①夏の娘ありがとうございました、と言って渡されたのは一輪の向日葵だった。
ツクツクと蝉がやかましく騒ぎ立てる、蒸し暑い夏の黄昏時。
同級の潮江文次郎、中在家長次とともにきり丸のアルバイトからの帰り。学園の門前ではた、と足を止めたのは、目の前に涼し気な夏着物にこれまた涼し気な薄布をまとった笠をかぶった二人組と鉢合わせたからだった。
「あ。お疲れ様です、先輩方」
「ん?その声は」
文次郎は声を聴いて、笠の中を覗き込もうとする。
ああ、と二人組は顔を見合わせると、そっと笠を外した。
「やっぱり、鉢屋三郎と不破雷蔵じゃないか」
「はい。忍務の帰りです」
いつもと違って見えるのは施された化粧のせいだろう。普段も瓜二つであるが、忍務用にと施された化粧はどこかの商家の双子娘といわれても違和感のない出来である。大方、鉢屋が施したのだろう。
「先輩方は――あ。綺麗な向日葵ですね」
不破は長次の手の中にある向日葵を見つけてふわり、と顔を綻ばせる。
長次もそれに気付いて、不破にそれを手渡している。受け取った不破はありがとうございます、と言うと嬉しそうに長次を見上げていた。
ちらりと盗み見た鉢屋とばち、と目が合ったがすぐに逸らされる。
はて?と小さく眉を潜めていると、隣にいた文次郎に脇腹を小突かれる。痛いぞ、と文次郎を睨み付けると、今度はヒュッという風を切るような音に乗って「お前は渡さんのか」と矢羽音が飛んできた。六年が任務で使っている矢羽音のため五年のふたりには気付かれなかったようだが、その言葉にはっとして手元の向日葵に目を向ける。
ヒュッと今度はこちらが文次郎に「感謝するぞ」と矢羽音を飛ばすと、文次郎と長次はやれやれといった雰囲気を醸し出しながら門をくぐっていく。
「そこのお嬢さん」
「っ、…は?」
不破に続いて学園の中に入って行こうとする鉢屋の手首をぱしっと掴んで引き止めれば、吃驚した顔をして振り向いた鉢屋が足を止めた。
「この向日葵のように輝いているその姿、もう少しだけ私に見せてくれ」
「な、なんで――そんな…ら、らいぞ…」
「今日の三郎、かわいいですよね。存分に目に焼き付けてください、七松先輩」
それはお前もだ!と咄嗟に不破のほうへ助けを求めるように伸ばされる手に向日葵を握らせると、掴んだままの手を引いて門前を通り過ぎる。
――さて、どうしたものか。
何も言わなくなった鉢屋をちらりと見やれば、押し付けるような形で渡した向日葵をじっと見つめながらおとなしく付いてきている。繋いだままの手が熱い。
「向日葵は嫌いだったか?」
「…いえ」
「なら、好きか?」
少々意地悪な質問だったかと思ったが、鉢屋はゆっくり顔を上げると不破と同じ顔を少しだけむずむずと歪めながら小さく縦に首を動かした気がする。