こいぶみ.
「お慕いしてます」
宛名も差出名もなかった
知ってほしいのか
知らずにいてほしいのか
ただ見慣れた手跡だったから
誰からのものかはわかった
届けられた場所が
わたししか使わない文箱の中だったから
誰宛であるのかもわかった
先ほどから委員会の仕事をこなしている
「誰か」はいつも通りで
変わったところは今のところ見当たらない
それから時折
堪えきれない物を吐き出すかのように
その手紙は届いた
――捨ててもらって良かった
――捨ててもらえたら良かった
何度目かの手紙が届いた朝
視線を感じて顔をあげると
空いた戸の向こうの廊下に喜八郎が佇んでいた
くべてしまっていいんですよ
なにをとは言わなかった
だからなにをとは返さなかった
わたしがずっと持っていたいんだよ
今は返事は与えられない
与える時じゃない
それでも今返せるだけの言葉を伝えたつもりだったのに
…おやさしいことですね、立花先輩は
皮肉に満ちた響きでもって返ってきたから
思わず言うべきではないことを吐き出した
おまえにだけだよ、喜八郎
しまったと思ったものの
目を見開いてじっとこちらを凝視して
困惑の表情のまま頬が徐々に赤くなるのを見て
意図が伝わったのならまあ良いかと思う
…反故にしたら一生うらみます
照れ隠しなのか睨みつけて言われ
覚悟してください
と念押しまでされて思わず笑ってしまう
そうなったら次は恨みつらみを込めた手紙でも
贈ってくれるのだろうか
それはそれで悪くないような気もするが
今届いている手紙に勝るものではないなと思う
反故になどしない
この先も貰うならこっちの方がずっといい
***
何度送ってもなにも変わらない
それなのに送る文箱の中には
今まで渡した手紙がキレイな布に包まれて置いてある
なんでこんなことをするのかと思う
捨ててしまえばいいのに
捨ててくれていたらいいのに
――ずっと持っていたいんだ
ひどいひとだ
同じ言葉を幾人の後輩に伝えたのだろうか
やさしいひとだ
肯定も否定もせずただ受け止めてくれる
だから
聞き間違いかと思った
けれども確かに今目の前の人が紡いだ言葉だ
先輩の唇は動いていたし、音は空気を震わせて僕の耳に届いた
期待していいのだろうか
僕だけというその言葉を
期待していいのだろうか
何度も送った想いの返事を
いまもしかして貰ったのだろうか
「おまえにだけ」
ひどく甘い響きだ
それは「ゆいいつ」ということだ
「ほかにない」ということだ
届いた手紙を
ずっと持っておきたい
おやさしい立花先輩は
ぼくにだけ
ということだ
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