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    /板屋

    長谷部だいすき

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    /板屋

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    へしさに
    幼馴染現パロ、社会人
    せまい1kで仲良く所帯染みムーブしてほしかった話

    #へしさに
    onTheOtherHand

    幼馴染みの長谷部が何故かほぼうちに住んでる話23時15分
    平日は測ったようにほぼ毎日、
    この時刻にインターホンのベルが鳴る。

    誰が鳴らしたのかは判りきっているものの、一応モニタで確認すればやはりいつものあの男が仏頂面で突っ立っていた。

    「夜分にすまん。俺だ。入れてくれ」
    「あ~…。いまあけるね」
    「ああ」

    ドアを開けると淀んだ空気を纏った男……同い年で実家が隣同士のガチ幼馴染み、長谷部国重が気だるそうに入って来た。勝手知ったる我が家みたいに流れるような手付きで鍵を閉めチェーンをかけ、靴を脱いでスーツのジャケットをハンガーにかけている。

    「おつかれー」
    「受けとれ、土産だ」
    「ありがと。うわ!これ知ってる、美味しいけどすっごいお高いお菓子だよね。どうしたの?」
    「取引先から貰った。俺はいらないからおまえが全部食べていい。風呂借りるぞ」
    「はーいどーぞ。お湯張ったままだから
    、出るとき栓抜いといてね」
    「わかった」

    長谷部はうちに来てから一度も座らないままクローゼットにスーツのジャケットを掛け、流れるように収納の長谷部の私物が入っている『長谷部用引き出し』から下着と部屋着を取り出し、持ち込んだコンビニの袋を冷蔵庫にしまってネクタイを緩めつつフラフラと脱衣所に消えていった。まだ火曜というのに滅茶苦茶にお疲れのご様子。

    無理もない。たまたま私は長谷部の勤務先から徒歩10分弱という近場に住んでいる。長谷部はそこに残業で終電を逃したと言っては、ほぼ毎日避難しに来るほど多忙なのだ。長谷部の現住居は社宅なのだが、かなり遠くて終電がすごく早くなってしまうという。なぜ御社は勤務地付近に社宅を用意しなかったのだと聞いたら、元は近かったが社員数の増加に伴った社屋移転で今の距離になってしまったらしい。借り上げとかで対応できないものなのかな。思ったより福利厚生に力が入っていないのだろうか。

    長谷部も最初は終電を逃した際はタクシーで帰ったりカプセルホテルなどに泊まってやり過ごしていたそうだが、だんだん面倒になってしまったらしい。話を聞けば聞くほどあまりの不摂生さにドン引いて、近いし一回くらい来てみたらと家に招き入れ、せめてうちにいる時くらいと食を提供してみたら味をしめてしまったようだ。それ以来ものすごい頻度で通って来るようになってしまった。御社に定時退勤という概念はないのか。残業時間月100時間越えてない?労基と産業医ガチおこなのでは?……いくらお給料が良いとはいえ怖すぎる。

    「お湯抜いといたぞ」
    「ふぁっ!?わっ、ごめんうとうとしてた」
    「いや、いい。起こしてすまん。寝ててくれ」
    「んー、ゲームの周回続きするからもうちょい起きてる。あ、冷蔵庫にカレーとスープとサラダあるよ。食べる?」
    「食べる」
    「自分であっためて食べて~」
    「わかった。ビール買ってきてるけど飲むか?」
    「飲みたい!けど!太るから平日は飲まないって言ってるでしょ!」
    「冷やしとくぞ」
    「もーーー!私の分買ってこなくていいって言ってるのに」
    「ははは」

    お風呂に入ってリラックスしたのか帰宅時よりは元気になっている。良かった。せっかくのビールは金曜に飲もうかな。

    「金曜におつまみ作ろ」
    「その時あれ作ってくれ」
    「あれ?」
    「前に作ってくれたアスパラとかチーズをベーコンで巻いて焼いたやつ。黒胡椒の」
    「あれそんなに好きだったの?最後まで残してたからあんまり好きじゃないのかなって思ってた」
    「……俺は好きなものを残しておくタイプなんだ」
    「ふーん。アスパラか~、量のわりに高いんだよね。前はたまたま見切り品が大量に売ってたから作れたんだよ……ブロッコリーで巻いていい?」
    「いや、アスパラがいい。俺が木曜買ってくる」
    「ついでにたまごとハムとパンと牛乳とスモークサーモンとかも買ってきて。しょうゆとドレッシングももうない」
    「米はいいのか?」
    「お米は来週まで持ちそう」
    「わかった」

    何気ない独り言にキッチンから応答が来てやりとりする。1kのしがない我が家なのでキッチンからっていっても手が届きそうなほどすぐそばだ。カレーを温めながら、私が面倒で洗わず水に浸けたまま放置した食器などを洗って片付けてくれている。マメな男だ。今の話からすると、どうやら木曜と金曜は確定でうちに来るつもりらしい。

    長谷部は夕食・朝食・夕食の残り等をつめたお弁当で昼食も、と普段の食事をうちでほぼ賄っている状態だけど食費等を折半していないせいか、気を使ってあれこれ現物支給してくれる。

    いや、お金を出してくれようとしてはくれたのだが、まさかこんな長期に渡って食事を用意することになるとは思わず食費の計算を面倒がった私が断ってしまったという経緯がある。しかし長谷部は納得せず、そこから現物支給で手を打つことに落ち着いた。

    休日を使って一緒にスーパーへ買い出しにいくことも多いが、長谷部が平日はかなりの確率で残業をしているので時間を惜しみ彼の会社の横にある高級スーパーで買ってくる。薄給の私では普段使いとして買う気になれないようなおいしいものが棚ぼたで食べられるのでちょっと楽しみでもある。

    「……今日、泊まっていいか」
    「今更~。別にいいんだけどさあ」
    「けど、なんだ」

    ここでなぜか返事の声がめちゃくちゃ重くなった。こっわ。なんなの。まあお互いオムツつけてる時からの長いつきあいだから気難しいのには慣れてるけど、いまだ彼の思考回路は謎が多い。

    「いや、うち客用布団ないからさあ。もっと早く言ったら良かったんだけど、まいにちまいにち床で雑魚寝ってどうなのと思って。体痛くなんない?」
    「ラグに厚みがあるから案外平気だぞ。会社の椅子で寝るのと比べたら上等だ」
    「比較対象クソすぎで草」

    長谷部が温まったカレーや何やらをトレイに乗せて話しながらこっちに来た。メインの部屋はベッドとテレビと小さなテーブルを置いたらもういっぱいで、私はベッドを背もたれにしてテーブルに肘をついてスマホを弄んでいる。

    が、いかんせんテーブルがトレイをふたつ並べて精一杯という面積なので体ごと場所を半分ずらすと、ずらした分空いた場所に長谷部がぎゅっと押し入ってくる。

    「せっま。も~!いつもだけどなんで空いてるそっちがわに座らないの?」
    「ソファがないから仕方ないだろう。せめてベッドを背もたれにしたいんだ」
    「わかるけど、ここに二人はぎゅうぎゅうすぎるでしょ。レイアウト変えようかな」
    「前もそう言って試したけど狭すぎて替えようがなかったろ。いただきます」

    話の途中でも律儀に挨拶をして、スプーンでカレーを掬い口に運ぶ。ひとくちが大きい。もう感覚が麻痺してしまっていて普段は長谷部に異性を感じないが、よくうちに泊まりに来るようになってからの最近はふとそういうところで男の人なんだなって思うことがある。内緒だけど。

    「はいどうぞ。椅子寝よりマシってそりゃそれはそうかもだけどさ~。やっぱ毛布だけって体壊すよ。寒くなるし風邪ひくよ」
    「もう来るなって話か?」

    こっわい。くちはリスみたいにカレーを頬張ってもぐもぐのんきに動いているが、瞳が何でも一刀両断してしまいそうな鋭さだ。なんでそんなキレてんの。違うんだって。

    「なんでそうなるの!ここまできてそうはならないでしょ。こんな頻度でうちに来て泊まるなら布団買って置いたらって話だよ」
    「えっ、いいのか。荷物になるだろう」
    「いいよいいよ。長谷部が体壊したら目覚め悪いし」
    「買う!……っ、買い物、行こう。土曜でいいか」
    「ネットで買いなよ。明日届くし」
    「じゃあそうする。明日も来る」
    「毎日じゃん」

    昨日も来て、今が火曜で、明日も来て、木曜にアスパラ買ってきて、金曜もおつまみ食べにくる。いつものパターンだとだいたいそのまま泊まって土曜もぐずぐずと居続けて日曜にしぶしぶ帰っていくんだきっと。ずっと居る。もはや同居。

    ここに泊まるようになってから、長谷部はどんどんうちに来る約束をする。改めて考えてみて頻繁すぎる事が面白くなってきてあははと笑う。
    でも、長谷部は笑っていなかった。

    「毎日来たら、迷惑か」
    「まあ正直ちょっと来すぎかな」
    「来るの……やめたほうが、いいか」
    「友達と遊ぶ日は困るから避けてほしいかな」
    「……俺より友達のほうが大事なのか」
    「そんなの比べるもんじゃないでしょ」
    「………………」

    完全に拗ねてしまった。子供か。
    カレーはすっかりなくなって、缶ビールを煽っていたがそれも飲みきってしまったようでハーッと息を吐きながら勢いよくテーブルに置かれた割りにはとても軽い音がした。
    長谷部は憮然とした表情のまま立ち上がるのも億劫なようで、体を斜めに捻ってキッチンのほうに倒れこむように近づいて器用に冷蔵庫をあけ、新しいビールを取った。

    「あっ!それ私にくれたやつ!」
    「五月蝿い」
    「なっ!もう!金曜おつまみつくんない!」
    「…………金曜までにまた買ってくる」
    「ちがう!うるさいっていったの謝って!」
    「……すまん……」

    弱っ。どんだけアスパラのおつまみが食べたいの。そしてすごいしょんぼりとしている。しょんぼりチビチビとビールを飲んでいる。実家で飼ってる黒柴のチョコちゃんが叱られた時の様子に酷似している。

    それにしてもこの感じ、懐かしい。同じ幼稚園に入園して、それまではずっと二人で遊んでいたんだけど私にはじめて長谷部以外のお友だちが出来たときも毎日拗ねて面倒だったのを思い出す。長谷部は登園拒否がすごかった。かなりの期間、登園前に毎朝私とふたりでおうちに居たいと泣いていたっけ。もしかしたら芯の部分はあんまり変わっていないのか。それを思えば今は毎日きちんと一人で会社に行ってとても偉いな……。

    「ちゃんと謝れてえらい長谷部にこれをあげよう」
    「えっ?なっ……。え??」

    きらりとひかる、鍵ひとつ。

    ポケットから出して長谷部の手のひらに乗せてあげる。長谷部が心底驚いたような顔をしてそれと私の顔を交互に見ている。

    「うちの合鍵。なくさないでね」
    「いいのか?」
    「うん。出掛けてる時とか寝てる時とかも勝手に入っていいよ」
    「あ、ありがとう……」
    「それ何かあった時用に、実家に預けてたスペアのやつだから。要らなくなったらうちのお母さんに渡しといて」
    「大丈夫、返せと言われても二度と返さん。お前に何かあったらまず俺に言えよ。絶対に確実に俺の命と引き換えてでも助けてやる」
    「お、おう。頼むわ」
    「任せろ」

    長谷部の機嫌が目に見えて良くなった。いや、返せと言われたら返せよ。速やかに返せ。なにがどうなったらそれが大丈夫となるの。はやまったかもしれない。

    「おばさんに受け取ったってLINEしといたぞ。娘をよろしくって返ってきた」
    「早っ!まあ、母さん鍵渡すの知ってるから。長谷部に渡すって言ったらそれなら安心ねって言ってた」
    「さすがおばさんだな。誰かさんと違って見る目がある。おじさんにも挨拶しておいたほうがいいな。日曜におまえの実家行くか」
    「いや、いいよ……。おとつい鍵取りに寄ったとこだし……。それに今更何を挨拶すんの……」
    「じゃあ俺だけ行く。おじさん予定大丈夫だって」
    「だから私を抜かしてうちの家族と連絡とんなし!」
    「こないだの出張の時におじさんの好きそうな地酒を買ってあるからふたりで飲んでくる。日曜は実家に泊まって月曜はそこから会社に行くのでよろしく。戸締まりちゃんとしろよ。電話で確認するから出ろよ」
    「も~電話いらない、戸締まりくらいちゃんと出来るから。あ、鍵受け取りに行った時、ちょうど長谷部のおばさんがうちにお茶飲みに来てたからおばさんには鍵預けるの伝えてあるよ」
    「何か言ってたか」
    「マァ~!重ちゃんをよろしくネェー!って」
    「物真似するな!……で、おまえは何て答えたんだ」
    「あははっ、似てるでしょ。はーい過労で死なないようにみときますって答えといた」
    「頼むぞ」
    「自分で気を付けなよ!!!」

    軽い気持ちで、何かと不便だから鍵渡しとくか~って用意しただけなんだけど挨拶だなんだとおおごとになってきたな……。別に付き合ってるわけでも何でもないのに長谷部の両親からも息子をお願いをされてしまったし、長谷部も私の両親から娘をお願いをされているようだし、改めてうちの親に挨拶って何を挨拶する気なんだ。

    まあでもここまで頑固に保ち続けた『幼馴染み』という私たちの関係性が変わることも早々にないだろう。
    騒ぎを起こした張本人の長谷部は先程から飽きずに鍵を眺めてそれを肴に二本目のビールを飲んでいる。

    「見すぎでしょ」
    「別にいいだろ」
    「そうだ、キーホルダーあるけどつける?」
    「うわ何でこんなに沢山あるんだ」
    「ガチャで欲しいのが出なくてダブりまくったの。好きなの選んでいいよ」
    「これ、お前のと同じやつだな」
    「良く見てんね」
    「これにする」
    「かわいすぎない?」
    「これがいい。同じのがいい」
    「いいならいいけど……」

    長谷部は私とお揃いの、まんまる猫ちゃんの背中がみたらし団子の模様みたいになってるキーホルダーを選んだ。ガチャで欲しかったのは同シリーズの別のものだがこれもしっぽが可動式になっていてとてもかわいい。おっきい手で器用にちいさなキーホルダーを合鍵に取り付けプラプラさせながらまたじっと眺めている。端正な顔立ちにそのかわいい猫ちゃんキーホルダーは全く似合っておらず時空がねじれているような違和感すらあるが長谷部はとても気に入ったようだ。

    「ていうか鍵をそんなにじっくり見ることある?大丈夫だよ、間違いなくちゃんとうちで使えるやつだよ。しまっておきなよ」
    「うるさ…………っと、別にいいだろう」
    「おっ、うるさいって言うの我慢できてえらいね」
    「そうだろう。俺は学習できる男だ。……おすすめだぞ」
    「おすすめなの?」
    「ああ。いい加減フラフラと目移りしてないで俺にしておいたらどうだ。お前にとって利点が無限と言っていい程にある超優良物件だ」
    「利点かあ……」
    「何時間でもプレゼン出来るぞ。してやろうか」
    「利点とかどうとかより、私は私のこと好きな人がいいんだよね。長谷部は私のこと女として見てないでしょ?」
    「は?」
    「え?」

    長谷部が……、長谷部が、物凄い圧を発しながらキレ気味に返事をした。えっ、ここキレるとこ??
    生まれてすぐに知り合いかれこれ二十数年。半同棲のような状態で一年近く。今の今まで手をだしてくるようなことは一切なかったので実際そうじゃんと思うが、先程までの御機嫌オーラは吹き飛んでしまってかわりに放たれる地獄の底のような威圧感。豹変した原因がわからない私が何かを軽く言える雰囲気では全くなくなってしまった。

    「お前が……。お前が女じゃなかったら何なんだ……」
    「きょうだいとか、家族でしょ」
    「そんな風に思った事は一度もない」
    「えっ!?居て当然というか、空気みたいなやつなんじゃないの?」
    「居て当然だなんて思える訳ないだろ。お前がいつ俺の側から居なくなってしまうかと、ずっと気が気じゃなかった。お前が居ないと俺は生きていけないから、その点では空気みたいなもんだがな」
    「な……っ、何その急な重すぎ慣用句解釈。えっ?なんで?どうしたの急に」
    「急じゃない。ずっとだ。俺にはお前が居ないと駄目なんだ」
    「ひえ……。なんか会社で辛いことでもあったの?」
    「誤魔化すな。いい機会だ、ちゃんと聞いてくれ。お前も俺のこと、悪くは思っていないんだろう?いくらお前でもどうでもいい男に合鍵は渡さないはずだ。そうだよな?」
    「そりゃ悪くは思ってないよ。長谷部のこと、弟みたいに大事に思ってるよ」
    「おっ、弟!?!??!?」
    「え、うん。私はお姉ちゃんだよ」
    「お前が姉!?一万歩譲っても逆じゃないのか!?」
    「いや、私は頼れるお姉ちゃんだよ」
    「その自信はどこから来てるんだ。お前の実の妹と弟からもそんな評価は得てないだろ」
    「失礼だな!まあそうだけど!」
    「それはそれとして俺はお前のこと姉とも妹とも思った事はないからな」
    「何……だと……。それじゃ何を思って何目的で生まれてこのかた私につきまとい続けていたの?」
    「何って……普通に……お前が、……好き で。ただ、一緒に、居たかった、だけだ……」

    嘘だろ!?!?と思ったが、長谷部の顔を見ると真っ赤になっている。なんだその表情初めて見た。

    「それにしてもつきまといって……お前はそんな風に思っていたのか……」
    「だって進学先の女子高にもついて来そうな勢いだったし……ていうか登校はついて来たし、下校も待ち伏せてるし……。あれ、つきまといでしょ」
    「お前が俺と一緒の高校に行ってくれないからだろ!!」
    「長谷部と同じ学校だったらまた登校も下校も休み時間もお昼も部活も一緒になるからわざとかえたの!さすがに女子高なら長谷部は入学できないからね。結局長谷部が一駅隣の男子高に来て登下校はつきまとってきたからそこまで意味なかったけど……。そんであきらめて普通に共学の大学入ったらやっぱり長谷部がきて、また思い描いていたキャンパスライフは送れなかった……」
    「せっかくずっと見張ってきたのに変な虫がついたら台無しだからな。本当は就職先も同じが良かったがお前が落とされたのが残念だ。うちの人事は見る目がない」
    「いや~、長谷部の残業っぷりみてたら落ちて良かったよ……っていうか、あれ見張ってたの!?お姉ちゃんって慕ってくれてたんじゃないの!?」
    「慕ってはいたが姉としてじゃない。そもそも俺はちゃんと結婚してくれって言っただろ!お前もうんって言った!約束は守ってくれ!!」
    「いつの話よ……」
    「覚えてるだけで2歳ごろからだ」
    「ほぼベビーじゃん!!」

    どうしよう、幼馴染みの様子がおかしい。産まれてすぐからの長いつきあいでだいたいお互いのことはわかりあってるって思ってたけどとんだ幻想だった、意味わかんねえ。こわい。

    「怖い」
    「大丈夫だ」
    「どこ観点よ。よけい怖い。もう寝る」
    「駄目だ。ここで話をやめて寝たら、お前は起きた頃にはこのやり取りを忘れてるだろう」
    「さすがにこんなの忘れないよ。とにかく鍵返して帰ってほしい」
    「返したらもう家に入れてくれないだろ」
    「うん」
    「じゃあ駄目だ。返せない」
    「こ、こわ~。歯磨く。そんで寝る……」
    「俺も磨いて寝る。また続きの話するからこの事忘れるなよ」
    「忘れないけど、この話の終着点どこよ」
    「俺と結婚してもらうところだ」
    「すごい怖い!」

    最後まで意味がよくわかんなくて目茶苦茶に怖くなってしまったけれど、すごく疲れてたのですぐ寝れた。

    そして午前6時50分。アラームが鳴るちょっと前に目が覚める。これが私の数少ない地味な特技、『セットしたアラームのちょっと前に目を覚まして鳴らさず起きられる』だ。アラームを定刻に鳴らないように操作してベッドを軋ませないようそっと降りる。床に転がっている長谷部をまたいでトイレに行き、キッチンに戻って朝食とお弁当の準備をする。

    昨日の夜に長谷部がおかしくなってしまったのでどうするか少し迷ったが、一応長谷部の分も用意した。作らないと平気で朝ごはんも昼ごはんも食べずにコーヒーをガブ飲みしながら仕事をして過ごすようなので、それはやっぱり心配だ。

    それから着替えてメイクを終えた頃に長谷部が起きてくる、長谷部がうちに来るようになってからのいつものルーティン。

    「おはよう」
    「おはよー。ご飯出来てるよ。持ってくるからテーブル出しといて」
    「わかった」

    トレイに載せた食事を持ってくると、長谷部はもうテーブルを置いて寝巻からシャツとスラックスに着替えている。いつ見ても早着替えすぎる。

    「もう鍵があるからギリギリまでゆっくりしてていいのに」

    長谷部はここから勤務先が近いから始業時刻直前まで家に居ても間に合うはずなのだけれど、私が数駅電車に揺られるのでそれよりは時間がかかる。鍵をもつ私が先に出てしまうと施錠できなくなるので長谷部も私にあわせて早く出社していたが、お互いが鍵をもつ今ならずらして家を出ても問題ないので長谷部はもう少しゆっくり出来るはずだ。

    「いや、早めに出社したい。一緒に出る」
    「相変わらず会社が大好きだねえ」
    「ふん、勘違いするなよ。大好きなのは会社じゃなくておまえだからな」
    「ゥグア!」

    昨日のあれは夢じゃなかったんだな、と思えるいつもの長谷部らしくない台詞を喰らって変な声が出た。長谷部もまた顔を真っ赤にしている。やめとこやめとこ、朝からやめとこ!と抗議すると長谷部も素直にそうだな、と同意した。こういうのは長谷部にとっても気力を削られる行為らしい。そうそう、無理はやめな!

    「一応説明しておくが、もう、ここに来るための建前が要らなくなったからな。建前は終電だったが本音はお前と会うためだ。1秒でも長く一緒に居たいから、早く行って仕事を片付けて8時には帰れるようにする。平日の夜もお前と飯を一緒に食べたい」
    「わざと残業してたの!?」
    「あ、いや。ここに来れるようになる前は、就職してお前が一人暮らしを始めたせいでめったに会えなくなって毎日時間を持て余していたから仕事で憂さ晴らしをしていたんだ」
    「仕事で憂さ晴らしって感覚がもうわからないわ」
    「そうか?仕事に打ち込むと時間が飛ぶように過ぎるから丁度良かった。お前のはからいでここに来れるようになってからは終電に間に合わないように調整していたが、もちろん無駄な仕事はしていない。だがまあ、もう必要がなくなったのでやり方を変えて早く帰ることにする。慣れて安定するまで少しかかるかもしれないが、仕事の振り方をかえれば業績を落とさずに早く帰る算段は既についてる」
    「ええ……ほんとだまされてた……。鍵返して欲しい……」
    「何度言おうが返さんぞ。言っておくが定時退勤もあえてやってなかっただけだが、別にお前を騙していたわけじゃない。とにかく、これからは時間に余裕ができるから気軽に買い物して帰れるぞ。欲しいものがあったら7時までに連絡しておいてくれたら買っておくので言ってくれ」
    「トイペもうない!買ってきて、12ロールのやつ。やったー、大きいから食材とあわせたら持って帰るの大変だなって思ってたんだよ。もう時間あるなら勿体ないから安い方のスーパーかドラスト行ってね」
    「わかった。洗剤は?」
    「あ、切れそうかも」
    「食器はこのあと俺が洗っておくからその時確認しておく」
    「助かる~」

    そう、助かるんだ。長谷部はよく気が付くマメな男だ。うちにいる隙間の時間でいつの間にかあちこち掃除をしてくれたりするので、人が増えればふつうはその分部屋が荒れるはずだが長谷部が来るようになってから逆にとても綺麗に保たれている。私は料理だけならそんなに苦じゃないが、買い物や片付けが面倒でしょうがないので正直なところ大変に助かっている。一方長谷部は自分の食事や健康管理に無頓着なところがあるのでそこを私がカバー出来るならお互い苦手を補いあえてルームシェアするのもやぶさかではないなと思えたからこそ、鍵を渡した。それなのに。

    「弁当作ってくれたんだな」
    「取り分けと冷凍食品だけどね」
    「あの、うれしい。本当に。頑張れる。いつも。ア、アリガトウ」
    「なんでカタコト!?また顔真っ赤じゃん!無理はやめな!無理はやめな!!」
    「うう……。しかし、お前には思っていることを一から十まで伝えないと全てマイナスにされるという事を俺はきのう学んだんだ。結婚の約束をしているのだから想いは通じているものだと思い込んで言葉が足りなかった俺にも非はある。しかし、何をしても手応えがないと不思議に思ってはいたが、がっつり二十数年無駄にしていたとわかった衝撃がお前にわかるか?これを乗り越えないとおそらく俺はおまえに永遠にお姉さんぶられてしまうだろう」
    「それはそうだけれども」
    「それだけは避けたい」
    「きもちはわかったけど朝から疲れたくないから朝はやめとこうってさっき話したよね」
    「考え直した、俺はもう時間を無駄にしたくない。軽めのやつなら朝からいく」
    「そっか……え、軽かった?今の」
    「重かったか?慣れてないから加減がわからないな……。念のため言っておくが、思ってもいないことはひとつも言ってないからな」

    ずっと弟のように思っていた幼馴染みがおかしな風に覚醒して、私のことを好きだとか言ってくるようになってしまった。もうじきアラサーなのに10年くらい遅くない?

    「いや、10年と言わず俺は手足が動かせるようになってからずっとアピールをしてきたはずだ。言葉は足りなかったが行動には示していたはずだ。だからお前の感受性の問題だな」

    目玉焼きの他は残り物の寄せ集めといった風情のしょぼい朝食をふたりでもそもそと食べながら先程思い付いた疑問をこぼすとそのような返答をいただいた。全く腑に落ちない。

    「そうだろうか」
    「そうだろう」
    「でも手足が動かせるようにってそれは早すぎない?」
    「それはそうかもしれないが、産院の新生児室のでも泣きもせず隣のベッドにいたお前をガン見していたという証言と写真が残っていてな」
    「何それ怖」
    「記憶にないが、それはさすがの俺も驚いたな」
    「前世とかで何かあったのかな」
    「知らん。あろうがなかろうが関係ない」
    「まーねー」
    「しかし、ほぼ出来うる限り最速のタイミングでお前と出会えて良かった。幸運だった」
    「無理はやめなって!」

    今度はつっかえてこそいなかったがそんな事を言う長谷部の顔は、やっぱり真っ赤になっていた。

    長谷部にはあったこと思ったこと、だいたいなんでも話してきた。だけど昨日初めて見たその顔が、今だかつてなく私の心臓をドコドコ揺らしてくることはまだ内緒にしようかな。
    私もおいしいものは最後にゆっくり食べたいタイプなので。
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