タイトル未定 ボルトがボルトとして里に戻ることが叶い、カワキと和解できた。
そして娘、サラダの心からの笑顔を数年ぶりに見ることが叶った。
里に祝福が訪れたその日、サスケは娘と弟子を遠く見守り、かすかに微笑んだ後、家路に着いた。
数年ぶりに帰った自宅は、細かな装いは変わっていたもののほとんど差異はなかった。サスケが帰宅するまではなるべく変えたくない、とサクラが配慮したのかもしれない。
そう無意識に自惚れるほどには、サスケはサクラに愛し尽くされていた。
そのサクラは、鼻歌をうたいながら夕飯の後片付けをしていた。鼻歌は機嫌の良い時の癖だ。
室内の快適な温度の中、ゆったりとソファに埋もれ気持ちのいいメゾソプラノの鼻歌を聴いていると、うとうととしかける。
伝えなければならないことがある。立ち上がってサクラのいる台所へ向かう。
「何か飲む?」
後片付けを終え、タオルで手を拭きながらサクラが見上げてくる。
それには答えずに、台所のシンクに向かって立っているサクラの横に立つ。
少しの逡巡の後、シンクに片手を掛けてからポツリと声を出す。
「……すまなかった」
「え?」
「……必要だったとはいえ 連絡もなく里を離れ…サラダをお前に任せきりだった」
サラダの願いの通り、ボルトと共に行動し、支えになったことを後悔はしていない。ただ、幾度目かのサクラへの負担になったことは申し訳なく思っていた。
そして予想通り、すぐにサクラは顔を横に振り、否定した。
「気にしないで」
心からの返事だった。それでも何となく顔を見れなくて、シンクに掛けた片手に力がこもった。
「あんな状況の中で…サラダのお願いを聞いてくれた そんなアナタを私は好きだから…」
何故かサクラの方が慰めるような声音で語りかけ、シンクに置かれたサスケの手に自分の手をそっと重ねた。
そんなサクラをサスケも愛していた。
ただ、そんなサクラだからこそ心配もしていた。
「お前は寂しくなかったのか」
サクラの目が大きく見開く。
次いで、何か言いかけるように口が小さく開くが、言葉は紡がれなかった。
見つめ合っていた視線を逸らし、唇を少し震わせる。
目尻にじわ、と涙が浮かぶのを見て、サスケはそこに口付けた。
幼い頃のサクラはわがままだった。嫌なことがあれば素直に怒るし、自分以外には物言いが厳しかったのを覚えている。特別扱いに嫌気がさすこともなくはなかったが、優越感の方が強かった。
本来の気質だったわがままはサスケの前では隠され、なくなる。惚れた弱みとも言えるのだろう。
ただ、年齢を重ねるにつれ本来の気質そのものからわがままが少なくなり、そして母になった時、消え失せたような感覚があった。
環境がそうさせた、成長したのだと言えるのだろうが、長年の負荷をかけさせた張本人として、サスケは少なからず気にかけていた。
それはわがままではないのだろうと思う。
ただ、サクラの素直な弱音を聞きたかった。
涙を静かに流しながら立ち尽くすサクラの手を引き、夫婦の寝室に入った。
扉を閉じた途端、せきを切ったようにサクラの口から嗚咽がこぼれた。
こういう時どう慰めていたのか、その行動に戸惑うほどに、サクラが涙を流す姿を何年も見ていない。
衝動的に、サクラの体を抱きしめた。
抱きしめられると嬉しい、安心する。
と、若い頃2人で旅をしていた時、抱擁を催促するサクラが言っていたのを思い出す。
気恥ずかしくて自分から抱きしめることはほとんどなかったが、抱きしめられると体温が伝わるせいか全身がぽかぽかとあたたかく、服の上からでもサクラの身体を感じた。頭がふわふわとするような不思議な気持ちになり、悪くなかった。
抱き返すと、サクラの体温や匂い、感触をより一層強く感じられて、酩酊感を感じたものだった。
今、サクラを抱きしめて、その「感じ」が津波のように押し寄せるのを感じる。
嗚咽をこらえなくなったサクラに抱きしめ返される。心の臓が熱くなり、ふるえるような多幸感に包まれる。
「…………さ」
嗚咽が続いたせいか、サクラから掠れた声が聞こえる。
「寂しかった……」
サスケの胸元に顔をうずめたまま、遅い返事が返ってきた。
その言葉を待っていたように思う。
サクラの肩を抱いたまま、ベッドに仰向けに寝かす。
真っ赤になった泣き顔を見て、少しだけ口を歪める。丸く広い額に口づけ、まぶた、鼻、頬、唇に軽く口づけていく。
※続く予定