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    長生きしろよ
    @jakaasea

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    POIPOI 23

    真冬の便利屋

    ソファの下には缶がある。とうの昔に中身をなくした小さなクッキーの缶だ。最近はたまに何かが入っていたりいなかったりする。
    「…」
    居候は時々その蓋を開けて中を眺めつつタバコを吸っている。
    今日は随分長くそうしているような気がし、多田は斜向かいをパソコン越しにチラと見遣った。
    卓上スタンドとパソコン画面の明るさから夜の薄暗い居間へ、明暗に目が追いつかず表情はよく見えない。
    奴の背中を丸めて座るシルエットがソファと毛布、雑然とした部屋の影全てと繋がって何か人ではないモノに見えた。ソイツが長い指で弄ぶ缶は暗い金光りをさせている。それがストーブの火に照らされ生き物のようにテラ、テラ、と動いている。
    一瞬、多田は居るはずのない所へ来たような気がした。
    「行天?」
    「…うん?」
    「何してんだそれ」
    黒い影は蓋を外した缶をちょっと掲げてみせる。
    「多田には内緒」
    内緒なのか…なんなんだ内緒って
    言葉尻を聞きながら目を閉じこめかみを揉みほぐす。少しののち目を開けると多田便利軒の景色はいつも通りに見えた。
    オーバーワークだったかな…目がチカチカする
    スタンドの明かりを消し、椅子から立ち上がってストレッチをする。細かい作業で酷使された身体からバキバキ音がした。今日はもう終業だ。
    「…暇そうだなあおまえ チラシ切っといてくれたっていいんだぞ」
    「忙しいよ」
    「どこが」
    酒を入れては代わりに煙を出して、まあ確かにいとまが無いな。口にするのも面倒で代わりに全面的に顔に出す。
    行天は多田のしかめっ面を面白そうに眺めてから空になったグラスに酒をそそぐ。よく見るとローテーブルに置かれた酒瓶は、多田が年末年始にと温存していた貰い物の高級焼酎だった。
    「多田さあ、今日仕事し過ぎじゃない?」
    「なあ…その酒…」
    「まあまあ。こっち来て一杯やりなよ」
    「それは、俺の、酒だ」
    凄んでみてもフニャフニャとした手応えだけが返ってくる。いつもと同じだ。この、大量の糠に溺れる釘を見ているような気分、千切りにした暖簾に体当たりするようなこの気分…
    多田はいつも通り怒ることを諦めた。諦念は何も解決しやしないが健康には良い。
    そしてふと、夏のある日のことをぼんやり思い出した。
    暑い暑い夏の日、はるを連れた三峯凪子と交わした会話の中に、先ほど行天から感じた何かと通じるものが確かにあったのだ。
    「春ちゃんはー…」夏の白く強い光で明滅する記憶を手に取ろうとする。忘れてはいないんだ。だけどあの時三峯さんは何て言ったんだっけ?
    会話を精細に思い出すには多田は少し疲れ過ぎていた。居間横のスペースを照らす黄ばんだ蛍光灯が切れかかり目にうるさく瞬いているのも気が散る。
    白いため息を一つつくと、吸い切ってしまったラッキーストライクの空箱を覗き、何となしに蓋を閉める。この寒い中コンビニへ出向くのも嫌でひとまず居間のソファに腰を落とした。デスクワークで冷え切った手をストーブで暖めつつ行天を眺める。
    何となく、だが。昔のことを考えているのかな…こいつは

    行天は蓋を開けたままの空の缶を脇に置き、背中でソファに座るような姿勢で茫洋とストーブを見つめている。長くなった灰を落とさず器用に灰皿まで運ぶと、また胸の辺りまで毛布をずり上げている。
    「ねえ」
    「なんだ」
    「それ、煙草まだ入ってる?」
    行天のマルボロメンソールは勢いがつき過ぎたのかローテーブルの多田側に投げ出されていた。
    「振ってみりゃわかるんじゃないか」
    自分で確認しろ、と疲れた目でそう訴えると湯のみに焼酎を注ぎ、そのまま一升瓶を自分の右隣に座らせる。酒は半分くらいにまで減っていた。
    多田はラッキーストライクの蓋を開けようとして空だった事を思い出し、
    「さっきのが最後の一本だったような気がする」
    行天はモゾモゾと掛けた毛布に丸まる形になり、億劫そうにマルメンの箱に手を伸ばす。ヤドカリを思い出すような見た目だ。
    「もう一本くらい入ってると良いな」
    多田は本心からそう言うと目を閉じたまま含んだ酒を少しずつ飲み下す。喉から胃へ心地よい熱さが落ちていくのが分かった。ハッキリと味がある美味い酒だった。やはり安酒とは違うんだな…と心の中で感想していると、はぁー…という盛大な嘆息と全体に重さがかかった時のソファの軋みが聞こえてくる。
    ははは!ざまみろ 大体おまえは金も無いくせに煙草吸い過ぎなんだ
    そう思いながら多田はいつの間にか寝入っていた。

    夢を見た。薄暗い夜の部屋のなか、行天はソファに身を委ね煙草を吸っている。景色は眠りに落ちる前と何ら変わらなく見えるのに、何故か酷く息苦しく思えた。
    煙が部屋に満ちて雑多なガラクタも人の形もぼやけてしまっている。行天はヒョイと座面の下から四角い缶を取り出し、蓋が閉じたままの箱を持って煙草を揉み消した。
    切れかけた蛍光灯のヂヂッ、と言う音と共に部屋の光がフラッシュのように明滅し、その度に全てのモノやガラクタの影が巨大になっていく。
    行天は全ての影の延長にいた。いつもと同じようにソファに腰かけ、しかし怒りと恐怖を冷たく漲らせて、自分をも絡めとろうとする巨大な黒い影をただじっと見つめていた。
    やがて明かりとして見えるのは行天の姿だけになった。




    あっち側の陰の延長に立ってる行天、絡めとられるのがこわい様子だ

    「ー…春ちゃんは 、自分の両親を殺そうとしていたのかもしれません 」


    その箱には今、何が入っているんだ?

    パンドラの匣
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