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    igarashi65

    ツイッターに上げる漫画の途中経過が多いと思います。
    倉庫になる可能性も出てきました。

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    POIPOI 43

    igarashi65

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    学生→数年後、TS🐶、同棲と呑み会と。
    【100推し 42/100】tκ1zちゃん
    一人称ぼくTStκちゃんがブーム

    #tklz

    騒がしいところは好きじゃない。生まれ持ったこの耳は音を集めることに長けていて、たとえば恋人の泣きそうな声を拾うことだって造作ないけれど、聞きたくないような音までたくさん集めてしまうから。何百人もいる人々の足音、話し声、ビルの上の大きなスクリーンから流れる音。求めてない情報が耳から強制的に入ってくるのは、あまりいい気分じゃない。
     以前雑踏の中で、どうにもうるさい音を遮断したくて一度だけ、耳をぺたとねかせたことがある。隣にいたあの子は少し不思議そうな顔をして、それからぼくの耳をなでてくれたっけ。
     うるさい? ごめんね、静かなとこ行こっか、なんて。
     苦しいのはぼくなのに、悲しそうに眉を下げていた。相手の痛みを、理解しすぎてしまう子だった。

     

     うるさいところはあまり得意じゃない、だから、居酒屋もあまり好きじゃない。酔っ払いは声が大きいし、そこいらで飲まれてるアルコールと泳ぐ煙草の煙にこの鼻が耐えられないから。
     遠くからただよう香りをキャッチして新しいパン屋を見つける優秀な鼻先は、その才を発揮する場所を選ばない。喜んでくれる恋人も隣にはいないから、こんな時は鈍感でもええんにな、と思う。つんとするアルコールの匂い、植物がくすぶるような煙草の煙。やさしいあの子の安心する匂いから、かけ離れているようなもの。
     向いてない、と思う。けれどこの場所に来ようと思ったのは、他でもないぼくの恋人が、
     リゼが、言ったから。

    『折角だから行ったら? みんなとこちゃんに会いたがってるよ』
     高校の頃の友達に呑みに誘われとる。言ったらリゼは一瞬きょとんと目を丸くして、それから笑った。『え、いいじゃん、折角だし行ってきたら?』そう言いながら洗濯物を畳むリゼの手つきはなめらかで、ぼくはその手つきを見るのが好きだった。積み重なった洗濯物の上にぽん、と置かれたシャツは、与えられた居場所に満足しているように見える。リゼの手つきも、どこか楽しそうに見えた。
    『ええの?』
    『悪いなんて言うわけないじゃん。お友達なんでしょ?』
    『そうやけど、ほら、世間の女の子は男同士の呑み会とか、嫌がるらしいんよ』
    『え、そうなんだ? まぁ私はいいと思うけどなぁ』
    『心配やったりせんの?』
     ぼくが言った言葉を受けて、リゼはもう一度ぼくの方を見た。きれいなマゼンタの瞳が真っ直ぐこちらを見る。残った洗濯物は靴下や下着だけだった。昔はぼくの下着を直視しないよう目をそらしていたリゼも、随分大人になったなぁと思う。
    『心配? 何が?』
    『や、お酒の席とかってなんかこう、心配やったりせんのかなぁって』
    『しないよ。だって、とこちゃんが変なことするわけないもん』
     リゼの言葉には、いわゆる「信頼」と呼ばれるものが隅々まで詰められた。無関心がゆえに出る言葉ではない、信頼から生まれる言葉だ。愛されとるなぁ、と思う。
     だからいつもはしないことを、ちょっとだけすることにした。友達って大切にした方がいいよ、そうリゼが言ったから。



     久しぶりに再会した旧友はみんな少しだけ大人になっていて、けど中身は学生時代からほとんど変わってないようだった。
     アルコールといっしょに紡がれる思い出話。学生の頃にうるさかった教師の話から始まって、仕事の話、趣味の話、恋人の話。それから、リゼには聞かせられないようなゲヒンな話。

     懐かしい気すらする話題を聞いていると、リゼはこんな話せんのやろうなぁ、と思う。たまに先輩のさくちゃんとお出かけしてるけど、リゼがするのはさくちゃんと見た映画の話とか、食べたご飯の話、それからゲームや漫画のばかりだ。
    『笹木さんがね、その時ね』
     さくちゃんと遊んできた日のリゼはいつもより「女の子」を楽しんできたみたいで、たくさんの「かわいい」ものをその小さい身体に吸収してきたんやろうなぁ、と思えるほどだった。すごく嬉しそうでかわいくて、それを見てると幸せになる。
     ぼくも女の子やったら、リゼと女子会できたんになぁ。そしたら、なんで女子会をした時のリゼがこんなかわいくなるかの理由もわかるんかなぁ。
     女の子にはなれないぼくに女子会はできないから、そういう時さくちゃんがちょっとだけ、うらやましい。そんなぼくに気を遣ってか、さくちゃんはリゼが話していたぼくの話をしてくれるけど。
     ……あぁでも、女の子の「そういう話」って結構えげつないって言うんやっけ? 生々しいとか、学生時代に女の子たちが話してた気がする。でもリゼはそんな話せんもん、絶対。

    「とこまだあのお姫様と付き合ってんの!?」
    「まだ、てなんやねん」
    「いや、さすがに別れてると思ったわ」
    「なんでよ、別れる理由ないやん」
    「いやだってさ、付き合ってたら飽きたりするじゃん」
    「せぇへん」
     話がぼくとリゼのことになって、ぼくは一口お酒を口に含む。アルコールの香りが鼻から抜けて、それだけで酔いが回りそうだった。
     思えば、人の子というのはこういう話に随分と興味を示す。誰と誰が付き合ってるとか、誰と誰が別れたとか。一年付き合ってたら長いほうなんて聞いた時には驚いてしまった。だってケルベロスのぼくからしてみたら、一年なんて瞬きやのに。
    「別れ話とかなったこともないの」
    「ない」
    「浮気は?」
    「はぁ? ないよ」
     唐揚げを一つ頬張る。興味津々な顔で見てくる旧友には悪いけど、ぼくとリゼの間に疑うものなんて何もない。珍しい話なんかな、まぁ人の子からしたら、珍しいんやろな。
     考えたこともない。浮気をしたいとか、目移りがどうとか。
    「ぼくにとってはさぁ、」
     だってぼくには、リゼだけが──。


    ***


    「おかえりたゃ、楽しかっ――わっ!」
    「ただいまぃぜぇ」
    「おかえりなさい。ふふ、ご機嫌だねぇ」
     タクシーから降りてエレベーターを上がって、505号室。ぼくとリゼの家。
     チャイムを押したらカチャリと音が鳴って、玄関の鍵を空けてくれたリゼがお迎えしてくれたから、そのままぎゅうと抱きしめた。ふわっとリゼの香りがして、さっきまでのアルコールだとか、煙草の匂いが全てリゼで上塗りされていく。世界中がリゼの香りやったらええんにな~って言ったら、リゼは困るかな。
    「ごきげんに決まっとる。やって、かわいい彼女だきしめとるんやから」
    「もう」
     抱きしめたままでいると、すぐにリゼも同じようにぎゅと抱きしめてくれた。ぼくを抱きとめた身体が少しだけよろけたから、倒れないように引き寄せる。ぼくの身体一つ支えることができないほそっこい身体。なんだか、いつもより冷やっこい気がする。

    「ぃぜ、からだつめたい、さむかった?」
    「え? ううん。寒くないよ? ふふ、とこちゃんの体温が高いんだよ」
    「あ、そっかぁ」
    「いつもよりたくさん飲んじゃったみたいだね」

     言いながら、リゼがぼくの髪と耳をなでてくれた。楽しかった? と聞かれたから、まぁまぁ、と答える。楽しかったけど、リゼといる時間には勝てない。
     いつもよりリゼの手が冷たい、なでられる耳が気持ちいい。

    「思ったより帰るの早かったね?」
     ずりずりとリゼを抱きしめたままリビングに行って、ソファに座ったぼくに水の入ったコップを差し出しながらリゼが言った。喉の奥へ落ちていく水が、熱くなった身体をわずかに冷やしていく。酔いもさめる気がした。
     リビングの空気はいつもと変わらなかった。いつも通りの家具、いつも通りの照明、ぼくがプレゼントしたお花が机の上に飾られている。記念日でもなんでもない日に買って帰ったら、リゼが『……私、なにか忘れてる?』と顔を青くした花。リゼのあの反応、思い返すたびに笑ってしまう。好きな子に花をプレゼントするのに、理由なんていらんやろ。
     水の入れ替えをしようとした時に、リゼは『私がやるから!』と言って聞かなかった。とこちゃんにもらったお花だから、水の入れ替えくらい私がやりたい、なんて。
     花を贈っただけで大喜びしてくれる子で、贈った「だけ」じゃないよ! と怒る子だった。その怒りが本物の怒りじゃないことは、よく知っている。
     友人の話を思い返していた。浮気とか、別れ話とか。それからリゼに聞いたこと、心配なんかしない、信じてるもんと言ったリゼの表情。

    「次のお店、行くって言ってたけどぉ」
    「うん」 
     一瞬、話すか迷う。けれどなんだか少し、イタズラ心のようなものが沸いてきた。自分で思っとるよりずっと、酔っとるんかな? けれど今日はその感覚に従うことにする。

    「えっちな店やったから、帰ってきた」
    「エッ、」
     最後まで言わず、リゼは言葉を止める。ぴしりと止まった部屋の空気が面白くて笑うと、リゼは思ったよりも動揺しているようだった。もうリゼだってその意味がわからんほど子供じゃないはずやけど、ちょっと刺激、強かったかな?
    「あ、え、えーと、そ、そうなんだー!」
    「なに無理しとんの」
    「いやだって、なんて言ったらいいやら……」
    「くふふ、行くわけないやん。行きたいとも思ってへんよ」
     人の子はよくわからへん。お金を出して好きでもない子とお話するとか、好きでもない子とえっちなことするとか。
     だってぼくはリゼが好きやから、リゼがいればそれでいい。

     キッチンから戻ってきたリゼの顔を見上げて、細い手首をつかんで引く。ぽんぽん、と膝を叩いたら、かわいい彼女は従順にそこへ座った。軽すぎる、やっぱもうちょっと太ってもらわんとあかん。
    「心配した?」
    「い、いや、心配と言うかぁ……。とこちゃんもそういうの、興味あるのかなって……」
    「ないよ」
     しどろもどろに話すリゼはさっきから目が泳ぎっぱなしだ。あんまりいじわるするのもかわいそうなのかもしれない。
    「戌亥は人の子とはちゃうので」
    「……うん?」
    「一途なんです」
    「それは知ってるよ」
    「戌亥には、リゼだけやから帰ってきた」
     瞬間、リゼの頬がぼわ、と赤く染まる。色が白いから染まる頬や耳を隠せないのはリゼのかわいいところの一つだと思う。

    「……うん、よ、よかった、です」
    「ふふ、なんで敬語なん」
    「いや、べ、べつに……」
     まだきょろきょろと視線を迷わせるリゼの頬をなでたら、目が合った。一瞬呼吸を止めたら、リゼにもそれが伝わる。ゆっくり顎を持ち上げて、それからやらかい唇にキスをする。アルコールくさいって怒られるかもしれないけど、でもその怒りが本物じゃないこと、知っとるから。

    「……なぁなぁ、ともだちにな、ぃぜのはなし、した」 
    「えっ、どんな? ……変な話してないよね?」
    「してへんよ。学生時代からつきあっとるんに、別れてへんのめずらしいんやって」
    「そう……なんだ? まぁそう、なのかな。わかんないや、普通って」
    「戌亥も。やってこれが戌亥たちの普通やし」
    「うん、そうだね」
    「別れる理由ないってはなした」
    「……そっか。ふふ、」

     だからくしゃみ出たのかな。リゼがちょっと嬉しそうに言って、それがたまらなく愛しい。やから今度は頬に一つキスをする。リゼが子供みたいに笑った。
     かわええ、ほんまにかわええ、ぼくのおひめさま。

    「ぃぜな、ぼくのおひめさまなんやで」
    「急にどうしたの、たゃよっぱらいだねぇ」
    「よっぱらいやけどぉ、ほんまやの。17のころから、ぃぜはずっとぼくのおひめさま。あとおくさん」
    「話変わってるじゃん」
    「かわってへん、もうすぐなんの! おひめさまでおくさんなの!」
    「はいはい、そうだねそうだね」

     ぼくをあやすようにリゼが背中をなでる。ちょっと冷たい手のひらがやっぱり心地いい。リゼの香りや声がやさしくて、なんだか眠くなってしまう。騒がしい外の世界より、知らない匂いで充満した居酒屋より、静かであったかいリゼとの家が、ぼくは一番好き。
     やさしい眠気にゆられるように、リゼの頬に鼻先をすり寄せた。

    end.
    20210422
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     以前雑踏の中で、どうにもうるさい音を遮断したくて一度だけ、耳をぺたとねかせたことがある。隣にいたあの子は少し不思議そうな顔をして、それからぼくの耳をなでてくれたっけ。
     うるさい? ごめんね、静かなとこ行こっか、なんて。
     苦しいのはぼくなのに、悲しそうに眉を下げていた。相手の痛みを、理解しすぎてしまう子だった。

     

     うるさいところはあまり得意じゃない、だから、居酒屋もあまり好きじゃない。酔っ払いは声が大きいし、そこいらで飲まれてるアルコールと泳ぐ煙草の煙にこの鼻が耐えられないから。
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