赤安♀だよ「長い間彼をお借りしてしまい、申し訳ありません」
「大丈夫なのかな?」
「はい」
数日間の入院を経て、退院をしたその足でFBI本部へ、ジェイムズさん(彼の上司)に挨拶に訪れていた。それもこれも、僕が帰国しないようにと赤井が休んで付き添っていたせいだ。
赤井と共にフロアに入った僕に向けられた多くの視線と、それとは別に感じる悋気に、また体調を崩してしまいそうだった。
この視線はあの時の電話の人だろう。別れさせようとしていたのに、日本にいるはずの僕がこっちにいて、赤井に付き添われているから。
そんな彼女も、僕がジェイムズさんと話をするために赤井から離れた途端、僕へと不敵な笑みを浮かべたのち、彼に駆け寄っていた。
それを尻目に、僕はジェイムズさんの部屋へと入って別れた。その後どうしているのかわからない。
「赤井くん、急に休むなんて言い出すからこちらとしても困っていてね」
「僕が急に来たのが原因です、大変申し訳なく思ってます」
「それは構わないよ。それで、きみがこちらに来たのはあくまでもプライベートで、ということでいいのかな?」
「はい。しばらく滞在する予定でしたが事情が変わったのですぐにでも帰国するつもりです」
荷物は入院中に持ってきてもらった……が、その荷物は赤井の車の中。と言ってもそちらに入れてあるのは最低限の着替え程度だ。貴重品は肌身離さず持っていた。いざとなればこれだけで帰国できる。
僕はもう疲れてしまった。もっと幸せになれると信じていた分落単が大きかったから。これ以上の心労は赤ちゃんによくないし、僕も……。
ただ、僕が帰って……彼が認知しないと言い出したら……彼の家族に申し訳が立たない。僕のような女が、彼の子を許可なく産むということが。
「赤井くんは?」
「……こっちにいい人ができれば、僕のことは。とにかく、彼が離れている間に」
「きみたちは話し合いが足りないんじゃないかい?」
「僕は彼の邪魔をしたくないだけですよ」
それに
「僕との関係が終われば、彼が頻繁に日本に来ることも無くなりますし、その方があなた達も良いでしょう?」
「だが」
「言ったじゃないですか、急に休んで困ったって」
最もらしい理由を述べて席を立つ。ジェイムズさんは黙って僕に視線を向けて、何かをさぐっているようで。でも、赤井が言わないのなら僕は彼の周辺にこの妊娠を言うつもりは無い。
「ご迷惑をおかけしました」
「これからどこへ?」
「帰りますよ、日本に」
にこり笑ってドアに手をかけた。
空港の近くのホテルをとって出国までの時間を過ごすつもりだ。取れなくても、できるだけ近くで、長時間タクシーに乗らなくてもいいように。
「下まで送るよ。きみひとりでここを歩かせるのは忍びないからね」
「ありがとうございます」
すぐ後を追ってきたジェイムズさんと並び歩いてエレベーターホールに向かう。その途中にある喫煙所に赤井と例の彼女がいた。腕に絡みついて一緒にタバコを吸って、談笑をしている。
そうだよな、という思いと、別れ話を本気と受け止めていないんだな、という落単が襲う。
子供が出来たから、僕とは別れないと思っているの?……別れたくないよ、本当は。だけどあなたの心はもう、僕にはないじゃないか。
「……ジェイムズさん」
「なんだい?」
「ご協力、お願いします」
「なにを」
ジェイムズさんの肩に手を乗せ、喫煙所からキスをしているように見えるように顔を寄せる。ジェイムズさんは驚いたようだったが、視線だけを喫煙所に向けると、彼は察してくれたようでニコリと笑った。
「すみません」
「懲らしめたいのかな?」
「別れるんですよ」
小声でそう話してから離れた。ジェイムズさんはそうか……と呟いて、僕の髪を撫でた。
喫煙所のドアが勢いよく開き、鬼の形相の赤井がジェイムズさんの手を掴んだかと思うと、即頭から退かされ、彼は僕から離された。
「離れろ!」
「なぜかな?」
「零は俺の恋人だぞ!」
「おや?きみにはもう次の恋人がいると聞いたんだがね」
「そんなものいるはずないだろ、俺は零を愛しているんだぞ」
何が愛してるだ。
「だから、何?」
「何?」
「僕を愛していればほかの女にベタベタされててもキスしてもいい?なら僕だってあなたを愛してたら誰とキスしてもベタベタしてもいいじゃないですか」
「そ、れは」
「僕ばダメ?ふざけないで」
突き放すしかできないのは、もう耐えられないから。いつか……を想像するのも、本当は……に怯えるのも。だったら、赤井を愛していた、それを大切に閉じ込めて一人になる方が幸せだ。
「どれだけ嘘つくの?匂いが移るほど触れ合ってない?さっき喫煙所で腕絡ませてたのに?そんな人といられない。僕達は二人で生きてく」
「俺が悪かった!だから、そんなこと」
「あなたはそう言ってまた僕のいない所で同じことをするんでしょ?……僕が来なければあなたはずっと同じことして、僕は何も知らないままあなたを受け入れて……。こちらの方ならそれも気にしないのかもしれないですけど、僕日本人なんですよ、こんななりで、潜入捜査官だったとしても。現場なら受け入れる、でも、ここは現場じゃない!」
涙が飛んだ。外野も群がっているのはわかっていた。僕を支えてくれたのはジェイムズさんで、赤井は唖然とし……舌打ちをした。それが答えだろ……と、言葉にする前に、赤井はすぐそばに居た、あの彼女の腕を――ひねり上げていた。
「きゃっ!!」
「……これ以上は我慢できねぇ……テメェがしてること、洗いざらい吐いてもらうからな……」
「な、なんの事よ!」
「てめぇが某組織と繋がってんのは分かってんだよ……」
「っ!!私は何もしてないわ!!」
「シュウ!」
「あとはテメェらで始末しろ、これで零と別れることになったらただじゃおかねぇからな」
彼女を同僚に放り投げ、その彼女は同僚たちに連れていかれて……終始、私じゃない!何もしてない!と叫びながら、僕を睨み続けていた。
何が起きた、とは言わない。大方あの人がFBIからの情報を流していたのを探るために、赤井はハニートラップを……きっと彼女も赤井に仕掛けていたのだろう。
ダブルトラップの場合、どっちも気を抜けない。迂闊にものを言えばそこから情報が漏れてしまうから。
「赤井は、捜査を」
「そうだ。内部のことだからきみには言えないし……したくもないキスもベタベタされるのも我慢していたんだ。こんなクソみたいなことを知られたくなかった……」
「ジェイムズさん」
「本当だよ。赤井くんには断られたけど、彼なら彼女に流されないからね。すまないね、きみに変なところを見せてしまって」
頭を下げられても、でも、彼の心は僕にないだろ?
「赤井は、もう僕を」
「そんなわけあるか!もし、頬を叩いたことを言っているのなら、あれは……あそこでキスしたら、他人とキスしたのにって怒るだろ……他に方法が浮かばなかったんだ……痛かったよな?すまない……」
そっと頬を撫ぜる手は、叩いた手と同じものと思えないほど優しくて。
僕は、僕達はこの人の愛情をまだ受け入れてもいいの?と、そっと腹を撫でた。
――もちろん!
聞こえもしないはずの返答が、耳に届いた気がした。
「僕のこと、まだ」
「愛してるに決まってるだろ?なぁ、こんなことがあってすぐに落ち着きはしないだろうが、こっちで産んでくれ。すぐに家を探すし俺もサポートする。必要なら何でも用意するよ。零くん、頼むよ、俺も家族に入れてくれ。認知だけでいいなんて言わないで、な?」
「……いい、んですか?僕すぐに嫉妬する。あなたがほかの人に触れることに耐えられない……ハニートラップなんて、次にやったらすぐに出てくし、日本に入れないようにしますよ?」
「いいよ、もうこんなクソみたいな任務はしないから」
ほんとに?チラリとジェイムズさんを見ると、ニコリと笑ったまま頷いた。
なら、なら……
「わかりました」
「じゃあ」
「育休終わりまでの二年、お世話になります」
「YES!」
まて、を強いられていた赤井は、そのまま僕に抱きついてぎゅうぎゅうと強く抱き締めてきた。
久しぶりの赤井の匂いにほっとしつつも、疲労と、彼女の匂いとタバコの匂いに、気持ち悪く……
「吐く……」
おわり