「綾斗さ、俺のこと好きだろ」
洗い物を終えてソファに腰を下ろして少しの間天井を見ていたらそう言われた。勿論俺は”リツキP”のことが好きだ。だけどいきなりだったから「そうだな…?」とだけ返す。
「だから、その…ど〜〜してもって言うなら付き合ってやってもいいよ」
「えっ…?」
理解できなかった。今なんて言った?付き合う?誰と誰が?
「何固まってんだよ、そんなに嬉しかった?」
冗談めかした口調でリツキが俺の顔を覗き込む。近い、ビジュがいい、眩しい、直視できなくて目を逸らす。顔が熱くなるのが分かる。
「照れてんの?」
その一言で我に返る。まさかこのリアクションで俺がリツキのことを“恋愛的な意味で”好きだと勘違いしたんじゃないか。
いや、でもだとしても。あのリツキが、あの女好きが、まさかそんなこと言うなんて。
「……あれ、もしかして違った?」
リツキの表情が少し曇る。ダメだ、このままじゃリツキに恥をかかせてしまう。とっさに否定を飲み込んで肯定する。
「ち、違くない。いきなりだったからビックリして」
「ふ〜ん。で、どうする?」
さっきより少しだけ声が控えめで、落ち着かない様子。そわそわしてるのが見て分かる。しばらく沈黙のあと、俺は尋ねる。
「…リツキは俺の事好きなのか?」
「えっ」
そう問いかけた瞬間、リツキの目が大きくなって、頬がじわじわ赤くなっていくのが分かった。
「いや……べ、別にそういうのじゃないけど…。ほら、綾斗ってさ、よく掃除しにきてくれるし、飯も作ってくれるし…だから、まあ……綾斗が俺のこと好きって言うなら…応えてやっても、いい…かな?みたいな……?」
視線が定まらなくて、何度も部屋のあちこちを見回してる。...まじか。
「リツキが俺の事好きじゃないなら無理しなくても…」
さすがの俺もそこまで鈍くはないけど、でもどうしたらいいか分からなくて思わずそう言う。
「はあ?この俺からわざわざ言ってやってんのに?」
「ご、ごめん」
「別に嫌ならいいけど」
拗ねたような声だった。このままリツキの気持ちに応えなければ、たぶんここで関係は終わる。気まずくなって距離ができて、もう今みたいには戻れない気がした。それは嫌だ。
でもリツキの言う“好き”かと問われると少し違っていて。俺にとってのリツキは、ずっと憧れの人で、尊敬していた相手で、だから近くにいるだけで緊張して心拍数が上がっていた。でもそれはきっと恋愛としての“好き”とは、たぶん、違う。
でも嫌かと言われれば別に嫌ではない。複雑ではあるけど気持ち悪がられる心配ばかりしていたから。むしろどちらかと言うと嬉しいのかもしれない。
「全然嫌じゃない、ありがとう。お願いします…」
俺は深々と頭を下げた。冷静に考えれば推しと付き合えるなんてこんなありがたい話はない。同性だとかそんな事は関係ない。むしろ女好きなリツキが俺を好きになってくれるなんて奇跡みたいなものだ。
「まあ、そこまでいうなら付き合ってやってもいいよ」
リツキは満足そうに、少し照れたような顔でそう言った。良かった。間違えなかったみたいだ。
それからリツキの態度は明らかに変わった。
ソファに座ってたら甘えるようにもたれかかってきたり、俺の膝に頭をのせて「撫でて」って言ってきたりする。めちゃくちゃ心臓に悪い。
膝にのってきて「キス、してやってもいいよ」とか言ってきたときは夢かなんかかと思った。そんな妄想はしたことないけど。
リツキはきっと俺の事好きだってことを隠したいんだろう。だから常に「してやってもいい」という態度を崩さない。それにリツキ自身も男を好きになってしまったことに戸惑ってるんだと思う。けどそれがリツキの刺激にもなってるのも分かった。初めてキスしたとき「…これ残したいな」とボソリと言って作業部屋に籠って曲作りを始めた。出来上がった曲はもちろんよくて。ただこれ俺とキスしてできた曲なのか、と思うとなんて顔で聴けばいいか分からなかった。