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    休めライヤー! それは、パシオに存在するとある城の一角でのこと

    「はよーございますライヤー様ー! ……ってあれ、昨日はパシオタワーに呼ばれてたって聞きましたけど?」
     座り心地の良さそうなソファに座り、何かの書類に目を通しているライヤーにチェッタが近づいていく。
    「そうだな。アクロマがオレさまのデータを抽出して、十階の門番にするとか言って呼び出されたからな……あいつめ、難易度設定をめちゃくちゃにしおって……これでは挑戦者からクレームが出るぞ。また行って文句を言ってこねば」
    「えー、あーしは遠いからてっきりそのまま泊まってくるのかと……ちなみに昨日のそれって何時までの話です-?」
    「んん? アイツは夜型だからな。夜八時頃にいって……二時頃に解散して帰ったか?」
    「……ドリバルー今何時ー?」
    「チェッタ、早い出勤だな。そうだな今は……七時か?」

     おおう……と顔が引きつるチェッタ。

    「……それでライヤー様、一昨日は……」
    「一昨日? 確かチェレンとブレイク団のパトロールに行ってたな。夜中になったらロケット団も集まってきて、あれは大変だったぞ」

    「三日前は-?」
    「宿泊施設の視察だな。訪問客も増えてきたことだし、その滞在先のセキュリティなどもチェックしておかなくては。まったく、数が多いので時間がかかってしまったが、ホテルというのは夜遅くまで開いていて感心だな」

    「その前はー」
    「ウルトラビーストの発生騒動があったか? 何度かバトルも発生して、あいつらしかも夜になると活発になるから明け方まで追って……」

    「なんだチェッタ、若の仕事ぶりに興味があるのか? 感心感心」
     そう言うと、ドリバルも近づいてきてスケジュール帳を取り出した。
    「そうだな。ここのところスクールの視察、犯罪組織への対策会議、新しい祭りの運営委員との面談に単身サロンでの交流、夜中の停電対応にも緊急出動されて……このドリバル、ここまで若がご成長なされたことに感激ですぞ!」
     やかましく涙ぐみながらも、誇らしげに胸を張るドリバル。チェッタがその太い腕を下から掴んで下ろし、ひょい、とスケジュール帳を覗き込んでうげぇとまた唸る。
    「ねードリバルー、なーんかそのスケジュール帳、月曜から日曜までマックロじゃね?」
    「む、確かに……これはいつから……前の月から、いやその前も!?」
     ペラペラとドリバルがページをめくりながら、段々と焦燥感が顔に滲んでくる。
    「はっはっはっ、気づいたか! 尊敬していいぞ! なんせオレさまはこのパシオの最高責任者なのだから……な……ぅ」

     どたーん

    「あちゃ~ライヤー様の意識が遠のいちぇったー!」
    「なんということだ、若-ーーッ!」



    「は、離せ、オレさまにはまだやり残したことがーッ!」
    「……というわけだ。我々が言っても納得していただけないので、なんとか若を休ませて欲しい」
    「おねがっしゃーっす」
     そう言って、ちょうど城を尋ねてきた少女とフウロに、ドリバル達は丁寧に頭を下げた。その脇ではフーパに遊び半分で縛り上げられたライヤーが芋虫のごとくうごうごと蠢いている。

     青の帽子から黒いポニーテールを下げた少女──この島の住民でありライヤーに近しい存在であるユイは、この異様な状況にも慣れた様子でしゃがみ込むと彼と目線を合わせた。

    「あーららなるほど。目の下にクマがばっちりなのに、とても元気」
    「あはは、シロナさんの件から嫌な予感はしてたんですけど、やっぱりライヤーさんも仕事づくしですかぁ……」
    「面目ない。我々は若の指示の元で定期的な休暇を頂いているが、若自身に関しては盲点だった。てっきり自主的にお休みされているかと」
     以前のままのライヤーだったら、ドリバルは監視役として動いていたはずだった。それが、最近は貫禄が出て自ら人のためにと生き生きと動くライヤーを目にして、自由にやらせていたのだろう。
     その変化を促したのは自分だと感じたユイは、乗りかかった船だしねとパンッと手を叩く。

    「よっしゃわかりました、ライヤーあってのパシオってもんです。私がライヤーを休ませるスペシャリストを集めますから、ばっちし任せてくださいよ!」

    ★☆★☆★☆★☆★☆

     そんなわけで、ここは城の応接間。椅子に座らされたライヤーの脇にチェッタとドリバルが並んでいた。
    「ぐぬぬぬぬぬ、貴様ら不敬だぞ! こうしてる間にも、色々な仕事が出来るではないか!」
    「若、これも島民との交流の場。仕事の一環だと思ってしばらく辛抱ください」
    「ぬぅ……だがオレさまも机に突っ伏して適度に睡眠は取っているというのに……なぜこんな……」
    「それ、休んでるって言わないっすよー?」
     わいわいと騒ぐ三人の前で、ユイが改めて向き合いコホンともったいぶったように咳払いをした。
    「長らくお待たせしちゃいました。一番手、張り切ってどうぞー!」
    「では僭越ながらわたくしから」

     そう言って背筋を伸ばしながら現れたアクロマが差し出したのは、【二つのグループにおける、パフォーマンス向上データの差異】
     指先を忙しく動かしつらつらと語りながら、スライドを映し出していく。
    「……この通り、きっちり休暇を取った方が細かい資料を用意できるどころか、その仕上がりも迅速かつ正確です。よって適度な休みと睡眠は必要かと」
    「なるほど……。しかし連日徹夜をしているキサマに言われてもな」
    「ふふ! それもそうですね。……まぁ、わたくしの場合は趣味を兼ねてますので。たまに研究所で気絶しておりますが」
     やはりな。ショートスリーパーでしてねぇ。わかるぞ、今度腕に巻けるピローなど作ってやろう。おお、それは合理的。などと和やかに笑い始めたのを見て、周りが頭を抱える。

    「だーめだこりゃ。はい、つぎ、つぎ~!」

    「では私が」
     次にヒールをならしながら現れたヒナギク所長が、バインダーに挟まれた紙と共に前に出てきた。
    「当パシオでのタマゴ孵化なのですが……ご存じの通り私たちの研究により、トレーナーによる保温と振動刺激がなくとも、すみやかに孵化できるようマシーンが開発されております」
    「うむ、そうだな」
     ぺらっ、と紙をめくる軽い音が相づちのように響いた。
    「しかし、トレーナーの間ではこれがいわゆる【色違い】が出づらい原因なのではとされ、非効率的な【じてんしゃ】運搬によるタマゴ孵化が相当数行われていて……」
    「なに?! レア度が操作されているというのか?!」
    「ノー。言いがかり、あくまでウワサされているだけです。しかしこれを信じてパシオ中を昼夜問わず走行し、寝不足で運転がおぼつかなくなることも……先日もアクシデントを起こした者が複数おりまして」

     はぁ、と首を振って、不本意とばかりに悩ましげにため息をつく。

    「私どもとしては、適度な運動はむしろ好ましいと思っているのですが、それもきちんとレストタイム、休息を取った上で、です。何事もムリのない範囲で、健康的に。……これはライヤー様にも当てはまることでは?」
    「急にサイクリングを始める者が増えておかしいと思ったが、それで交通事故が増えていたのか……! これはすぐ対策をしなければ」

     最後の方の言葉は耳をすり抜けてしまったのか、思わず椅子から立ち上がろうとするライヤーを慌ててチェッタが遮った。

    「ちょーっと待っちぇ。それ、新しいオシゴトに繋がっちゃってなーい?」
    「そうですぞ若、今は休んでください!」
    「しかし、このパシオでケガをするものがあっては……!」
     なおも振り切ろうとするライヤーに、ユイがぎゅむぅと身体を張ってのし掛かり止める。
    「うぶっ。き、貴様、離れろ! デリカシーってものがないのか!」
    「だーかーら、そんなことよりライヤーさんも今あぶない状態なんですってばー! ステイ!」
    「オーマイ! 私、もしかして余計なこと言っちゃいました?」
    「報告感謝する、それは我々で対処しよう。だが次だ、次-!」

     ドリバルがドアに声をかけると同時に、飄々とした態度で現れた男性が一人。
    「おーライヤー。ここにいたか!」
    「げ、デンジさん」
    「いや~なよかーん」
     多数の疑惑の目を向けられるのにも構わず、金髪の青年はあっけらかんと悪びれず続ける。
    「悪い、なんか配線いじったらポケモンセンターの端末が全部ショートしちまったみたいだ。意外と耐久性ないんだな! ついでに強化しておくから、センター内に使用停止の知らせを出しておいてくれると助かる。じゃな!」
    「……な……に……デンジ貴様ぁぁぁぁぁ!!」
     歯から光でも零れるような笑顔で一方的に告げると去って行ったデンジの背中に、ワンテンポ遅れてライヤーの叫び声が響き渡る。
    「勝手なことはやめろとあれほど!」
    「わー、ちょーメーワーク!」
    「若、ご辛抱を! わかった誰かセンターに使いを出せ! 大至急だ!」


    「さて、トラブルがありましたが……ん?」
     仕切り直そうと立ち上がったユイの目線の下で、とことこ、とヒナギク研究所に小さな影がいくつか入ってきた。
    「子供達? 君たちどうしたの、迷子?」
    「……らいやーさま、おねんねしないって聞いたよ?」
     近づいてきた男の子が、純真無垢な瞳でライヤーを見つめていた。
    「なんでねないの? おばけこわいの?」
    「な、おばけなど怖くない! ただ、オレさまはキサマらの平穏のためにも寝るひまを惜しんで……」
    「ぼくたちのため?」
    「でもライヤーさまがたおれちゃったらあたちたち、カナシイよー」
    「ねー、一緒にお昼寝しようよー」

    「おや意外な刺客」
     計画外だがこれ幸いにとユイは子供の背をそっと押してやった。よし、もう一息! 無邪気さに溺れろ!

    「しかし、オレさままだ沢山やることが……」
     なおも粘るライヤーだが、その長いスーツの裾を左右から短い指に掴まれてしまう。
    「起きてからいっしょにやろー? あたちたちも手伝うから」
    「そうだよ、ぼくたちおてつだいするよー」
    「う……うむ……」
    「おーおー、さすがのライヤーさまも子供たちには強気に出られないだろ?」
     そう言いながら遅れて広間に入ってくる長身の男が二人──キバナとダンデだった。
    「キバナ?! これは貴様の差し金か!」
     つられて振り返った子供たちが、チャンピオンだ! 本物!? リザードン見せて! とあっという間にダンデの周りに移動していった。
    「ワーキングホリックでトランス状態入ってんだって? ……見なよあのダンデを。過労が過ぎて、いきなり控え室やらレストランで倒れるから、周りが苦労してんだぜ。リザードンの仕事を増やすんじゃねぇよ、ったく」
     指を差されたダンデが、満面の笑みのまま一人の子供を腕にぶら下げたまま力こぶを作る。キャッキャッと無邪気に子供達が笑っていた。
    「耳が痛いぜ! だがファンサービスも大事だよな!」
    「んで反省してるようには見えねえんだよ。身体作りの基本は休息だと思うんだがなぁ。……ライヤーは、いきなり倒れて彼らの心労を増やしたくないだろ?」
     キバナが両手で一人の子供をひょいと抱きあげると、首だけでチェッタとドリバルを示す。
    「……それは、そうだが」
     しぶしぶといった様子で彼が目線を下げた。ソレを見て、ユイが嬉しそうに手を打つ。
    「お、いい感じに折れ気味ですね? では本番にいきましょうか!」
    「ッ、なんだ?」

     突然、ライヤーの足下でふわりと白い花が一輪咲いた。

    「みなさん、こちらは準備オーケーです!」
    「ききき、きゅいぃ♪」
     ばっと手を上げたユイに呼応するように、特徴的な鳴き声で頭上からフーパが降りてきてライヤーめがけて輪を下ろす。
    「フーパ!? きさっ……!」

     ──ぼふっ

    「うぶ、な、なんだここは……ベッド!?」

     高級ベッド特有の柔らかなマットレスが、ライヤーの身体を受け止め沈み込ませる。落とされたそこは、花畑の中にぽつんとあつらえられた天蓋付きベッドであった。
     周りを見渡せば遠くにメイのシェイミとリーリエのキュワワーが携わり、清涼な空気とリラックス効果のある甘いにおいを放っている。
    「おい、ここは何処だ! 誰かいないのか!? オレさま靴も脱がずベッドに倒れ込んでしまったではない……か……?」

     文句を言おうとした途端にくらり、ととつぜん意識が遠のきかける。

     負けじとサングラス越しに目をこらせば、更に一歩引いたところでコトネのプリンが、ふわふわと浮遊したヒカリのクレセリアに乗って向かってくる。さながら月の乗り物に乗った歌い手。
     そのクレセリアの表情はいつもと変わらないが、心なしか笑っているように見えた──良い夢を。
    「ぐ……卑怯な、力尽くとは……」
    「同意は得ましたからねー」
    「いや、得てないだろ」

     未だ頭上に浮かぶリングからユイとキバナの声を受け、ライヤーは抵抗むなしく安らかな眠りについていった。

    「うぅ、かたじけない……。我らもあちらに向かって若を着替えさせるとしよう。いくぞチェッタ!」
    「ほいさー。あーんがーとねー」
    「あ、私からもコレ。安らかに眠れるように、枕元に置いておいてください」
     差し出した白い花束にフウロが苦笑する。
    「白い花を枕元においたら、なんか縁起が悪いんじゃ……」
    「ジャスミンの花、良い匂いするんですよ~!」

     やがて賑わう城内の様子が伝わったのか、島内の人がわらわらと集まってきた。
     それをキバナ、ユイ、フウロが城のスタッフと共に捌き始める。

    「……というわけで、ライヤーは休み中だ。要件があるならこの紙に書いていってくれ。連絡先も忘れずにな!」
    「こちらの列空いてますどうぞー。普段の感謝のお手紙も承り中ですー」
    「あ、そちらでワタッコが整備してる列に並んでくださいね~」
     そこに数人が走り寄ってきたのにユイが気づき、見知った顔に手を振りながら出迎える。
    「ユイさん! あれで良かったですか?」
    「メイさんたち、ご協力ありがとうございます!」
    「お安いご用ですよ。今はプリンと交代でメロエッタが子守歌を歌ってくれてます♪ ……ただライヤーさん、起きたときに怒らないですよね」
    「ならアイツが目が覚めた時に、サプライズでも用意しておくか?」
     彼女たちにもいくらか強引だった自覚があるのだろう。皆の不安を払拭するように、キバナがユイに向かって提案をした。
    「そうだなぁ。食事とか作って並べておいたら、びっくりして怒るどころじゃなくなるかも?」
    「料理か。せっかくだから美味いモノ食わしてやりたいが……何かアイデアは」
     ざわっ
    「あー、キバナさん料理作るんですか!? カレー! やっぱりスタミナ作りにはカレーですよ!」
    「はいはい、じゃあマラサダ~! 元気が出るのは甘いものでしょー」
    「ゼット定食いっちゃう?! はりきって作っちゃうよ?!」

     いつの間にやら集まってきた人だかりから、ユウリ、ハウ、マオが好き勝手に声を上げ始めた。

    「いやいやお前ら、寝覚めにはもうちっと腹の休めるもんが……」
     収集がつかないと見て肩をすくめるキバナの横で、ユイがこてんと小首をかしげる。
    「んー、とりあえずお茶でもいれるとか」

    「……ならばアフタヌーンティーはいかがでしょう?」

     ユイの言葉に、どこか不遜な態度のくせ毛の少年が近づいてきた。
    「お、いたのかビート」
    「ええ、不本意ながらそこのカレー信者に引っ張られてきまして。ティータイムについてはバアさんから教え込まれたので、多少は心得があります。あとはそうですね……彼が協力してくれるそうですよ?」
     おもむろにぽんと肩を叩かれた少年が目を見開く。
    「ねぇ、マサルくん?」
    「え、ぼ、ボク!? いきなりだなぁ」
    「君のマホイップはやる気みたいですけど。スイーツは得意でしょう?」
     お花の飴細工を付けたミルキィレモンのマホイップが、両手をあげて足下でぴょんぴょんと跳ねている。お手伝いできて嬉しい、と表現しているようだった。
    「ははは、そうだね……うん。じゃあライヤーさんには僕らもお世話になってるし、一肌脱ごうか!」

    「おお、アフタヌーンティーか? ならサンドイッチはお任せちゃんだぜ!」
    「では私は。季節のフルーツコンポートのジュレなどご提供いたしましょう」
    「ズミさんまでいいんですか!? うわ~本格的になりそう!」
    「頼もしいな! じゃあオレさまはスコーンでも焼いてみるか」
     ちら、とキバナがライヤーへの訪問客の受付の様子に目をやった。最初よりは人もはけて、大分落ち着いてきている。
    「……あとは城のスタッフだけで混乱は起きなさそうだし、フウロ、ユイ、手伝い頼めるか?」
    「はい、もちろん!」

    ★☆★☆★☆★☆★☆

     スコーンの材料を混ぜて、冷やして、形を整えてオーブンへ。慣れない作業に何度か失敗もしてしまったが、今度は上手くいきそうだった。
    「ふぅ。……ライヤー、喜んでくれるかなぁ」
     やっぱり起きたらまだ怒ってるかな、協力してくれたポケモンたちのことを恨まないかな。
     ユイが珍しく弱気にぼそっ、と呟いたのを聞いて、側に居たキバナとフウロが顔を見合わせた。
    「絶対大丈夫ですよ!」
    「ああ。アイツもなんだかんだ後ろめたいところはあったんだし、周りのキモチを無碍にするヤツじゃない。……お前も良く知ってんだろ?」
     ぽん、と頭の上に手が被さるのを感じてユイが見上げると、フウロとキバナが笑顔で返してくる。
    「うん……そう。きっとそうですよね!」
     ぐ、と手のひらを握ると、熱くなっていくオーブンのように力が溢れてくるのを感じた。気のせいかもしれないが。
    「お、それでこそいつものユイちゃんだぜ」
    「起きたら満面の笑顔で返してあげましょ!」


     ……かちり、ごと、きんっ……
     遠くから、何やら陶器がぶつかるような軽い音がする。
     夢から浮上したライヤーは、重い瞼をこすりながら上半身を起こした。ぴゅう、と室内で感じることは無い野性的な風が頬をくすぐっていく。
    (……なんだ……? ここは……)
    「あ! 起きた? おはよーライヤー」
     無防備な寝起きに人の気配。一瞬緊張したライヤーだったが、変わらない脳天気な顔にどこか安堵する。
    「む……ぅ……。……ユイ、オレさまはどのぐらい寝ていた?」
    「そうだね、六時間ぐらい?」
     それを聞いて彼が頭を抱える。確かにあたりは薄暗く、いくつかまたたく星も確認できた。よく寝たはずなのに再びめまいに襲われる感覚だった。
    「く……昼寝にしては寝過ぎだ……!」
    「みんなで一通り用意はしたけど、その後解散しちゃった。どうする? ライヤーが起きたら食べさせといて、後で感想聞かせてって言われたけど」
    「用意? なんの……それか」
     それ、と指差した先。そこにはライトアップされたテーブルと椅子のセット、それに今いる二人分にしてはいささか大げさなアフタヌーンティーセットがあった。
    「じゃーん、みんなでライヤーの好みに合わせて作りました。ちゃーんとドリバルさんとチェッタさんのお墨付きだよ! さ、席について!」
     キラキラと目を輝かせたユイが、腕を伸ばしてライヤーの手を取った。


     こぽぽぽ……
     小気味良い音と共に、丸く透明なポッドからカップに紅茶が注がれる。ふわりと湯気が経ち、馴染みのある匂いが鼻をくすぐった。
    「こういうの、ライヤーのとこじゃ普段メイドさんがやってくれるんだってね?」
    「……オレさまだって、自分で紅茶を入れる時ぐらいある」
    「そうなんだ? じゃあ今度ライヤーが入れてみてよ。すっごくこだわってそう」
     くすくすと笑いながら差し出されたカップを傾け、黄金色の液体を一口味わう。特有の苦みの後、ほのかなオレンジの風味が口いっぱいに広がり清涼感を残す。
    「良い茶葉だ」
    「淹れ方もガラル紳士に教わりましたから」
    「これはどの店の茶葉だ? パシオの喫茶は一通り行ったがこのようなものは」
    「おーっと、それは企業秘密だよ。フェアリーは謎が多い方がいいんだって」
    「なんだそれは……」

    「……このバターは……」
    「焼きたてのスコーンに塗るとおいしーよねー。クロワッサンもサクサク」
    「見覚えの無い印があるな」
     個包装のバターの包み紙には、ハートマークの中で満面の笑みをしたミルタンクの印。
    「あーそれ? アカネちゃんのところのミルタンクのミルクで作ったって」
    「なに! あいつまさかパシオで無許可営業を!?」
    「おっとそう来たか。硬いこと言わない、じっさい友達に配ってるだけみたいだし」
    「む……それなら良いが」

    「このゼリーは……むぅ」
     芸術的にカーブした透明な器に入れられた、緑から紫へのグラデーションジュレ。掬ったそれをしげしげと見つめた後に口に入れ、また器を持ち上げて見つめだした。
    「すっぱくてジューシー♡ ズミさん作だよ。プラターヌ博士のゴーゴートが崖から取ってきた、入手困難の絶品きのみだって! 王族の舌にも合いそうな、上品な味わいだね~」
    「……なるほど、このパシオにも自生するきのみが……。しかし希少なものならば、特産品として大量生産は難しいか。……惜しいな」
    「おおう、イヤミも耳に入らないぐらい集中しておられる」

     他の料理も口に入れてはああでもない、こうでもない、これは売れるのでは? となにかと吟味し始めるライヤーに、ユイは呆れて声をかける。

    「あーもー。ねぇ、ライヤー」
    「うん?」
    「いったん仕事から離れる!! 美味しい?」
    「む? あ、ああ……そうだな。どれも意外なほど、美味い」
     そっかそっか。とどこか誇らしげにうなずくユイ。
    「じゃあ素直に美味しいっていいなよ。みーーんなこれライヤーのために考えて、ライヤーの舌に合うようにって作ったんだよ。それもこれも、ライヤーの休暇をいいものにするために! だからダメオシゴト! ほらリフレッシュの頭空っぽ体操!」
     眉を吊り上げたユイが両手を天高く上げて、深呼吸のように弧を書くように腕を下ろした。──それを高速で何度も。
    (……到底、リラックスするために行う行為ではないな)
    「すー、はー、すー、はー。ほら、ライヤーも見てないで! 大きく息吸って! 吐いて!」
    「あ、おい! 俺はそんな……」
     後ろに回って強引に腕を掴まれたので、しぶしぶといった形でライヤーはゆっくりと深呼吸をした。
     あたりのあまい花の香りが肺一杯に広がり、身体をほぐして過ぎていく。疲労回復の効果もあるのだろう……悪くない。
    「……ライヤーが責任感だけじゃなくて、この島をみんなのために良くしようとしているのは知ってるよ。それが楽しくて大好きなのも」
     ふいにユイが声と表情を和らげる。普段の快活さが抑えられた、珍しい表情だった。
    「でもね、休も? 仕事以外のことでも世界は広いんだよ。上に立つ人って、心の余裕も必要じゃないかな」
    「ぐ」
     『余裕が無い』『上に立つのに相応しくない』
     思わず閉口する。それは以前ライヤーがワールドポケモンマスターズ大会を開催中に、パシオの住民から聞こえてきた……彼にとって耳の痛い言葉だった。

     あのときから、自分自身変われたとは思っていたが──まだ、精進が必要ということか。

    「何事も余裕を持つって大事だよね~。ほら例えば……目の前にいる大事な人との食事を楽しむ、とかさ?」
     その言葉に思わずあげた視線の先、微笑む彼女の瞳と目があった。テーブルに備えられた灯火がゆらゆらと顔に影を作る。

     しん……と不自然な沈黙が流れ、心がざわついていく。風に運ばれたジャスミンの香りが鼻をくすぐる。
     らしくなく、答えに窮してしまった。すぐに受け流せばいいものを何故。コイツの本心が見えない。

     ライヤーはようやく動いた指先で、サングラスの縁を持ってかけ直した。
    「……貴様、それは、その……」
    「ん?」
    「いや、なんでもない……」
    「んふ。楽しい?」
    「~~~~そうだなッ?! お前のマヌケ面が滑稽だな!」
    「あーー酷い!」
     一瞬流れた柔らかな空気が霧散していく。それを名残惜しいと思わないわけではないが、今彼女にどこか救われた気がしたのも確かだった。
    「わかったわかった、オレさまの負けだ。まだやり足りないことは山ほどあるが、今後は適度に休むように務める……迷惑をかけた。これからも、なんだ、……よろしく頼むぞ」
    「もちろん! 私もパシオが大好きだし、そのためにはライヤーに健康でいてもらわなきゃいけないから。ね?」

     あらためて、かんぱーい!
     青天井の下、ユイが上機嫌で金縁のティーカップを掲げる。

     それはどういう作法なんだ。とライヤーは苦笑しながらも自らのカップを軽くあげて応えてやる。

     ふと、その視線の先。
     嬉しそうに金の輪を瞬かせながら夜空を飛びまわるフーパが見えた気がした──それはまるでパシオに落ちる、一筋の流れ星のようだった。
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