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    10ri29tabetai

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    守沢と瀬名(未来設定・ちあみど+いずまこ)

    お迎えゴンゴン、と窓を叩く音に顔を上げる。一瞬だけ期待してゆぅく、と口まで滑らせたけれど、瀬名泉の顔はすぐさま不機嫌なそれに変化していった。
    無言で助手席の扉を開けば、やかましさが車の中に入り込んでくる。
    「奇遇だな瀬名!こんなところで会うなんてな!」
    入れてくれてありがとう!とかつての級友は太陽のように笑った。はああ、と深々と溜息を吐く瀬名の心中なんて一ミリも察しない表情に、ほとほと反吐が出る。ハンドルに顎を載せて、ずらしかけたサングラスをもう一度かけた。地下駐車場は思ったよりも暗いけれど、昼夜問わずに電気はついている。妙にまぶしいその光を遮るように、じっとフロントガラスの向こうを睨みつけた。
    「……ゆぅくんが来るまでだからねぇ。ていうか守沢は何?迎え待ちなの」
    「そんなところだ!」
    テレビ局の地下駐車場であれば、確かに同業の彼と会うのは不自然ではなかろう。車の中のスタンドに立てかけたスマフォ、「ホールハンズ」の表示名は『ゆぅくん』だ。今終わりました! と珍しく素直な言葉が書かれている。
    「遊木の迎えに来たんだろう?」
    「はあ?! ちょっと何覗いてんの。プライバシーってもんがあるでしょぉ」
    「照れるな照れるな! 大事なやつは自分が迎えに行くのが一番だもんな!」
    「守沢が言う? それ」
    久しぶり――と言っても、最後にあったのは数ヵ月前の収録だったか。お互い、何かしらのメディアで観ない日はないし、更新されるSNSはいいねこそつけないがチェックはしている。悔しいくらい活躍の場を広げたマルチタレント。流星隊の守沢千秋は、最後に呑んだ時よりも少し細くなったような気がする。というか――頬が、痩せている。
    無茶をするのは学生の時からだ。同じクラスだった時に、ずっと生傷が絶えなかったこの男のことを、見るともなしに認識していたのは鮮明な記憶だ。そうして、自分と同じように後輩の――特定の誰かの世話を焼き続けていたのも。
    「瀬名はいいな。遊木と仲良くやってるんだろう」
    「当然のこと言わないでよ。そうでなきゃこんな夜中に迎えに来ないでしょ」
    大事なゆぅくんなんだし、と唇を尖らせて言うと、また守沢は豪快に笑った。車が揺れているのが気がかりだ。せっかく大枚叩いて買ったイタリア車に妙な跡をつけられても困る。
    「…で? 守沢はなに?」
    「ん?どうした? なにとは?」
    「だーかーらー、なんで俺の車で迎え待ちしてるの!マネージャー同伴してなかったワケ?!」
    「今日は直帰するからって遠慮したんだ。おそらくもうすぐ来ると思うが…」
    「……最悪。いつまで待ってればいいのこれ」
    頭を抱えながら瀬名はスマフォを弄る守沢をじっと見る。たどたどしい手つきで、メッセージを送っているのがみえる。当の相手からは落書きのようなわけのわからないキャラクターのスタンプが数個返事代わりに送られてくるだけだ。
    「……はぁ、そういうこと」
    「むっどうした瀬名。溜息を吐くと幸せが逃げていくぞ!」
    「現在進行形であんたに幸せ吸い取られてるんだけど。そう思うんならさっさと降りてよね」
    「しかし俺も、瀬名の車のナンバーを目印に送ってしまったしな……」
    「……っこのっ……」
    それ以上何も瀬名の口からは出なかった。強引な性格ではあるが、気が使えない男ではない――と思っていた評価は改めるべきだ。それとも、旧友との逢瀬に楽しんでいるのか。いずれにせよ、真と合流すればすぐに守沢を追い出す気ではいる。
    しかし、こんな夜更けに、自分と同じように守沢を迎えに来る人間なんて、マネージャー以外に誰がいるのだろう。後輩に慕われやすい彼のことだ、案外誰かに頼んでいるのかもしれない――と思って、すぐにその予想は外れる。ああ、そうだった。この朴念仁みたいな鈍感男も、学生時代から付き合いのあるヤツがいるんだっけ。
    「……守沢さぁ、まだあれと付き合ってんの」
    「あれとはなんだ。まあ確かにあいつからはあれと呼ばれるが…高峯っていう名前があるぞ、あいつにも」
    「知ってるにきまってんでしょ。嫌味だよ嫌味」
    「そうか。嫌味だったか。すまん瀬名。俺はどうもこういうのが昔から疎くて…」
    「はあ…あんたと話してると調子くるう…」
    ただでさえ夜中に来ているというだけでストレスなのにどうして守沢にまでストレスを与えられなければいけないんだろう。瀬名がクラクションを鳴らさんばかりにハンドルに頭を打ち付けた時だ。ピカッ、と前方の車が光ったのは。
    「噂をすればだな!見てくれ瀬名、あれが高峯の車だ! 」
    「……あ、っそう」
    少年の様なキラキラした笑顔を向けられて、余計に瀬名は鬱屈していく。おぼろげな記憶をたどって、けれど辿り着いたのは先日の女性誌の表紙だった。濡れた色気、高峯翠のミリョク。なんだかそんなチープな煽り文句と共にグラビアが載っていた後輩を思い出す。
    守沢千秋が憧れて、求めてやまなかった光だ。車の中からぶんぶんと手を振る守沢は、けれど降りることはない。
    「邪魔したな瀬名。お前が遊木のことを迎えに来ているのかと思ったら嬉しくなってしまってな!」
    「大事な人だから当たり前でしょぉ。ほら、あんたもさっさと行けば」
    大事にされてるんでしょ、と吐き捨てるように言えば、太陽は夜中に似合わない笑顔で車を降りていった。大声で叫んで、駐車場で反響するから、乗りつけたBMWが後退していく。馬鹿なの?少しだけ後輩に同情しながら、でも学生時代の自分も似たようなものだったと思い出した。
    「……あーあ、見せつけてくれちゃって」
    スマフォが光って、真からのメッセージが届く。駐車場ついたけど、なんか、守沢先輩みたいな声が聞こえたんだけど…?とかなんとか、あのバカはどこまで言ってもバカらしい。スキャンダルでも撮られればいいのに、と瀬名は笑う。
    そうして、瀬名は車から降りる。馬鹿を見習うわけじゃないけど――まあ、たまには学生時代のことを思い出すのも悪くはない。
    「ゆーうくん。こっちこっち」
    駆け寄りながら真を迎えに行ったら、どんな顔をするんだろう。困ったように笑って、やめてよ泉さん、とか言うんだろうか。
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