【偽りの祝福を】
「病める時、健やかなる時も、富める時も、貧しき時も、互いを愛し、敬い、慈しむことを誓いますか?」
──牧師の問いに、私は迷いながらも小さく頷く。隣の男もこくりと頷くと、牧師は大きく頷いてにっこりと人のいい笑みを浮かべた。
「よろしい。では、誓いのキスを」
牧師の言葉に、私は思わずびくりと身体を跳ねさせた。キス……本当に?
「……蛍」
内心慌てる私を尻目に、男はゆっくりと私へと向き直りじっと確かめるような視線を送ってくる。
「ダイン……」
言うならばこれはデモンストレーションで、本当にキスをする必要はない。あくまで周りからそう見えるように振る舞えばいいだけ──そう自分に言い聞かせて、ぎゅっと強く目を閉じる。暗闇と静寂に包まれた中、男が動く気配がした。
「……ん……っ?!」
ちゅ、と、軽いリップ音と、唇の柔らかな感触、自然と背中に回される男の腕の温もり、周りの歓声──当然のように行われるそれらに、私は閉じていた瞳をカッと大きく見開いた。
(なん、なんで、?!)
おかしい。確か事前の打ち合わせでは、男も依頼主も「フリ」で納得していたはずなのに。
ドンドンと男の胸元を叩いて抗議する。けれど男から離れようともがけばもがくほど、逆に強く抱きしめられてしまう。
「ん、ん、?!……んぅ……ッ」
──誓いのキスって、こんなに長くて情熱的だったっけ?
酸欠でクラクラする頭でぼんやりとそんなことを考える。ようやく解放されたころには、悔しいことに腰砕けになってしまっていた。
「……大丈夫か?」
男の低く優しい声が、耳元で甘く響く。
「……ッ!」
たったそれだけなのに、すっかり敏感になった私の身体はヘナヘナと力が抜けて男へと縋り付いた。
側から見れば、幸せに感無量で花婿に寄り添う花嫁のように見えたかもしれない。恨めしげな視線を男に送るが、素知らぬ顔で抱きしめられてしまう。
「旅人さん、さすが私の見込んだお人だ。まさかここまで体を張って下さるとは! これでわが社も安泰ですな!」
ガハハと豪快に笑う依頼主と男とを交互に睨め付ける。が、当然のごとく私の抗議は二人に届くことはなかった。
【楽しい家族計画(偽)】
「ささ、旅人さん。こちらへ」
私に取ってのハプニングこそあったものの、依頼は無事完遂することができた。依頼主は結果に大満足で、ぜひに、と食事と宿を用意してくれたのだが──なんだかちょっと怪しい。
「……どうかしたのか、蛍」
浮かない顔をする私を見て、男が耳打ちする。
「っ……な、んでも、ない! それより、ダインがこういう場に来るのは珍しいね」
耳元で囁くのをやめてほしい──びくりと敏感に反応した身体を何とか堪えながら、私は今日ずっと疑問に思っていたことを聞いた。
男はお世辞にも人付き合いが良い方ではない。元々この依頼を受けたこと自体、意外だったのだ。
「……別に。貴様が行くのなら、俺も同行するまでだ。──何せ、今日から俺は貴様の"旦那様"だからな」
「なっ……」
歯の浮くような男の台詞に、カッと頬が熱くなる。私の反応を見て遊んでいるのだろうか──ああでも、こんな冗談を言えるような男だっただろうか?
「ごっはっん♪ ごっはっん♫」
訝しむ私を尻目に、パイモンがふんふんと鼻息混じりに会場へと向かう。
「俺達も行こう……蛍」
男はクスリと微笑って私の腰を抱く。
「ッ!!」
──絶対わざとだ!!
そう確信した私は、キッと男を睨み付ける。
「……フン、冗談だ」
両手を上げて身を離した男は、私を置いて何事もなかったかのようにスタスタと歩き始めた。
***
「ふぅ……オイラ、もう食べられないぜ」
パイモンがポンポンと膨らんだお腹を叩きながら言う。
「いっぱい食べれてよかったね、パイモン」
「おう! ダインもいい酒が飲めて良かったな!」
「……ああ」
満足げに男が頷く。頬はほんのり赤く染まっていて、心なしかその表情もいつもより柔らかい。
(お酒、本当に好きなんだなぁ)
依頼主に勧められるがままに酒を飲み干した男は、酔いもあってか少しフラついている。
「ダイン、大丈夫?」
おぼつかない足取りの男に、思わず手を伸ばす。すると何を思ったのか、男は私の手のひらをギュッと強く握りしめた。
「ひゃっ、?! だ、ダイン、?!」
──な、ななな、なんでぇ?!
驚きすぎて硬直する私を置いてきぼりにして、男は何やら妖しげな手つきで指を絡めてくる。
「……蛍の手は小さいな。柔らかくて……少し力を入れただけで、壊してしまいそうだ」
耳元で低くそう囁かれて、ぞわぞわと肌が粟立つ。普段と180度違う男の様子に、私の頭はもうパニック状態だ。
「だ、ダイン……ッ」
どっどと心臓が早鐘を打つ。恭しく私の手を掲げた男は、まるでお姫様に忠誠を誓う騎士のようにそっと唇を落とした。
少し濡れた、柔らかな感触が手の甲に触れる。羞恥と驚愕と
「──ああもうっ! そういうのは二人きりになってからやってくれよな!!」
パイモンがそう叫ぶが、一人あわあわする私の耳には届かなかった。