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    hanakanzashi410

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    hanakanzashi410

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    ちようら♀水ノ綾のあれ
    強いちよさんが見たかったんだ

    一歩、また一歩と、砂浜から森へと入っていく。その道すがら、点々と赤黒く変色している血液に新しい命を与え、一つずつ海へと返していく。
     千代金丸が神嫁にと選んだ浦島は人としては悲運の渦中にいた。あれほど清らかで美しく力を持った巫女を娶りたい、娶ると決め、儀式の日まで待つつもりだった。しかし儀式の日を目前とした今日、浦島は賊に殺されてしまった。最期の日までは人のことして生かしておこうと、護りの飾りを渡していたというのに。
    (でーじはごーやつが触ったか……)
     神が手ずから与えたものは、与えられたもの以外が触れることで穢れ、力を失っていく。浦島は身に着けていただろうが、さすがに湯あみなどで外していたところを誰かが触れたのだろう。そのおかげでこの異変に気付くことが遅れてしまった。
    「浦島は、ここで射られたのか……」
     転々としていた血痕の始まりの大きな血だまりの跡。千代金丸はそこに触れ命を与えた。浦島の清らかな血から生まれた小さな亀に「浦島のところへ」と頭を撫でて向かわせる。亀は小さくうなずいて海のほうへとゆっくりと歩いていった。
    「さて……」
     立ち上がると千代金丸は煙の上がるほうへと、また歩みを進めていく。賊たちはまだ村にいるのだろう。浦島を殺した一味たちをどう処罰しようか。生きてなお永遠の苦しみを与えるか、死してなおさらなる地獄を味あわせるか……。そしてもう一人、長でありながら神への信仰、そして巫女に対する暴言の諸々は決して許されるものではない。欲にまみれた汚らわしさを正す必要があるが。
    (浦島を蔑ろにしたやつを生かしてもなぁ)
     無駄な殺生は好まないが、こればかりは致し方ないと、村へと踏み込んだ。
     屍の数々、燃え尽きた家屋、捕まった女子供、強奪品を確認している賊の集まり。その中心にいる、今にも死にそうな村長。逃げ出そうとして捕まったのだろう。すでに捕まっている女子供を好きにしていいから自分を助けてほしいと、なんとも見苦しい命乞いをしていた。
    「はいさーい」
    「誰だ!!」
    「あぁいたいた。やーが巫女を射貫いたやつかぁ」
    「ああ!?」
     ごとり――いつの間にか刀を手にし、いつの間に斬り落としたのか、血を噴き上げながら男が倒れ、何もわかっていない顔は、白目をむいてごろごろと地面を転がっていった。女子供から上がる悲鳴、後ずさる賊たちに緩く笑いかける。賊たちは生きて返さない。
    「やーたちが何をしようと俺には関係ないけさぁ。でもね、巫女を手にかけたのは許せないよ」
    「巫女なんて知らねぇ!」
    「そうかぁ。でもね、やーたちはうかみの逆鱗に触れてしまったよ…生きては返さないさぁ」
     その言葉のあとに一閃。荒波のごとく賊たちの間をすり抜け、千代金丸は刀を納めた。バタバタと倒れる賊たちの姿を、冷ややかに見降ろしてから、今にも死にそうな、だけど助かったと言いたげな村長へと目を向ける。ざっざっとわざと音を立てて近づき、目線が合うようにしゃがみこんだ。
    「はいさい、村長」
    「助けていただき」
    「浦島をずいぶんと傷つけたね」
    「え……?」
    「浦島はとてもいい巫女だよ。それを無能?役立たず?」
     すっと目を顰め、額に指を置く。ガタガタと震える村長に向ける冷え込んだ瞳は、深海のごとく暗いもの。明らかに、人のものじゃないそれに、冷や汗とともに止まらぬ震え。
    「お……おまえは」
    「俺か?俺は、浦島のうかみさぁ」
     指が、額にめり込んだ。目を見開いたまま絶命する村長に、捕らわれていた者たちは息を飲む。次は、自分たちだ、と。しかし千代金丸は何事もなかったかのように立ち上がると、縛られていた縄を解き、何事もなかったかのように首を傾げた。流れる髪が、その神々しさを醸し出す。
    「浦島の部屋はどこ?」
    「み……巫女様の部屋は、焼かれて……」
     震える声にそうかと頷くだけ頷き、千代金丸は雨を呼んだ。このまま燃やしていては森が燃えてしまう。森に罪はない。山のほうは…何とかしてくれるかぁと、何事もなかったかのように雨の降る中を歩いた。が、すぐに立ち止まり振り返った。
    「次の長はどこにいる?」
    「巫女様が、大地の神の聖域にと、誘導したときに、先導を、して」
    「そうかぁ。にふぇーでーびる」
     にこり、でも決して何事も許していない笑みで山に入っていく千代金丸に、残された女子供は動けなかった。残された大量の屍と、火を消すように強く降る雨の中、ただの一歩も。


     ざぁざぁと降る雨の中、非難をしていた人々は突如現れた千代金丸に恐怖した。男たちは武器を構えたが、若い男が武器を納めさせ前へ出た。千代金丸と対峙してなお、気丈なこの男が次の村の長となるものだろう。
    「何者だ!」
    「俺はうかみさぁ。おーい、いるかぁ」
     若い男をどかし、後ろの洞窟に声をかける。反響する声に呼応するように、獣の鳴き声が洞窟の中から響き、のしのしと大きな白い虎が現れた。唸りに人々は逃げ惑うも、若い男だけは気丈に、しかし震えながらも逃げなかった。
    「はいさい、長曽祢」
    「なんだ、どうした」
     大きな虎は姿を消し、かわりに体格のいい男が立っていた。大地の神、長曽祢は大きなあくびをし、今まで寝ていたことを隠しもせずに、千代金丸の言葉を待った。
    「村が襲われて、水の巫女が殺されたよ」
    「なに……?」
    「わんぬとぅじのうっとぅさぁ」
    「妹がいるのは聞いている……で、どうしたんだ」
    「もちろん相手はたっころしたよ。巫女は俺が連れてく。あとね、長も殺した。あれは長の器じゃない」
    「そこまで言うとはめずらしいな。それで、どうするつもりだ」
    「そうだね……」
     人の会話ではない、神同士の話に冷や汗を流す若い男は膝をついた。震えながらも逃げはしないのは自分が跡継ぎとされてきたからだろう。その男をちらりと見ると、すっと指をさした。
    「この男を次の長にして、もう贄送りを止めさせるよ。やーはどうする?」
    「おれも贄などいらんな。蜂須賀がいればいい」
    「決まりだね。そこの男、聞いていたね。われらうかみ、ともに贄送りを拒否する。もし次の贄を送ってきたらその時は安寧は保証しないよ。今まで通りに奉納の歌と舞だけは忘れないようにね」
    「は、はい!!肝に銘じ務めさせていただきます!!」
    「うん、いいね……お前は浦島のちょーでーか?」
    「水の巫女、大地の巫女の、異母弟です……二人は、姉たちは神々のもとで安寧を得られるでしょうか」
     千代金丸は笑みを浮かべるだけで問いに答えることなく、んじちゃーびら、と言い残して雨の中に消えた。男が振り返るとそこに先ほどの男の姿はなく、神域の入り口も閉ざされていた。もう二度と立ち入るなとでもいうように。


     千代金丸は森を抜け、近くを流れる川に足をつけた。あれだけの雨が降ったにもかかわらず穏やかなこの美しい流れは、浦島が作り上げたもので、続く海の輝きもまた、浦島の祈りが作り上げたものだ。それを知らない愚かな人間などその命が尽きてしまえばいい。
    「さぁ、浦島のところにけーゆんかー」
     ぴちゃん、と水音を立てて千代金丸は姿を消した。



     神は無慈悲ではないが、時に残酷である――。
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