吐息も涙もないけれど生命感のいざこざとか、回り続ける社会とか、ヒエラルキーとか。生まれ持った環境によって決まる、どうしようもない金属のレールとか。
それによって形作られた精神性は、作られている時間の2倍をかけないと修正はできないらしい。
ため息のようなものをひとつ、呼吸すらまともにできない体で、声音だけでも生命の真似事をしてみる。
酒も煙草も摂れやしない、機械の体にできる逃避方法。
首をなぞって左耳の下、パーツをずらして出てくるスイッチ。
ぐ、と押し込んで1秒、2秒、3
到着したのは真っ黒な空間。浮遊感を感じるここは、人で言う夢の中。機械で言うスリープモード中の省エネ電気信号。
外界の干渉を受けない穏やかな電子の海。
人だった頃はどう足掻いてもどこかと繋がりがあった。音や光や、香りや温度、……それら全てが消え失せた、やわらかい暗闇がここ。
大切な友人がいる。感情が動く娯楽がある。それでも決して満たされないもの、幼い頃に空いた穴は、結局何を嵌めても埋まってくれやしない。
仕方がないことだった。だから、少しくらいの逃げ場があることは、幸福。
ゆらり、揺蕩う。外の世界のことは知らない。何秒、何時間、何週間経っているかも知らない。知らなくていい。
どうせ死なないから、電流を流せば動くから。必要とされるなら、金さえ払ってもらえれば。
必要とされないなら、ずっとここで、安らかでいれれば、
もうそれでいい。
ばつん うう ……
液晶に無機質な瞳が映る。無感情な相貌が映る。
「仕事」
「……ええ〜、もう? すっごい良い夢見てたのに。残念」
「……マックスは良い夢ばっか見るよな」
「機械の脳はいいことづくめよね」
わざとらしく体を伸ばせば、寝起きの人間のようになれる。あくびをすれば、目を擦れば。