クリスマス21「お疲れ様、差し入れ持ってきた」
日勤と夜勤が入れ替わる時間帯、大荷物で現れた降谷に、お疲れ様です!の声と、差し入れという言葉にどよめきが混じり、降谷は呆れたように笑った。
世間はクリスマスイブ。この日ばかりは新婚や新婚や恋人申請の出ているもの達を優遇し、残念ながら夜勤に回されてしまった部下たちへの労りを込めて、休暇をいいことに大量に作ってしまった料理の数々を持ってきた。
「お休みなのにわざわざすみません」
「暇だったから。やっぱり僕も仕事」
「それはダメです」
暇だった、それは本当。年末にできない大掃除も普段の掃除が項を生しすぐに終わってしまった。残された週明けまでをどう過ごそうか悩むほどにだ。
「わかった、今日は大人しく引くけど何かあったらすぐに連絡してくれ。暇だから」
「わかりました。さぁお帰りください」
「冷たいなぁ」
来てそうそうだと言うのに風見に背を押されてフロアを出ることになってしまった降谷は、着いてくる風見を気にすることなく肩を竦めた。
外に出れば肌を刺す冷たい風が吹いている。行き交う車もどこかはしゃいでいるように見えるのは、クリスマスイブ、だからだろう。
「あの料理、ほんとうは」
「皆まで言うな、虚しくなるだろ?」
蓋も開ける前から有能な部下は気づいていたのだろう。暇だったからは本当でも、特別な理由がなければ作る必要のないパーティ料理の数々は、クリスマスの予定を聞いてきた男のために作ったものだ。でもそれは、彼の口に入ることは無かった。
電話の向こう側から聞こえてくる賑やかな声の数々は英語で、帰国できなかったFBIの面々たちのものだったのだろう。珍しく彼も、赤井も、浮かれて酔っていたのか、降谷に場所を告げるだけ告げ、早く来てくれ、の一言を残して降谷の返事を聞く前に切られてしまった。
確かに降谷と彼、赤井は特別な関係ではない。ただ一方的に降谷が想っているだけで。
「風見も上がりだろ?僕はいいから早めに帰れよ」
「降谷さんは」
「真っ直ぐ帰るよ」
他に行くところもないしな。付け足してから愛車に乗り込むと、風見は複雑そうな表情をしたものの、お疲れ様でしたの一言しか言わなかった。部下のその気遣いが今はありがたかった。
少し走ればどこもかしこもイルミネーションとクリスマスの賑わい。最後に騒いだのはいつだったか、その時のメンバーはもはや誰一人として残っていない。
ずっと、クリスマスは独りだった。今更寂しいなんて思わない……はずだったのに。浮かれてしまった分、寂しくてたまらない。それでも、呼ばれた先に行く気にはなれなかった。
自宅に帰って、なんの面白みもないテレビ番組を流す。今頃赤井は……と何度か頭を過っては頭を振って消す作業を繰り返した。
スマートフォンは何度か鳴りはしたが、表示される名前にどうしても出る気にはなれなかった。
そもそも、彼が自分を誘ったのは、仕事ばかりで友人もいない可哀想な女だから、なのだろう。それに気づけなかった自分の馬鹿さ加減に笑いすら起きてしまう。
好きな人と過ごすクリスマスなんて縁のないものだったのに。
「赤井があんな誘い方するからだ……」
行き場のない虚しさを、誘ってきた男に向けて言葉を吐き出して、余計に虚しくなった降谷は、あーあ、と言葉と雫を一緒に落とした。
こんな日は早く寝るに限る。時刻はまだ十時にも満たないが、寝てしまおうと立ち上がったその時、インターフォンが鳴った。宅配物は無い、こんな時間に訪ねてくる友人もいない、部下たちはまず電話してくる、なら誰だと映像を見ると、そこには全身を黒で固めた男が立っていた。
『開けてくれ、降谷くん』
「なんで……」
『何度電話しても出ないから』
そんなことでわざわざ?この寒空の中を?近場にいたからたまたま寄っただけの可能性も捨てきれず、震え声になりそうなのを抑えるため、胸の前でギュッと手を握りしめた。
「すみません、忙しくて……あの、何ともないんでパーティに戻って」
『君がいないと意味が無いんだ』
「……楽しそうだったじゃないですか。あなたたちの輪に僕みたいな部外者がいたら、楽しいものも楽しめなくなりますよ」
可愛くない拒絶。どうしたって今日は、安室の顔は作れそうにない。降谷はそっと切ろうと指を伸ばし会話を終わらせようとした。そうすれば諦めて帰るだろう、と。
『きみの顔を見るまでここを離れないからな』
切る直前にそう聞こえた気がした。いくら赤井が寒さに強く辛抱強くても、1時間もすれば諦めて帰るだろう。そうすれば、こんな特別な日にこんな可愛げのない女を誘うことも無くなるはずだ。
「…………」
だけど、風邪をひいてしまったら。重大事件が起きて、スナイパーが必要なのに彼が動けなかったら。
「っ」
弾かれたように部屋を飛び出した。一目会ってしまえば彼も満足して帰るだろう。
エレベーターを待つ時間も惜しくて階段を掛けおりる。肌を刺す空気の冷たさは気にならなかった。薄暗い階段に足を取られそうになりながら着いたエントランス、自動ドアの外で寄りかかっている赤井の姿を見つけて、鼻の奥がツンと痛んだ。
早く、帰らせてあげないと。
「……赤井」
「降谷く……!?なんて格好をしているんだ!!」
「え?」
格好、と言われて自身を見下ろす。白いパーカーと合わせの短パンとオーバーニーソックスと、サンダル。外に出るには寒いが、ルームウェアとしてなにもおかしなところは無い。それを咎められ、ムッとした降谷は「顔は見せました」と、背を向けた。慌ててきたのに、まさかそんなことで怒られてしまうなんて。
泣いてしまいそうだ。
「満足しましたよね。風邪をひかれたら迷惑なので早く」
「早く部屋に、その前にこれを着ていてくれ」
ふわりと掛けられた重みとタバコの香りに驚いて顔を上げた。上着を脱いだ赤井は薄手のニット一枚で、降谷と比べても寒過ぎるくらいだった。
「あなたの方が」
「きみに風邪をひかせたくない。俺はこれでも寒さに強いんだ」
「……それは、知ってるけど」
「だが寒い事に変わりはない。きみの部屋で暖まらせてくれないか?」
上着の上から肩に回された腕に引き寄せられた体。なんのつもりでこんなことをするのか。妹のいる人だから、それと変わらない優しさを与えてくれているに過ぎないのかもしれない。
だけど、僕の部屋には……
「……聞いてから、決めてください」
「何を?」
「あなたが好きです……だから、だからこそ今日は、そんなつもりのない人を部屋に入れる気はありません」
赤井への好きが詰まった料理が残っている。部屋に来たところで出せるのはそれくらいしかない。それに、用意したプレゼントもそのまま置いてあるのだから。
降谷の言葉にピタリと動きを止めた赤井の顔を見ることは出来ない。そんなつもりはなかったからだろう。
わかっていたことだ。降谷はそっと体をひねり、掛けられた上着の下から抜け出した。
「メリークリスマス、次会うときは忘れててくださいね」
「……部屋にあげてくれ」
「それは、僕の気持ちに応えてくれるってこと、ですか?言っておきますけど同情で」
「好きだからだ」
腕を引かれ、抱きしめられた。なんのつもりで、とはもう言わない。
「ここから先は暖かいところで言わせてくれないか?きみの、部屋で」