アザレアお題 花言葉から「節制、充足、あなたに愛されて幸せ」
藤丸の部屋にて、インドラは背後から彼女を抱き込んでいた。
石鹸の清潔な香りだけしかしないので色気は無いが、柔らかな身体はなかなかに抱き心地が良く、酒の肴としては悪くない。
(とはいえ、手持ち無沙汰だ)
抱いている手で藤丸の腰を撫でる。仕事の邪魔をしない約束ではあるが、そもそも雨粒の如き人の事情などこの神には関係のないこと。
言うことを聞いてやる道理はない。
「ふふ、くすぐったいですよ」
真剣に資料を見つめていた顔が上がり、夕日の瞳がこちらを見上げる。
「んっ……」
「もう少し待っててください」
持ち上げられたしなやかな手がするりと頬から顎にかけてを撫でていく。
一瞬の戯れで離れていった手と藤丸の目線をつい追ってしまい身体が自然前へと傾いた。
「ハー」
たったあれだけのことで充足感を覚えてしまい、胸に溜まった気持ちごと深く息を吐き出す。眼前にある細い首へと顔を埋めれば、さらさらと音を立てて揺れる彼女の髪が頬へ触れて心地よい。
「ごめんなさい、本当にすぐ終わりますから」
「…………早くしろ。この神を持たせるなど不敬が過ぎる。後ほどきっちり埋め合わせはしてもらうからな、覚悟しておけ」
「あはは、お手柔らかにお願いします」
安上がりな男だと思われれば、神々の王としての威厳に響くと藤丸の勘違いに乗った。が、どうにもむず痒さが消えない。
(おまえに愛されているというだけで幸せだなどと、言えるものか)
こんなことは今までにない。何故、些細なことでこれほどまでに満たされるのだろうか。
最近。特に藤丸と共に居る時の自分はらしくないという自覚がある。が、だからといって対応策は今のところ浮かばない。
インドラは酒を置いて自由になった手を顔へと持っていき、藤丸から見えていないことは承知しつつも、羞恥で染まる頬を隠す。
(この感情に溺れるのはマズイ、気がする)
このまま彼女への恋情が大きくなれば、いつか取り返しのつかないことになるかもしれない。
(偉大な王として時には節制も必要だろう。欲に狂えば人々を不幸にしてしまう)
そう結論を出し、今後はなるべく感情を抑制しようと心に決めた。こんな小娘に翻弄されるなど、あってはならないことなのだ。
幸福過ぎて恐ろしい、という気持ちには気づかないふりをした。
「っ!……おい、遊ぶな」
「ふふ、先にちょっかいかけてきたのはインドラ様ですよ」
だが、藤丸を抱く手へ宥めるように重ねられてきた小さな掌からのぬくもりに、インドラの意志へ反してまたも心臓が鼓動を速める。どうにか落ち着かせるべく、静かに呼吸を整えようと試みるが効果はあまりない。
思い通りにならない身体と心に苛立ちが募る。抗議の体を装い、インドラは藤丸の首筋へと強めに頭を擦り付けた。