さらば日が沈む。赤々と燃ゆるように輝いていた夕日が地平線に沈みゆくのを、俺は浜で静かに眺めていた。
その心境を察したのか隣に佇んでいた愛馬が、主人を気遣うようにその横顔に自身の顔を擦り寄せた。俺はそれに答えるように愛馬の首をさする。その首は暖かかった。
───対馬に襲来した蒙古は全て倒した。壱岐を襲った新たな脅威も排した。コトゥンハーンを倒し、愛する伯父を手にかけ、冥人として出来うる限りの働きをした。さらには父への積年の想いも精算した今、俺はなにか、随分遠いところまで来てしまったようで───
「いかんな、俺は生きねばならん」
些か感傷的な気持ちになっていることに感づき、切り替えようと振り返る。そういえばふかと丶蔵が話があると言っていた、およそ今後の身の振り方であろう。鞍に手をかけさてどうしたものかと考えたところでふと近くの崖の上から視線を感じ勢いよく振り返ると、そこで俺は目を見開いた。見知った菅笠が小さな石の墓にかかり揺れていた。
壱岐を巡る道中幾度となく見た光景。オオタカの毒を受けていた折幾度となくみた幻影。夕暮れの暗がりの中、菅笠はただ静かに風に吹かれ揺れていた。
「竜三」
思わずつぶやくと頭がちくりと痛んだ。手で押さえ呻く。
『浜で死んでくれりゃ良かったのに』
『仲間を食わせなきゃならねぇ』
『仁、頼む……』
あれはただの毒が見せた幻影だ。己の闇、内に秘めた記憶の数々。オオタカを倒した今、もう聞こえるはずのないもの。それなのにまるで忘れるなとでも言うように、その声がまた聞こえたような気がした。
気のせいだ、静かに頭を振る。目を閉じもう一度開ければ聞こえるのは穏やかなさざ波の音だけで。
「そうだな、お前はもういない」
そう口にだし、身を翻し鞍に跨る。手網を手に取れば愛馬は一声嘶き、主人を乗せて走り出した。もうほとんど見えなくなった陽を背に。頬を伝う一筋の光を散らすように。
菅笠は失せ、石の墓は宵の闇に見えなくなった。