ボツenzn①グリスは運転が好きだ。
だから休日は進んで皆の代わりに買い出しに出ることが多い。
「はい、これ。必要な物のリスト」
受付でセミュがデスクの上にピラッと紙を置く。それを受け取るグリス。
「みんなに聞いといてくれたのかセミュ。さすがだな、ありがとう」
朗らかに微笑むグリスに、
「こちらこそ、いつも買い出し行ってくれて助かるわ」
セミュは片眉を下げて笑った。
「それにしても今日は物が多いな」
リストを眺めながらグリスが言うと、
「そうなのよ。だから荷物持ちを連れてった方がいいわね」
セミュが頷いた。
「俺が行く」
グリスとセミュが同時に振り向くと、そこには私服姿のエンジンが立っていた。
だが、いつもの溌剌とした表情は無く、眉間に皺を寄せ、目をジトッと眇め、ズボンのポケットに手を突っ込んで咥えタバコを吹かす、いつも以上にやさぐれたエンジンがいた。
「どうしたエンジン?浮かない顔だな」
「折角の休日なのに遊ぶ女が捕まらなかったとか?」
普通に心配するグリスと、無表情で揶揄してくるセミュ。
チームアクタの中では一番の大人であるエンジンも、この二人の前ではまだまだ子どものようなものだ。
「ちげーよ。俺はただ、グリスに相談してーことがあるから荷物持ちがてらついてくだけだ」
エンジンは口からタバコを外して、はぁーっと煙ごとため息を吐き出した。
「あら珍しいわね。よっぽど切羽詰まってる?」
セミュの眼鏡越しの視線から目を逸らすエンジン。
「まーね」
ぶっきらぼうに言いながらまたブハァ〜ッと煙を吐いた。
かくして二人は車に乗り込み街へと出発した。
グリスの快適な運転に揺られながら、エンジンは全開にした窓に肘を乗せて相変わらず大好きなタバコをふかしている。にしても今日はいつもに増して本数が多いが…
「ところで相談て何だエンジン」
前を向いたままでグリスが聞けば、
「それがよ〜」
とエンジンは困ったように端正な眉を顰めて話し始めた。
「ザンカのことなんだけどよ」
「ザンカ?ザンカがどうしたんだ」
「あいつって俺のこと大好きじゃん?」
誰もが知っている事実を敢えて口に出すエンジンに、グリスは一拍置いてから、
「ああ、そうだな」
と答えた。
「あいつが掃除屋来たばっかの頃はさ、まだ背も小さくて顔ももっと丸っこくてさ、なんつーか小せぇ弟みたいな感じで可愛かったわけよ」
エンジンがまたタバコを加える。
「それが何だかんだで数年経ってあいつも成長したじゃん。背も伸びてスラッとして、顔立ちも大人っぽくなってさ。元々品が良いのもあるけど最近はなんつーか色気も出てきちまってさぁー」
「…………」
窓の外にタバコの煙を靡かせながら話し続けるエンジンの声をグリスは黙って聞いている。
「んで、今までは可愛い弟みたいに思ってたのによ?最近どうも感覚がおかしくなってきちまってて、ザンカのことそういう目で見ちまう俺がいんのよ…なあ!ヤバくね!?どうしよう!?」
急に語気を荒げてグリスに向き直るエンジンと、予想外のセリフに思わずむせるグリス。
「…あー、そういう目ってのはつまり…」
「めっちゃエロい目で見てる…」
エンジンは罪悪感に耐えられなくて、タバコを指に挟んだままで、両手で顔を覆った。
グリスは気まずそうな表情を浮かべてはいるが、運転は淀みない。
「エンジン…百歩譲って同性なのは置いといてもザンカはまだ17だぞ?」
「わかってる!!普通28が17に欲情してたら犯罪だよな!?さすがに俺でもそう思うわ!でも思っちまうんだからしょうがないだろ〜!だからグリスに相談したかったんだよ!」
エンジンはタバコを持っていない方の手で頭をぐしゃぐしゃと掻きむしった。
「しかも更に困ったことにそんなザンカは俺のことが最初からずっと大好きなんだよ…キラキラした目で見てくるし、少し褒めるだけで情緒おかしくなっちまうくらい喜ぶし、その癖バレバレの照れ隠しするのに、何かって言うとエンジンエンジンてついてくるんだよ…」
エンジンは膝の上に肘をついて、はあ〜っとまた煙を吐いた。
「ただでさえ可愛かったザンカが色気を携えた上で、相も変わらずそんな調子で見てくるから俺はもうどうしたらいいかわからん…うっかり襲っちまいそうで自分が怖い…」
頭を抱えて項垂れるエンジンの横で、グリスがさっきよりも激しくむせた。
「はぁ……ちょっと落ち着けエンジン。お前もっと理性的な男だったろう」
「だろぉ!?俺ってそうだよな!?可愛い子前にしても見境なく発情するような男じゃないわけよ、本当は!!経験人数だって自慢じゃないがそれなりに多いし」
「それなりどころじゃないだろ」
グリスが冷静に突っ込む。
「でも、こんな感情抱くのはザンカが初めてだからマジでどうしていいかわかんなくて、いい歳こいて童貞みたいにテンパってんだわ!!さすがにアクタの連中にそんな顔見せらんねーから必死で余裕のある大人演じてるけどよぉ!そろそろ限界が近くて!つかリヨウあたりが勘付いてそうで俺怖くてっ!!」
エンジンは「ああっ」とまた両手で顔を覆った。こんなに取り乱すエンジンは付き合いの長いグリスでもあまり見た事がない。
「あー、ところでエンジン。お前のその感情はその、恋愛感情から来るものなのか?…それともただの劣情か…?」
グリスがチラッと横目でエンジンを睨むように見る。
エンジンは、はた、と顔から手を離してグリスを見つめ返す。
「恋愛…」
鳩が豆鉄砲を食ったような…と表現したくなるほど間抜けた表情だった。28の大人とは思えないほど幼い顔で目を丸くしている。
グリスは一気に不安になった。
「まさかエンジン…恋愛感情無しでザンカに欲情してるんだったら俺はお前を全力で殴るぞ?セミュたちにも報告して何が何でもお前からザンカを守る。未成年でもあるし、何より大事な仲間だからな」
グリスの声が低くなる。ハンドルを握る手がギリッと力を込める。
エンジンはハッとして、
「違う違う!!そんなつもりはねぇ!!たぶん!!」
短くなったタバコを車の灰皿に捩じ込んでから、エンジンは全力で手の平を振った。
「たぶんってなんだぁ!!?」
あの温厚なグリスが珍しくキレたので、エンジンは一層慌てて弁解を始める。
「違うって!!ただ、俺今まで遊びしかやってこなかったから、正直ちゃんと好きとかそう言う純愛的な感情がよくわかってねんだよ!!今まで付き合ったのは歳上のお姉さんが多かったし?飲み屋で目が合ったら3秒後には便所の個室で跨ってガンガン腰振ってくれるような女ばっかだったし!!」
必死なエンジンに比べて、冷ややかな視線で睨み続けるグリス。