【オフェ納】suppress one's emotions 俺を刺したナイフを取り落とした彼に、部員たちの視線が釘付けになった。
「すみません」
とだけ呟いた彼——イソップが舞台から去り、リハーサルが中断する。遣る瀬無い空気と、イレギュラーに対する戸惑いの緊張。突如として刺された(演技だが)俺に、「大丈夫か」と尋ねる声に軽く答え、
「俺が行ってくるよ。ちょっと休憩な」
遠くへは行っていなかった。舞台袖の隅の隅で縮まる彼。さながら、衝動で人殺しをしてしまって身を隠している、といった風だった。まぁ実際、同じようなことをしてしまったわけで。
「急にどうしたんだ」
「明日は、本番は、ちゃんとします」
「できるさ。昨日まで出来てたんだから。大丈夫だ」
「……魔が刺して人のあるべき最期を歪めてしまった。例え演技でも」
「演じた登場人物のストーリーを、イソップが改変してしまった?」
「うん」
珍しく口調が砕け、意気消沈しているこの後輩のことを俺はよく知らない。風の噂で聞いた話では、演劇部に入ったのは叔父の勧めだったとは聞いていた。
「エリスさん。次はちゃんと演れます」
「出来ないなんて思ってないさ。一年でその役を貰えたくらいだ。大丈夫」
「ちゃんと、殺します」
いちおうおさらいな。イソップの役は、俺の恋人役に懸想するあまり、彼女を刺して殺してしまう。出番は少ないしセリフもないが、話の最後を決する大事な役だ。
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「ちゃんと殺せました」
本番が終わり、卒業に伴い退部するウィリアムさんに、僕が言えたセリフはそれだけでした。