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    長生きしろよ
    @jakaasea

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    POIPOI 23

    行天とハイシーについて 晩夏の国道

    ハイシーは四車線の国道沿いを歩いていた。
    とんでもない夏日だ。晩夏の趣きにガソリンをぶちまけ火をつけたような、野蛮な日差しがまほろ市の全てを焦がしていた。
    九月半ばの午後三時半、防災放送が遠くから聞こえる。光化学スモッグ注意報の発令を知らせるそれは熱い空気に溶けて消えていく。
    熱中症に注意を呼びかけるとかじゃないんだな…
    ぼんやり思う間にも汗は流れ落ちてくる。まだすっぴんの目に入りかけたそれを瞬きで弾き飛ばした。
    シルバーの日傘にはデコラティブな刺繍が施されている。ルルの持ち物の中では比較的大人しい色合いをしており、機能性が良いためハイシーも気に入りなのだ。
    今日は借りてきて本当に良かった…
    ルルはまだハナと一緒に部屋で伸びてるのかなあ…帰ったらハナに水浴びさせてあげよう。ついでにルルと私もさっぱりしよう。
    日傘の下で蒸されつつ赤信号の道向こうを眺めると、揺らめく逃げ水の中に見覚えのある背中がある。
    便利屋の多田…の相棒の方だ。もう少し先に多田もいて二人で除草作業中らしい。広い歩道の一部に設えられた花壇は、確かまほろの商店街か何かの組合が管理しているような話を聞いた覚えがあった。
    しかし手入れは不行き届きらしく、背の高い夏草や枯れ草の叢れが迫り出し歩道が見えない所もある。
    半分以上は清々しく刈り取られている。便利屋の仕事の実直さには仕事人としてのハイシーもよく勇気づけられる。だが、今日は内心同情しゲッソリするところもあった。
    こんなに暑い日に外仕事とは…
    仕事があるのは本当にありがたい事だけど…ラクじゃないなあ…
    何か冷たいモノでも差し入れようかと算段しながら青になった信号を早足に渡り、コンビニで用を済ませるとまた早足で通りへ出る。
    「…あっ」
    という声が聞こえ、信号を待つハイシーの元へ駆け寄ってきたのは多田の相棒、ギョーテンという珍しい名前の男だ。
    こんな日に外で草むしりとかやってられねぇ、ちょっと休まして、と顔に書き殴ってある。一言も発していないのにハイシーはその意を汲めてしまい、なんだか可笑しくて思わず笑ってしまった。
    行天は何故か巨大なオレンジ色の花束を抱え持っている。
    「…暑いのに大変だね」
    ハイシーは心からそう言うと行天を日傘の影に入れてやった。日焼けした行天は止めどなく流れる汗をそのままに
    「そうなんだよ…多田がさあ、弁当受け取る時に車から降りないって店の主人がキレちゃって…ドライブスルーじゃねぇんだぞ!って。凄いの。…で、あの草ボーボーをどうにかしたら許してやるって言うわけ。誰も草取りしないまま弁当屋に花壇の当番が回ってきたんだって。しかし何もこんな暑い日にさあ…罰ゲームのセンスが悪い」
    と一気に長台詞を吐いた。暑さと疲れで相当モヤモヤしていたらしい。
    言い切るのに被せてマルボロに火を付け、何故かハイシーと立ち位置を代ろうとする。ほんの微風だが行天が風上にいたようだった。
    暑くて死にそう…と蚊の鳴くような声で呟き、魂みたいに白い煙をもうもうと吐き出している。
    花束を近くで見ると無造作にビニール紐で纏められたゴミの風情だった。行天の腕の中で巨大な束が重たげに傾ぎ、細い茎とオレンジの薄い花びらが揺れ動く。近ごろよく道の端や空き地に見かける花だ。
    「捨てちゃうんだね、可愛い花なのに」
    「あー、これ雑草なんだよ」
    「そうなの?ポピーじゃないんだ」
    「うん。」
    ポピーと同じ種類のナントカって名前で、繁殖力が異様に強い。一つの花に種が1000個も出来る。ポピーに似た花を抱え直して行天はそう言った。
    二本目の煙草に丁度火をつけた所だったのでハイシーは青信号を見送ることにした。
    「好きなんだ、花」
    「うん?」
    「詳しいから」
    「たまたま。むかし詳しい人に教えてもらった」
    塗り直されたばかりの横断歩道の白帯は日傘の中にも強い照り返しを投げる。それに目を細める行天はほんの少し微笑んでいるようにも見えた。
    細めた目のまま走ってくる車を茫洋と眺め、日傘の刺繍を眺め、ハイシーの持つ袋を眺めた。
    「コンビニ?」
    「うん。暑くてなんも食べる気しないし、アイス買おうと思って」
    「ふうん」

    箱のアイスを買っていて中の二本を便利屋ふたりにあげる アイスは結構溶けかけてきておりそろそろ帰ろうとハイシーは思う

    ハイシーはアイスが気がかりになり始め、次の信号で渡ろうと先ほどから考えていたことを口にする。
    「ねえ、それ半分くらいもらっていい?」
    「いいよ。…花好き?」
    「うん 一度でいいから花をたくさん飾ってみたかったんだ…でも変かなぁ。雑草だし」
    吸いさしを靴の裏で消すとその場に花束を下ろして紐を少し緩め、元気そうなの選んでとハイシーに促した。
    花を選ぶハイシーの横で行天は片結びのビニール紐を解こうとしていたが、しばしの後「ちょっと待ってて」と言いながら駆けて行ってしまった。ビニール紐は何故か一層強く片結びになっておりどう見ても解くのは無理だった。
    立ち上がったハイシーは信号待ちスペースのど真ん中、地面に広げたままの花束と共に4度目の青信号を見送る。
    足元に開かれた花の束を眺め「雑草」と心の中で呟くと少し切ない心持ちがした。
    しっかり者のハイシーも10代頃にはよく持て余していた類の、痛いような、気持ちいいような、あのちょっとした絶望。
    しゃがみ込んで日に焼けたオレンジをそっと撫でる。
    中には薄枯れた色でビニール紐に縊られ息絶えている花もあった。
    細い茎のこの花は部屋で生けてもきっと1日で萎れてしまうだろう。「繁殖力が強い」という行天の解説に「そうじゃなきゃ絶滅するから」と仮説を付け足しておく。
    突っ掛けのミュールに目を落とすと生地が剥げているのが目につき、それを千切って道路に放り投げる。
    アイスの冷気を微かに脛に感じ、思う

    まほろの駅裏で立っていると自分は世の中の雑草みたいなものなのだと思う事がある。
    雑草みたいな男が本能をぶつけてくるだけ、雑草みたいな女はそういう本能を満足させるのが上手かっただけ。だからそれを商売にしている。
    この商売道具は永遠に美しくは保てない。
    慕ってくる客はいても、それはハイシーという人間をではなく女の身体という記号を求めてくる人々だ。
    殆ど合いもしないピースを当て嵌められて、それに合わせて変形してみせたり、様々な形に合わせていると自分の形が分からなくなってくる。
    少しずつ確実に身体を摩耗させて、そうしてこのアイスを買っている。
    今の暮らしが嫌いな訳ではない。そもそも好き嫌いで選ぶ余地も無かったから今こうしているのだ。
    いつまでもルルとハナと暮らせる保証はどこにも無く、暮らしていけるとただ信じているだけだった。
    ハイシーはいつも薄っすらとした幸せに包まれていて、それがもっと頑丈な幸せであればいい、とこの頃少し切ない気持ちになるのだった。

    花瓶に生けられた花が頑丈な幸せを得ている訳じゃない。錯覚だと分かっているのだ。
    でも道を歩く親子連れや百貨店に入っていく人たちを見かけると、ああ、頑丈な幸せだ、と思う。

    この花は綺麗で可愛くても花屋には並ぶことはない
    人を楽しませてくれるのはどんな花でも変わりないのに、一体どこで違っちゃうんだろう

    「ただ生きようと努力した結果が雑草扱いかあ」




    日傘の下、止まぬ雨のような汗に濡れて
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