しつぶされた心でゆっくり階段を上がった。交通量の多いところを選んだから目をつむって落ちたって死ねるだろう。歩道橋に僕以外人はいない。僕は手すりによじ登った。家族はきっと悲しむ、僕を愛してくれたから。でもそれだってどれだけ迷惑かけたことだろう。生まれ変わったら花になれるといいな。彼女が好きなゼラニウムの花、真っ赤で小さくて元気をくれるそんな花がいい。
一思いに道路に飛び込む。考え事してたからあんまり車とかは見てなかった。空中でひっくり返って意識が遠のく。青空が視界に入ったその瞬間。
僕は天使を見た。
トンガリが家に遊びに来ていた。今日は早上がりだそうだ。前の日から聞いていたので喜ぶだろうと思ってドーナツを買ってきた。そんなに食べたら太るでと毎度小言を言うがドーナツを頬張ってリスみたいな顔になるのが可愛くてつい何度も買ってしまう。
「は?苺とちゃうの?」
「え?ごめんチョコがよかった?あげるよ」
トンガリは持っていたチョコのオールドファッションを差し出す。
「いやいや、いつも最初は苺のやつ食ってたやん」
「そうかな?チョコの気分だっただけだよ、ほら食べよ」
「オドレ誰やねん」
「え?」
金髪に左目下のほくろ。それだけが同じで後はどう頑張ってもトンガリに見えなかった。先ほどまでそこには自分の恋人が座っていたはずなのに。
「おかしいと思ったわ」
「…」
「最近教会にも来んし、仕事の話もせーへんな」
「オドレホンマはだれやねん」
目の前の男はうつむいて黙りこくっている。この男は偽物だ。
「悪魔なんと違うか」
「ちがっ僕は!」
悪魔の首に手をかけてぐっと力を入れる。
「出てけやアイツん体から!それはワイのもんや。騙るなんて許されると思うなよ」
悪魔は顔をこわばらせて首を絞める手をひっかく。しかし自分は頸動脈のどくどくという振動を止めるかのようにさらに締め上げる。びくともしないその腕に悪魔の顔にはだんだん汗が滲み目に涙が浮かんでいた。
「でてけや、悪魔が。でてけでてけ」
もう自分で何をいってるのかわからなくなってきた。目の前のそいつは渾身の力でもってワイの脇腹に蹴りを入れた。不意打ちだったので予想以上に体が吹っ飛ぶ。
「いい加減にしろよ!死んじゃうだろうが!!」
トンガリは涙目で叫ぶ。二人とも息が荒くしばらく固まっていた。
ピンポーン
インターホンの音を皮切りに男が動き出す。
「…ごめんなさい、僕帰るよ」
男は走って玄関を出ていく。
「うおっ、あのちょっと!荷物…」
宅配に来ていた業者の驚いた声が部屋まで聞こえてきた。しょうがないので受け取りに行く。
「ワイが家主や」
「あぁ、さいですか。これ宛先あってます?」
「…にーちゃんこれうちのとちゃうわ」
「ホンマですか!?あかんマンション名間違うたかな…。お時間使わせてしまって申し訳ない」
「もうええて、はよ帰ってくれ」
今はだれの相手をする気にもなれなかった。
「失礼しました~」
「もう無理だ。これ以上彼を騙せない」
逃げ帰った自宅のソファの上、恋人の腕に抱かれながら僕は訴えた。
「騙すんが目的とちゃうやろ。自分で気づかんと意味ないんやから。むしろ気づくん遅すぎや。くそっ!なんで三カ月も続いとんねん、ホンマに頭いかれとる」
僕の恋人は不機嫌みたいだ。
「怒ってるの」
「当たり前やろ。オドレ何されたかわかっとんのか!?ワイがいかんかったら死んでまうかもしれんかったんやで?」
先ほど宅配業者に扮して僕を助けてくれたのは彼だった。ニコラスさんの家に行くとき僕は盗聴器を仕込んでいて、僕が危ない目にあったら彼はいつでも助けてくれる。頼りになる僕の自慢の旦那さん。
「…大丈夫だよ」
「おどれ御仏に誘われてるんちゃうか」
「まさか、あり得ないよ。だってニコラスさんから僕を守ってくれたのは彼だもん」
”いいかげんにしろよ!死んじゃうだろ!!”
あの時の僕は意識がもうろうとしてた。僕の口で僕の声であの言葉を叫んだけど。そこに僕の意思はなかった。
「彼にはいつも助けられてばかりだな」
「はっ、冗談やろ。ホンマに幽霊なんてもんあってたまるかい。オドレのそれは手術の影響や。よく前の持ち主と嗜好が似る言うやろ、それと同じようなもんや。」
「お坊さんのくせに言うことがひどいな…。彼を成仏させてあげるためにここまでしてるってのに」
「あんなぁ、供養言うもんは生きとる者の為にやるもんや。見えも聞こえもせんもんのために汗水たらすもんとちゃうねん」
「ナイが聞いたら怒るよ」
「ケッ!アイツ、ワイがオドレと付きおうてからいくらでも嫌味いうて来よる。今更何言われたかて気にするかい」
「も~仲良くしてよ~」
僕はまたニコラスさんの様子を見に彼の家に行かなきゃいけない罪悪感はもちろんあるけどこれは彼の為なのだ。
教会近くにある公園に入った。
喉が渇いていたから自販機を探しに来たのだ。
ここは住宅地のど真ん中にある割に広いので孤児院の子供たちもよく利用している。
お茶を買って教会に戻ろうとすると見覚えのある金髪が目に入った。
「ナイブス…?」
恋人の双子の兄であった。公園の敷地の中で入口に一番遠いであろう道路に駐車して運転席に座っていた。
彼は医者である。休みであったとして昼間の公園にわざわざ来るような男ではない。弟に会いに来るにしたってヴァッシュは会社員で今は仕事中であるはずなのだ。
木陰から様子を見て考えに耽っていると軽やかな声がした。
「こんにちは先生」
トンガリ…?
今日は休みだったんだろうか?兄と出かける待ち合わせをしていたならうなずけるが恋人を差し置いてという気がしなくもなくてもやもやする。
「調子はどうだ?」
「それって体のこと?仕事のこと?」
「両方だ」
「体はお陰様で調子いいです。仕事は、どうなんだろ?」
「まだ、気づかないか」
「いや、この前感づかれて、お前はだれだって言われたよ」
「じゃあ、そろそろ式の準備を進めたほうがいいか」
「そうだね。そこはナイと相談したほうがいいだろうし、話付けとくよ」
「悪い、頼んだ」
「いいんだ。君は命の恩人だもの」
「仕事だからな。あまり気にするな」
「うん、本当にありがとう」
「…お前には、ひどいことを頼んでいるな…」
「なに?」
「他人の真似事など、ましてや故人の」
何を言っている?
「ううん、これもご縁だよ。むしろもっと早くこうするべきだった。ニコラスさんが正気のうちに縁切りを済ませておけば…」
縁切り?
「3年前のことをいまさら言ってもしょうがない。あの男はお前の回復までに幻覚を見始めたんだ。どっちにしろ打つ手はなかったさ。今こうして手伝いをしているんだから何も問題はない」
幻覚?
「ありがとう、先生。それでさ話したいことがあって」
「なんだ」
「僕が病院に行った理由覚えてる?」
「歩道橋から飛び降りたんだったな」
「うん、その時は本当に死のうと思ってた。後悔なんてなくて、すっかりきっぱりこの世からいなくなっちゃおうって。でも君の弟さんから心臓をもらってからは朝起きても目が霞まなくて、明日が怖いとは不思議と思わなくなってた。今こうして生きてるのはもちろん先生の手術のお陰だけどでも彼の心臓が僕に力をくれる気がするから、二人のお陰なんだ。本当にありがとう。僕二人のためなら何でもするよ!ニコラスさんのことだって助けたい!」
「そうか。アイツも喜ぶだろう」
今まで恋人だと思ってたやつは本当は赤の他人だった。
本当の恋人は死んでいた。
3年前車に轢かれて。
籍を入れることに決めた次の日だった。
本当はずっと分かっていた。
分かりたくないだけだった。
ピンポーン
「ニコラスさん僕だよ。話があるんだ入れてくれ」
扉を開けるとそこには金髪の刈り上げ頭と寺の坊主がいた。坊主のほうが話し出す。
「徒莱願寺のウルフウッドいいます。ちょお話したいことがありましてん」
「ヴァッシュのことか」
「左様で」
「上がれや」
「どこまで察してはる?」
坊主が尋ねる。
「そこの金髪がワイの恋人の振りしてたこととヴァッシュは3年前に死んだっちゅうのはわかる」
「話はやくて助かるわ」
「僕たちは寺の人間でヴァッシュさんのお兄さんからの依頼で君とヴァッシュさんの縁切りの準備をしてたんだ」
「ナイブスが?縁切り?」
「君が亡くなったヴァッシュさんをいるものとして生活してるのをみて耐えられなくなったんだと思う。三年間ナイブスさんはなにかと君を気にかけてたみたいだけど、君は精神科の受診も拒否したみたいだし」
幻覚の話も精神科の話も全くピンと着ていないが自分の意識がおかしかったことは認めざるを得ないので黙って聞いていた。
「縁切りっていうのはその名の通りこの世とあの世の縁を切るための儀式や。こいつが故人の依り代となってその人の代わりに生活する。未練を無くしてから最後の儀式であの世に送り届けるんや。故人も遺族もきれいさっぱりお別れするっちゅうわけや」
「今回は儀式の前段階で君と過ごすこと、君の精神状態を回復させることが目標だった」
自分のことなのにあまりにも実感がない。自分が普通に生活しているつもりだった間にこんな大事になってるとは…。
「儀式の為とはいえ、君を騙すようなことをしてしまって…。本当に済まない」
金髪はつむじがはっきり見えるほど頭を下げた。
「…この前までのワイに直接言っても、ヴァッシュのこと信じへんかったやろうし。しゃーないわこちらこそ手間かけさせたみたいですまんかった」
「ホンマやで。この三か月間ワイがどんだけつらい思いしたことか…」
金髪が坊主の頬をつねる。
「それは今関係ないでしょ!」
「お二人は付きおうとるん?」
「せや、夫婦やで」
坊主は自慢げだが金髪のほうは恥ずかしそうにうつむいた。
「そら、えらい悪いことしたな」
「ええねん、ええねん、オドレを口実に盛り上がるさかい」
バコッと鈍い音がして坊主は机に倒れ伏した。金髪はこぶしを握りながら気まずそうに視線を彷徨わせている。愉快な奴らだと思った。
「あ、あとは聞きたいことある?」
動揺しつつも金髪は問いかける。
「この前…公園でオドレとナイブスが話とるのを聞いた。手術って何のことや」
手術、飛び降り、心臓、あの時聞こえたそれらの単語とヴァッシュの死が一つの事象に結びついていることは想像がついていた。しかし、やはり本人の口から聞かなければ。
「臓器移植だよ」
金髪は一度目を伏せ、それからまたこちらを向いた。
「僕は、3年前自殺未遂で死にかけて、ヴァッシュさんから心臓と肺と右目を貰ったんだ。その処置をしたのがナイブス先生だよ」
「…」
「臓器移植を受けたのは僕だけじゃない。たくさんの人がヴァッシュさんに救われたんだ」
言い聞かせるような口調だった。
「そか、そうやったんか…」
自分が正気でない間にもアイツは誰かを救い続けて希望を与えて生かしてきたらしい。
誰もが前をみて自分ばかりが泥沼にはまっているようだった。
「おえ、それでオドレはどうなんや」
「何がやねん」
「いつまでもうじうじしとらんとはっきりしたらどうや」
「だから何がやねん」
「恋人が居らん事受け入れて生きるかどうかや」
どうだろう自分はここ数日天井のシミを眺めるばかりの生活をしていた。食事はほとんどとっていなかった。
3年前までいつも会社の帰りのあいつと家で温かい食事をとっていたのに。
仕事の話を嬉しそうに話す笑顔を眺めていた。
ゼラニウムの新種ができそうだといってはしゃぐ姿が眩しかった。
明日籍を入れようとそっけなく言った自分に顔を真っ赤にしながらはにかんでうなずいてくれた。
次の日孤児院の手伝いで買い出しに出かけたあいつは子供をかばって轢かれたらしい。
「ここ数年のわいの精神状態を改めてみても明らかやろ。アイツのいない明日は怖くてしゃーないわ」
「ニコラスさん…」
「御仏をあの世に見送る覚悟が決まったら言い。用意しとくで。魂は転生するか極楽に行くか、行き先は決まっとんねん。オドレがいつまでも抱きこんだままやとそいつはどこにも行かれへんようになるで」
「うっさいわ、坊主が牧師に説教垂れんな」
次の日ずっと休みにしていた教会を訪ねて長らく留守にしていたことを職員たちに謝った。シスターからの勧めでここ半年は休んでいたのだ。彼らは元気になってよかったと笑った。
次に孤児院に顔を出した。こちらの手伝いは休まず行っていたので久しぶりでもない。こちらも職員に事情を説明する。
そのあとは子供らの面倒を見て過ごした。子供ら曰く過去の自分は何もないところをみて「トンガリが手ぇ振っとるわ振り返したり」と言っていたそうで、子供らにしてみれば怖かっただろう。
夕暮れ時まで遊んですごして子供らの一人がこそこそと話しかけてきた。
「ニコ兄がみてたヴァッシュは幽霊だったの?」
「どうなんやろな~、ワイの信じとる神様は幽霊なんて居らん言うてるけど」
キリスト教において幽霊と信じられるもののほとんどは悪魔の仕業だ。
「じゃあ死んじゃったら生きてる人に会いに来れないの?」
「せやで~。でもそうやな、神の使いならこの世に現れることがあるかもしれんな~」
「神のつかいって?」
「イエスキリストとか天使とか」
「天使?」
少女は少し間をおいて叫ぶように言った。
「じゃあヴァッシュは天使になったんだ!」
「あ?」
「だってニコ兄には見えてたんでしょ?」
「あ~…」
「教会にね羽根が落ちているときがあるの。真っ白できれいな羽根。きっと天使様の羽根なんだよ。ヴァッシュ、ニコ兄に会いに来たんだよ!」
「だってヴァッシュニコ兄のこと大好きだもん!きっとそうだよ!」
そうであればいいと目元を抑えながら思った。
話があると金髪の男から連絡があった。
呼び出されたのは郊外の農園らしき場所で花々が咲き乱れていてあいつが見たらきっと喜ぶと呆けた頭で思った。
「最近調子はどう?」
「本職復帰して、まぁぼちぼちやらせてもらってますわ」
「そう、君の周りの人が優しい人たちでよかった」
近況報告もそこそこに歩みを進める。
「ここは僕の兄が経営してる花卉農園なんだ。ヴァッシュさんの会社と提携しててさ」
目的の花壇についたのか金髪はしゃがみ込む。
「ヴァッシュさんが開発してた新種のゼラニウムだよ。雨と日射に強くて家庭用に育てやすいように改良してるみたい。ここではずっと栽培してて市場におろしてるんだ」
それは赤い小ぶりの花が身を寄せ合って一つの大きな花のように見えた。
「言うてたわ、こん花好きやって。綺麗やな」
「うん、この花を式に使おうと思って」
「これ真っ赤やけど大丈夫か?白いのがええんとちゃうの?葬儀やろ?」
「え?違うよ?お葬式じゃないよ!!お葬式はもうやってるでしょ?」
「縁切りってそういうのとちゃうんか?」
「違う違う結婚式だよ!」
「は!?」
「冥婚だよ、現世で結ばれなかった二人を最後に結婚させてあげて未練を亡くしてお別れするんだよ。うちの寺特有の儀式なんだけどね」
「…なんやもっとしみったれたもんや思うとったわ」
「そっか、言ってなかったね…。まぁ形式上、相手は依り代の僕になっちゃうけど。代理だから気にしないでね」
「あの坊主怒るんやないか?」
「う~ん、まぁ、仕事だし…」
そういうものかと間をおく。ふと思った。
「ちゃお待て、依頼したんナイブスや言うてたな」
「うん、そうだよ」
結婚式の準備しとったんか?あのナイブスが?態度に出んだけで弟を溺愛しててワイを目の敵にしとったあのナイブスが?恋人になってから奴に初めて会った日のことを覚えている。奴は出合頭にドロップキックをかましてきたのだ。
「むつかしい顔してどうしたの?」
「いや、何でもないわ」
「もしかして嫌だった?そうだよね故人と結婚するなんて…。怖がる人もいるし…」
「ちゃうわ、あいつと結婚すんのはまぁワイも望んどったことやし、こんなありがたい話ないわ。せやけどワイらの仲認めへんかったくせに、あのナイブスがなぁ」
「弟さん思いのいいお兄さんだね」
ドロップキックの件を言おうと思ったけどやめた。
「結婚してあいつは満足するんやろか」
「う~ん、これはウルフウッドからの受け入りなんだけどね。縁切りは個人の為っていうより遺族の為っていうほうがしっくりくるんだって。お葬式とか墓参りとかそういうのだって故人の為なのはもちろんなんだけど、故人のために何かした実績が遺族の心を癒すんだって」
「自己満足いうわけや」
「そうだね。でも、大事なことだと思うよ。何か故人のための催しをするたびにそれ以上心を引きずらないよう思いを昇華するのって」
「せやろか、引きずっては駄目なん?」
わいはゼラニウムを見ていたけど、金髪がこっちを見るのが分かった。
「…あのね、臓器移植をしてから僕はちょっとずつ元気になって、まるで生まれ変わったように世界が明るく感じられたんだ」
一呼吸置く。
「でもずっと不安だった。もしかして僕は他人の人生を生きてるんじゃないかって。死んでしまったヴァッシュさんの続きを僕が生きてるだけなんじゃないかって、ウルフウッドに出会ってからはあんまり思わなくなったけど、依り代の話が来てからはやっぱり不安だった。でもニコラスさんと話してても、恋に落ちたりドキドキしたりとか全然感じなくて、安心したんだ。僕は僕のまま生きてるって。ヴァッシュさんはヴァッシュさんのまま人生を終えたんだって」
「君の中でヴァッシュさんを生きながらえさせちゃだめだよ。だってそれは君の見てる幻で、そこに彼の意志なんて存在しないんだから」
「……わかっとる、わかっとるわ…」
「晴れやかな儀式にしよう。彼と君のためにね」
堪えるように見上げると呆れるくらい青い空が広がっていた。暖かくて気持ちのいい春。もうすぐお前の命日だ。
結婚は人生の墓場なんてよく言うが、お前にとってはある意味事実であるのかもしれないとぼんやり思いながら周りに言われるがまま準備をした。
着なれない大層な着物を着て、何人か知り合いがきて挨拶をしていった。
キリシタンなのに仏教式の式なん嫌やと坊主とナイブスに文句を言ったところ、そんなものは知らんと一蹴りされた。
ナイブスの患者だった金髪がこの寺の息子だったのでこれも縁ということで今回の話は始まったそうだ。あいつのためにずいぶん大掛かりなとも思ったが、そもそも自分が心配をかけてしまったせいだと思いなおしていたたまれなくなった。
会場は白黒の幕と色とりどりの花、あいつの遺影が飾られていて、あんまり葬儀と変わらないなと思ったのが率直な意見だった。ナイブスと坊主と住職だろう男と白無垢を着た金髪だけがいた。
坊主と金髪が恋人同士なのを知っているので坊主にいいのかと聞いてみたら
「嫌に決まっとるやろ。せやけどええねん、儀式終わったら毎度ワイらの式挙げんねん。上書きや。おどれのが終わったらまたやるわ。もう5回は結婚しとるで」
らしい。気楽なことだ。
厳かな雰囲気で儀式が始まる。
坊主が何やら経を唱えている。式の間はぼんやりするばかりだった。隣に座っている男はアイツと同じ金髪でほくろもあってニコニコしていたけどやっぱり違うなと思う。あいつは白無垢も似合うかもしれないがやっぱり真っ白なタキシードが似合うと思うのだ。細身で長身の体にきっと似合う。柔らかい金髪にベールなんかかぶってたら最高だと思う。指に揃いの指輪を付けて、ゼラニウムのブーケだって用意してやるのに…。
ここまできて未練たらたらだった。
(この後自分で結婚式するか…。ブーケ用意して、指輪も買おう)
そしたらやっと見送れる気がする。
いつの間にか式は終わっていた。
花屋でゼラニウムを買って、用意していたプラチナリングを持って教会に行く。教会隣の孤児院の子供らには昨日のうちに今日は結婚式やるさかい誰も入ったらあかんと言い聞かせてある。結婚式といったってどうせ独り相撲なのだ。一通り終わったらそのまま酒でも飲んでしんみり浸ろうと思いとっておきも持ってきた。
教会の扉を開けると中に誰かがいた。
真っ白いタキシードを着てベールをかぶった男だ。何処からか羽根が舞っている。
飛び切りきれいな泣き笑いをしてあいつは振り返った。
蛇足
ヴァッシュ:
故人、原因は交通事故。ドナー登録をしており、心臓、肺、右目網膜、その他の臓器をヴァッシュ(スタ)と他の人々に移植された。
生前は種苗会社の研究員で新種のゼラニウムを開発していた。
ウルフウッド:
教会の牧師。ヴァッシュの恋人。交通事故で亡くなった恋人の幻覚を3年間見続けていた。この話の開始時点の3カ月前からスタヴァを自分の恋人と思い込んで生活していた。
ナイブス:
ヴァッシュの双子の兄。医者をしている。今回寺に相談をした張本人。弟亡き後ウルフウッドが壊れていくのを見ていられなかった。ドナー手術を行ったのも彼である。ちなみにヴァッシュとウルフウッドの仲は全然認めてない。ヴァッシュが喜ぶだろうと思って縁切りの準備をしただけ。
ヴァッシュ(スタ):
寺の息子、花屋を営んでいる。時折縁切りの儀式のために依り代となることがある。そのほかにも寺の手伝いをしている。ウルフウッドはかわいい年下の恋人。3年前に自殺未遂で臓器移植を行っている。元ブラック企業社員(怪しい健康食品を売りつける仕事)
ウルフウッド(スタ):
徒莱願寺の僧侶。あの世のものとの縁を切るためのあらゆる仕事をしており冥婚はそのひとつ。
ヴァッシュと付き合って2年。5回以上結婚してる。(NOT離婚)
ナイ:
徒莱願寺の住職兼花卉(かき)栽培農園経営者。ヴァッシュの双子の兄。ヴァッシュとウルフウッドの交際を認めていないので毎回結婚式の邪魔をするがヴァッシュに泣かれてしぶしぶ大人しくしている。ちなみにヴァッシュが働いていた企業はもうない。