(クリスマス)
「んメリークリスマァス弟くん!元気かァ!?元気なさそうだな!可哀想なツラしてるぜ」
「兄さん…」
陽気な燐音の声に、普段ならば喜んで飛びついてくる弟はゲンナリした顔で答えた。手に持っているのは空のかご。赤いコスチュームはこの時期よく見るもの。
「サンタさんは今日が出勤日だからなァ!お疲れお疲れ」
「疲れたよ…すごく」
「はは、珍しいな、お前がそんなに弱音を吐くなんて」
「兄さんは経験したことがあるかい?子供と女性ファンと混じり合う人の波を」
「いや、ねぇなァ。俺っちたちの対象年齢は高いから」
「とても気を使ったよ。皆が怪我をしないように気配りながら楽しく帰ってもらうのは」
サンタの衣装のまま、一彩は控え室のパイプ椅子に沈んだ。今日の仕事は字面だけ見れば簡単なものだった。先輩アイドルのライブの前座と、ライブ後に下でお菓子を配るだけ。お菓子を配るだけ。一彩はそう聞いていたのだ。
「あ、ヒロくんクリスマスしらないんだっけ?」
「ウム、クリスマスとは何かな?」
「クリスマスとはキリスト教における降誕祭ですね」
「今は商業的なイベントのほうがメインですけれど。そうですね、1年間いい子にしていた子供にプレゼントを配る日、と思っていただければ」
「プレゼント?お菓子を配るハロウィンとは違うのかな?」
「ハロウィンは死者がやってくる日です。あれはイタズラをされないようにお菓子を配りますが、これはお菓子だけではなく、ご褒美として欲しいものをプレゼントしますね」
「フム、純粋にプレゼントが貰える日なんだね」
そうしてクリスマスについて軽く理解した一彩はライブの前座を終わらせ、サンタのコスチュームに着替えて、お菓子のカゴを持った。ショッピングモールはツリーや色んなもので飾られていて、きらきらとしている。表に出れば、待っていてくれたらしいファン。一彩はにこにこと近寄ろうとして、違う視線に気がついた。
子供たちだ。きらりと丸い瞳が輝いたまま、こちらに向いている。しかし、それは一彩たちではなく、その衣装とカゴの中身に注がれているようだった。
「さぁ、いい子にはプレゼントをあげましょうね」
家の行事で慣れているらしい巽が近くの子供にお菓子を渡した。それを皮切りに、子供たちが一斉に走り出す。あっという間に子供とファンに囲まれた一彩たちは、きゃあきゃあと騒ぐ子どもたちに引っ張られながらもお菓子を配った。カゴが殻になってもスタッフが次を持ってくる。ファンも子供たちの合間を縫ってやってくる。一彩は子供たちの元気な声に振り回されながら、なんとかお菓子を配り終えた。やっと仕事が終わった一彩は、控え室に入った瞬間崩れたのだ。そのまま、「兄が迎えに来るから」と3人を見送って、燐音が入れ替わるようにやってきた。
「うんうん、子供ってすごいだろ?」
「元気を吸われたよ」
「お前ですら音を上げるかぁ」
「兄さんも一度体験するといい」
「生憎、俺っちたちは夜がナワバリなんで」
「む…」
むすりとした一彩から、燐音は帽子を取り去った。
「お疲れ様のサンタさんにも、プレゼントは必要だよな」
「何をくれるのかな」
燐音は何も言わず、一彩の胸元へ手を伸ばし、ボタンを1つずつ外した。腰元の太いベルトをぬいて、丁寧にサンタのコスチュームを脱がせる。インナーはALKALOIDのままだった。
「ほら、下も脱げよ。帰るだろ?」
「あ、ウム」
一彩は立ち上がって赤いズボンを脱いだ。ブーツも脱いで、私服を取り出す。燐音は大人しく一彩が着替えるのを待っている。ダッフルコートに厚手のジーンズ。中には薄手のダウン。マフラーを巻いて「おまたせしたよ」と言う一彩の声に、燐音はふっと笑いながら近寄った。手に持っていたサンタクロースの衣装を、肩に羽織る。
「さて、お兄ちゃんサンタに何を頼む?」
「僕はいい子にしてたかな」
「当たり前だろ。早く言えよ、気が変わらないうちに」
「じゃあ兄さんが欲しい」
「それが子供を相手にしてたサンタの言うことかァ?」
「欲しいものを素直に答えただけだよ」
「にこにことお菓子を配ってたサンタさんの中身は煩悩だらけだった!って笑ってやろうか」
「僕はいい子にしてた子供だよ」
「子供じゃ知らないこと、知ってるくせにな」
「教えたのは目の前の悪いサンタさんだ」
「お、悪いサンタってのはいいね、俺っち達の専売特許だ」
「悪いサンタさん、早く僕を連れて行ってくれよ」
一彩が燐音の手を取る。はらりとおちた赤い衣装をテーブルに置いて、燐音はにやりと笑った。
「じゃあ、2人きりの聖夜といこうか」