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    鮭野おむすび

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    鮭野おむすび

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    🦊🔥さんと🎴くんのお話一話(の途中)です。

    🦊🔥さんと🎴くん 毎年「ここ最近で一番の暑さ」だと言われる真夏だが、炭治郎の住む雲取山の麓は緑が多いこともあってコンクリートに囲まれた都会より気温が低い。
    「たんじろう、カブトムシいた!」
     まだ蝉も鳴かない早朝。神社の横の森に昨晩仕掛けておいたカブトムシ用の罠にはみっしりとカブトムシやカナブンやその他諸々と虫たちが止まって蜜を吸っていた。
    「わぁ! 大成功だね! 父さんの罠、すごいや!」
     たくさんの虫たちの中から、一等大きい雄のカブトムシを手に取り、肩に掛けていた虫かごに入れる。
    「このこだけつれていくの? もっとたくさんいるのに」
     籠を興味津々で覗くのは、炭治郎より頭一つ分小さい金色の髪の少年だ。
    「うん、たくさん連れて行ったら可哀そうだろう? この子も、少しの間観察したら森に返してあげなくちゃ」
    「ふぅん。そっか」
     小さな指で籠を突いている少年の髪を一撫でする。見た目よりも意外と柔らかくてまるで子猫のようなそれは汗で少し濡れていた。
     早朝の森の中は炭治郎には涼しいけれど、幼い子は体温も高いから少し暑く感じるのかもしれない。
    「杏寿郎、母さんに朝ご飯にっておにぎり作ってもらったから、神社で一緒に食べようか」
     そう言うと、少年――杏寿郎は顔を輝かせて大きく頷いた。
    「たんじろうのおかあさんのおにぎり、おいしいからすき!」
    「たくさんあるから、いっぱい食べてね!」
     小さな手を握って森を出る。太陽はもうだいぶ高い位置にいて、今日も暑くなるであろうことも物語っていた。



     炭治郎が雲取山に引っ越してきたのは、一年ほど前。炭治郎が小学校に入学した年だった。
     両親は都会でパン屋を営んでいたが、元々病弱だった父の体調が悪くなり、空気が綺麗な自然の中で療養することになったのだ。
     炭治郎が両親と弟妹と暮らしている家は父親の実家で、今は祖父母も一緒に暮らしている。祖父はまだ現役で働いており、祖母もパートに出ている。両親は街でやっていたパン屋を、敷地内に立っていた倉庫を改造してここでも始めた。勿論、父の身体に無理のない範囲でだ。
     昨年、引っ越してきて初めての夏休みはほとんどの時間を一人で過ごしていた。一つ下の禰豆子は保育園に入っており、その下の竹雄はまだ三歳で母親にべったりだった。
     クラスの友達と遊ぶこともあったが、それぞれ習い事だったり家の用事があったりして毎日遊ぶことはない。
     そんな時出会ったのが、杏寿郎だった。村はずれにある神社に探検がてらお参りに行った際に、杏寿郎は境内で一人佇んでいた。その姿がなんとなく寂しそうに見えて声を掛けたのをきっかけに二人は仲良くなり、二年生になった今年の夏休みはほぼ毎日杏寿郎と遊んでいる。
    「やっぱりたんじろうのおかあさんのおにぎり、おいしい」
     神社の境内にある古びたベンチに横並びで並んでおにぎりを頬張る。杏寿郎はまだ幼いのに食べ方がいつも綺麗で、口の周りに米粒が付くこともない。同じ年ごろのはずの竹雄はおにぎりを食べると顔どころか髪の毛にまで米粒がついているのに。
    「杏寿郎はほんとに母さんのおにぎり好きだよねぇ」
    「うん、おいしいもん」
    「そっかぁ。ねぇ、うちのパンも美味しいんだよ。今度うちに遊びにおいでよ」
     杏寿郎と遊ぶようになって一年経つが、未だに家に遊びに来たことはない。今までも何度か誘っているのだが、杏寿郎が首を縦に振ることはなった。
    「ううん、いけない。おれはここからはなれられないから」
    「それ、前も言ってたけど、一人で出かけたらお父さんかお母さんに叱られるの? それなら俺が迎えに来るから……」
    「ちがう。でも、いけない。ごめん」
     そう言う杏寿郎の顔がひどく寂しそうで、炭治郎はもうそれ以上何も言うことができなかった。
    「ごめんな、炭治郎」
     そう言った杏寿郎の顔がとても大人びて見えたのは、気のせいだろうか。



     それからも炭治郎と杏寿郎は毎日のように遊んだ。夏休みが終わって、秋になってもそれは続いた。
    「たんじろう、おっきいどんぐりあった!」
     小さなてのひらにぴかぴかの大きいどんぐりを乗せて得意げに笑う杏寿郎に、あの夏の朝の大人びた表情の面影は全くない。やはりあれは気のせいだったのだと、何故だか少し安心した。
    「もう少ししたら、おじいちゃんの畑でさつまいもが採れるから持ってくるね」
     杏寿郎の好物がさつまいもだと知ったのは去年の秋のことだ。祖父の畑でたくさんさつまいもが採れたから、庭で焼いた芋を持っていったら大層喜ばれた。
    「やった! 俺、落ち葉集めておくから焼き芋しよう!」
    「子どもだけでは無理だよ」
     炭治郎がそう言うと、杏寿郎はがっかりと肩を落とした。家の庭でならおじいちゃんもいるからできるのに、と言いたかったけれど、またあの大人びた顏をさせてしまうのかと思うとそれは口に出せなかった。
    「そうだ!焼き芋はできないけど、スイートポテト作って持ってくるよ。俺、最近よくお菓子とかパンとか作ってるんだ」
     将来は父の後を継ぎ、パン屋になりたいと思っている。一年生の時はまだ包丁は触らせてもらえなかったが最近ようやく解禁され、母か祖母がいるときに限ってだがキッチンも自由に使わせてもらえるようになった。
    「……すいーとぽてと?」
    「知らないの? 甘くてめっちゃ美味しいよ」
    「……めっちゃ……美味しい……」
     杏寿郎の目がみるみる輝いていくのが分かった。こんなに楽しみにしてくれているのなら、とびきり美味しいスイートポテトを作ってみせようと密かに決意する。
    「あ、そういえば杏寿郎はこの神社でやる秋祭りは行くの? 俺は家族で行く予定だけど」
     毎年この神社では、秋祭りが開催される。豊穣の神である御狐様に豊作の感謝を伝える祭りだと聞いているが、子どもの炭治郎が楽しみにしているのは専ら屋台だ。
     去年は引っ越してきて初めての秋だったので祭の存在をギリギリになって知ったから、杏寿郎に聞く時間はなかった。杏寿郎が行くなら一緒に回ろうと誘うつもりだ。
    「俺は行かない。……用事が、あるから」
     杏寿郎の答えに、炭治郎は内心がっかりしたがなるべくそれは表に出さないようにした。行かない、と言った杏寿郎がとても悲しい顔をしていたからだ。
    「そっか! 用事があるなら仕方ないね! そうだ! 鬼ごっこしようよ。俺が鬼やるから杏寿郎は逃げてね!」
     自分のがっかりも杏寿郎の悲しい顔も吹っ飛ばすように努めて明るく言って立ち上がる。すぐに目を手で覆って数を数え始めるとパタパタと小さな足跡が遠ざかっていく音が聞こえた。
    「……なーな、はーち、きゅう、じゅうっ!」
     小さな後ろ姿を追いかける。その背中に、大人のように大きな後ろ姿が重なって見えたような気がしたが、すぐに見えなくなった。



     冬になると、この辺りは雪で覆われる。杏寿郎との遊び場である神社は、鳥居も対のお狐も本堂もすっかり真っ白になっている。
    「寒いねぇ……」
     炭治郎のそんな声は白い息に代わってすぐに消えた。いつものベンチは雪でその姿の大半を隠していてとても座れないので、今二人が座っているのは屋根のある本堂の階段だ。
    「杏寿郎はそんな恰好で寒くないの?」
     炭治郎は肌着にシャツ、その上からセーターを着て更に母親が今年新調してくれたもこもこのダウンを着ている。さらにマフラーと帽子、手袋。足元はスノーブーツの完全装備だが、杏寿郎といえばおそらくは冬物なのだろうが、着物姿だ。辛うじて、秋までは話に草履だった足には足袋を穿いているが、やはり履物は草履だ。
    「寒くないよ。俺、体温高いから」
    「そういう問題じゃないと思うけど」
     本人がどれだけ寒くないと言い張っても、こちらとしては見ているだけで寒そうだ。炭治郎は少し考えて、マフラーを外して杏寿郎にぐるぐると巻き付けた。
    「それあげる。まだ買ったばかりだから汚くないよ」
    「でも、炭治郎が寒くなっちゃう」
    「だって、着物って首が寒そうなんだもん。それに、俺はマフラーないくらい平気だよ」
     炭治郎がそう言って笑ってみせると、杏寿郎も納得したらしくありがとう、と小さく言って顔をマフラーに埋めた。
    「うん、あったかい」
    「でしょう? 首元はあっためないと駄目なんだよ」
     どうして駄目なのかは炭治郎自身もよく分かっていない。ただ、祖母が言っていたのを覚えていたから言っただけだ。
    「あったかいからさ、雪だるま作ろう。とびきり大きいの」
    「え、でも杏寿郎手袋ないじゃない」
    「平気。マフラーあるから」
     マフラーでは手は温められないだろうと思うが、杏寿郎はさっさと階段から立ち上がって積もった雪にずんずんと入っていく。
    「待って待って!」
     炭治郎も続いて雪に入る。雪は炭治郎の足首程まで積もっていた。人が良く通る道なら踏みしめられて硬くなって沈むことはないが、秋祭りと正月意外は滅多に人が来ない神社の雪はふかふかで沈んでしまう。
     足が完全に雪で埋もれてしまうのに、杏寿郎は冷たくないのかと心配になったが、寒がる様子もなく雪を一生懸命丸めている。
     何故冷たくないのだろうと疑問にも思ったが、雪だるまを作るのが思いの外楽しくてすぐに忘れてしまった。
    「やったー! できた!」
     二人で雪玉を転がすこと三十分。小学生と幼児が作ったにしては立派な雪だるまが境内の横に出来上がった。
     目は真っ白な雪に落ちていた南天の実を使った。鼻と口は本堂の屋根で積雪を免れたほんの小さな土の上に落ちていた小枝だ。
    「赤い目、炭治郎みたいだ」
    「……そう? 俺は杏寿郎みたいだなぁって思ったけど」
    「じゃあ、両方だね」
     杏寿郎の小さな手が、炭治郎の手をぎゅっと握った。手袋をしているから温度を感じるわけではないけれど、真っ赤になっているからかなり冷えているはずだ。
     炭治郎は杏寿郎の手を両手で包むと、はぁ、と大きく息を吐いた。少しでも温かくなれるように。
    「あったかい」
     そう言って笑う杏寿郎の顔は鼻も耳も真っ赤だ。
    「もう夕方だし、そろそろ帰ろうか」
     このまま彼を外に放り出していたら風邪を引いてしまうかもしれない。温かい家で炬燵に入って身体を温めた方がいいだろう。
    「……うん、そうだな」
     杏寿郎が同意したことで、炭治郎は彼の手を握ったまま境内から出ようとした。だが、その手は鳥居の前まで来てするりと離されてしまう。
    「杏寿郎? 帰らないの?」
    「帰るよ。でも、炭治郎と一緒には帰れないから」
     そういえばいつだって、杏寿郎とは神社で別れていた。二人で階段を下りたことすらない。
    「ねぇ、そういえば杏寿郎の家って」
    「またな、炭治郎」
     杏寿郎の声が遠ざかる。日が落ちるのは早い冬とはいえ、まだ暗くなる時間ではないというのに、辺りが一気に暗くなる。
    「えっ……?」
     気づいた時には、杏寿郎の姿は消えていた。辺りをきょろきょろと見渡すが、二人で作った雪だるまは確かにそこにあるのに、杏寿郎はいない。
     ぞくりと背筋に悪寒が走る。なんだか怖くなって、炭治郎は階段を駆け下りた。



     あの冬の出来事は、何故だか誰にも――それこそ杏寿郎本人にも言ってはいけない気がして、炭治郎は口を噤んだ。
     雪が解けて、その下から眠っていた草花が起き出す頃には、それは炭治郎の記憶の隅に置かれることとなった。
     杏寿郎に特に変わった様子はなかったし、二人で遊ぶのはやっぱり楽しかった。
     こんな日々がずっと続くのだろうと思っていた。だが、それは炭治郎が三年生に進級する春に両親から告げられた。
    「え? 引っ越し?」
    「そうなんだ。父さんの体調もすっかり良くなったし、そろそろ元の街に戻ってもいいかと思ってな」
     そう話す父はどこか嬉しそうだ。そして母も。でも炭治郎はとてもじゃないが一緒に喜ぶ気にはなれなかった。
    「どうして? ここでお店もやってて、みんな父さんのパンを楽しみにしてるのに。俺、ずっとここで暮らすんだと思ってた」
    「そうね。でも、もともと父さんが元気になったら元の街に帰る予定だったからね」
     そんなの、聞いてない。炭治郎にはもう街の記憶はない。炭治郎にとってはここが故郷で、元の街と言われても殆ど知らない場所だ。
    「嫌だよ。俺、引っ越したくない。ずっとここにいたい」
     そんなことを言っても無駄なのは分かっている。炭治郎だってもう何も知らない幼子ではない。だが、親がいなければ生きていけないくらいにはまだ子どもだ。
    「炭治郎、振り回してごめんな。でも、どうか分かってくれないか? 友達と離れるのは寂しいかもしれないけど、炭治郎ならすぐに新しい友達ができるよ」
     友達、と言われてすぐ頭に浮かんだのは杏寿郎だった。引っ越してしまったら、彼とは離れ離れになってしまう。
    「いやだ、杏寿郎とお別れなんて」
     居ても立っても居られず、炭治郎は家を飛び出した。後ろで自分の名を呼ぶ両親の声が聞こえたが、振り返ることはしなかった。
     走って走って、いつもの神社に着く。杏寿郎は絶対ここにいると何故か確信して階段を駆け上がった。
    「炭治郎? どうしたんだ?」
     鳥居の前に立っていた杏寿郎はとても驚いた顔をしていた。
    「炭治郎、泣いてるの?」
     そう言われて初めて、自分の目から涙が零れていることに気づいた。きっと走っていた時から出ていたのだろう。
    「……杏寿郎、俺、引っ越さなきゃいけないんだって」
    「え?」
    「父さんが元気になったから、元の街に戻るんだって。俺、嫌だよ。ずっとここにいたいよ。杏寿郎とお別れなんて、嫌だ」
     口に出すともっと悲しくなって、炭治郎は声を上げてわんわんと泣いた。自分より年下の杏寿郎の前でこんなに泣くのは初めてだった。心のすみっこで、すこし恥ずかしいと思わなくはなかったけれど、もう我慢ができなかった。
    「そう、か。引っ越しか。もう、会えなくなるのか」
     ぽつりと呟いた声は、とても小さくて少しだけ震えていた。涙を擦って杏寿郎を見ると、その琥珀色の瞳がほんの少しだけ濡れていた。
    「俺と遊んでくれたのは、炭治郎だけだったから。いなくなるのは寂しいな」
    「杏寿郎……」
     小さな肩が震えている。泣くのを我慢しているのだろう。
     幼い杏寿郎が頑張っているのに、年上の炭治郎が大泣きしている場合ではない。
     炭治郎は両の手で己の頬をばちんと強く叩くと、ひきつりながらも無理矢理笑顔を作った。
    「俺、会いに来るよ! ここにはおじいちゃんとおばあちゃんが住んでるからさ! 夏休みとか、長いお休みの日は帰ってくる! そしたらいつもみたいに、いっぱい遊ぼう!」
    「本当に?」
    「うん! 絶対! 約束!」
     そう言って小指を差し出すと、杏寿郎の小さな小指が絡まった。
    「ゆびりりげんまん、うそついたらはりせんぼんのーますっ!」
     二人で歌って、指を離した。
    「炭治郎、絶対だよ、絶対会いに来てね」
    「うん! 絶対会いに行くからね!」
     幼い二人のささやかな約束。
     だが、その約束が果たされることはないまま、時は無情にも過ぎていったのだった
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