ウサギは浮気に入りますか各々にやるべきことがある以上、恋人であっても顔を合わせない期間というものは当然存在する。
ここ数日間の審神者と明石国行は、まさにそのような状態だった。
普段と比べて特別忙しい訳でもないのだが、二人で過ごすためのまとまった時間がどうにも確保できない。
そういった事情で、仕事の合間にほんの少しだけ明石と会話する日々が続いている。
正直、寂しいとは思う。
けれどそれ以上に、たった数日すれ違っただけでそんなことを感じるようになった自身に対して、審神者は何より困惑していた。
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今日も今日とて真面目に職務に励んだ審神者だったが、明石とゆっくり話すことはできずじまいだった。
朝餉の時に彼を見かけはしたのだが、不寝番を終えたばかりの眠たげな表情を見ていると、部屋に来てほしいだなんて言えなくなってしまって。
「…はあ」
深いため息の後、眼鏡をかけたうさぎのぬいぐるみを抱きしめて、ぽす、と布団に寝転がる。
恥ずかしいので誰にも言ったことはないが、この濃紫のうさぎを抱きしめて眠るのが、最近の彼女の日課になっていた。
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そもそもの話として、審神者から積極的に明石を呼ぶということは意外と少なかったりする。
呼ばなくても時間があれば明石は自室を訪れてくれるので、それに甘えてしまっていたと今さら彼女は自覚した。
そんな彼が来ないのなら、彼女に構っていられないほど忙しいという事なのではないか。
日ごろ優しくしてもらっているのだからあまり我儘を言うべきではないと、審神者は一人目を閉じた。
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その夜審神者が見たのは、寂しいと言いながら明石に甘える夢だった。
彼は困ったように笑うと、「すんまへん」と囁いて彼女を撫でてくれる。
貴方が傍に居てくれるようになってから、私はとても弱くなってしまったみたいなのです。
ほんの少し前までは、この生活が当たり前だったのに。
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朝もまだ早い時間帯、審神者は腕の中の微かな違和感で目を覚ました。
「………あれ?」
昨晩確かに抱いていたうさぎが、いなくなってしまっている。
慌てて周囲を確認すると、件のうさぎは枕元にきちんと座っていたので一先ず安心する。
いつもは起きた時も抱いているのに、なぜ今日はここにあるのかと首を傾げていると、廊下につながる襖が静かに開いた。
「おや、主はん、もう起きたん?」
「!?明石?」
「おはようさん。風呂、使わせてもらいましたわ」
突然のことに目を見張る審神者に向かって、明石はいつものように笑いかけた。
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「おはよう、ございます…、あの、どうしてここに?」
「そら主はんに会いきたに決まってますやん」
目を白黒させながら審神者が問いかけると、明石は濡れた髪をタオルで拭きながら答えてくれる。
「今日は、不寝番だったのでは?」
「うんまあ、そうやったんですけど。最近主はんと会えてないのが皆に知られてもうたみたいやで。ここはもう良いから行ってこいって背中をどつかれてしまいましたわ」
「……そうでしたか…」
刀剣たちに気を遣わせるほど、自分は分かりやすいのかと彼女は項垂れてしまう。
明石はそんな審神者を見て緩く笑うと、徐に彼女を後ろから抱き寄せた。
「明石?」
「…主はん、あのな」
「はい?」
疑問符を浮かべる審神者の耳元で、明石は言い含めるように囁きかける。
「寂しいんやったら、ちゃんと自分に言うてください。いつでも会いにきますから」
その言葉に審神者の顔がじわじわと赤く染まっていくのを見て、明石は優しく笑った。
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昨夜の夢はひょっとして、現実の出来事だったのだろうか。
審神者はとても気になったが、明石に直接問いかける勇気はない。
だからその代わりに、彼女は先ほどから疑問に思っていることを彼に訊ねてみることにした。
「…うさぎ」
「はい?」
「ここに置いたのは、貴方ですか?」
「せやで」
にこにこと笑いながら肯定する明石に、審神者はさらに問いかけた。
「どうしてわざわざそんなことを」
「ええ?主はん、恋人が自分以外を寝所に連れ込んでたらそら止めますって」
「…………、は?」
何を言ってるんですかと言いたくなる審神者だが、明石は冗談とも本気ともつかない口調でさらに続ける。
「いくら寂しくても浮気はあかんで?いつ来てもそのうさぎが主はんに抱きしめられてるもんやから、外に放り投げたろうかと何遍か思いましたわ」
「ちょっと待ってください、今、色々と聞き捨てならないことが。……いつ来てもって、どういうことですか?」
審神者がおずおずと明石を見上げると、彼は悪びれもせずはんなりと笑った。
「自分、主はんに会えへんのが辛すぎてなあ。…何度か明け方に顔を見に来てましてん」
「………はい…?」
「そしたら毎回、主はんがうさぎはんを連れ込んではるもんやから。自分とは遊びやったんかと」
辛かったわあと手をひらひらさせる明石は、どう考えても彼女をからかっている。
「……起こしてくれたら良かったのに…ひどいです。」
主の声が落ち込んできたことを感じて、明石は取りなすように彼女の頭を撫でた。
「…一人の時間も、主はんには必要やろ」
彼の意外な言葉に、審神者は目を見開く。
「自分も主はんの傍におりたかったんやで?けど、主はんを疲れされてしもうたら本末転倒や。たまにはええかと思うたんです」
確かに、彼がいると落ち着かないことが多いのは事実なのだけれど。
「……気遣ってくれたのは、とても嬉しいです。でも、……私、本当は寂しがりだったみたいです」
審神者の言葉に、明石は「やっと気付いたん?」と苦笑する。
「…しゃあないなあ。寂しい思いをさせてしもうたんは自分の落ち度や。今回だけは浮気も大目に見ましょ。次はあかんけど」
明石の言動は相変わらず、どこまでが冗談なのかよく分からない。
彼にとって、何が浮気にあたるのだろう。
気にはなるが、それを尋ねると彼女が本当に浮気したかのような質問になりそうだ。
「…明石」
「はい」
「……埋め合わせが欲しいです。たくさん、甘やかしてください。」
そう言った主の顔があまりにも真っ赤だったせいか、明石はとても楽しそうに笑う。
そして審神者と額を合わせてから、ゆっくりと彼女に口付けた。
了