ごじょまり1※捏造
※なんでも許せる人向け
高校三年生にもなれば、ある程度のところまで経験済みというのは当たり前なのかもしれない。自分も例外に漏れず、そうであることは間違いない。例外に漏れないのであればこれから訪れる倦怠期、喧嘩、価値観の違いによる仲違い、憂鬱である。しかし、隣に座っている恋人は、涼しい顔をして担任から頼まれた提出物を進めている。横顔をまじまじと見る特権を得られたのは、一年生の終わり頃だった。忘れるはずはない。その話は今は置いておくが、タレ目なそれが瞬きするたび、こっちを向いて欲しいと念を送った。後一回ダメだったら、声をかける、もう一回、もう一回、続けるうちにこれで最後と念じると、彼が自分の好きな顔をしてこちらを向いた。
「どうしたの、海夢さん」
呼び方が変わっていったのは必然で、喜多川さんは海夢さんに変わっていって、五条くんは新菜くんになっていた。名前を呼ぶことにいまだに少し、恥じらいがあるのは彼には秘密である。うんともすんとも返答できない自分をどう思ったのか、わざわざ作業の手を止めて、彼の男性らしい指先が、ボールペンから離れていった。それを目で追うと自分の頭の上に進んでいく。
「まだ学校だからね」
自分が何を言いたいのか、きっとわかっているのだろう。ぽんぽんと優しく頭を撫でるのはもう何度されたかわからないのに、それをされると何も言えなくなってしまう。きっと、彼はもうそれを重々承知していて、敢えてしているに違いない。反抗の意味を示すために、少し膨れてみてみたが、優しそうに見下ろされるとそれもまたできなくなってしまった。誰もいない放課後の教室は、すごく静かでどこか違う世界なのではないかと思うほどだったが、時折校庭から部活動の音が聞こえることが、ここが学校であると認識できた。
「せっかく、ふたりっきりなのに」
口から溢れてしまった醜いそれを慌てて両手で抑えていた。しかし、彼にはしっかり聞こえたようだった。どう思われただろうか、呆れ、面倒、落胆、幻滅、並べれば並べるほど自信がなくなっていった。
「海夢」
ぶわり、と熱が上がる。呼び捨てにするのは大事な時と、ご褒美をくれるときだけ。期待をした、胸が苦しい、嬉しい、勢いよく彼を見上げると、彼が柔らかく笑っていた。
「後でご褒美あげるから、頑張れる?」
彼は、私の扱いが世界で一番上手である。