一反木綿×KK それはあまりに一瞬の出来事でなす術がなかったといえよう。グラインドを駆使して頬に風を感じながら、KKはその日も目の前をひらひらと漂いながら移動する白い布切れを一直線に追っていた。俗にいう妖怪退治といった部類のこの活動は、エーテルを操る力を手に入れたKKにとっては極ありふれたもののひとつだった。目の前をふよふよと漂うこの不可思議な存在は一反木綿という妖怪で、このままただ追いかけていればいつか奴は適当なビルにぶつかり目を回す。はずだった。だと言うのになぜそうならなかったのか、それはきっとつまるところ、やつを甘く見ていた。そう言うことだろう。だからといってなぜこんなことになっているのかはやはり分からなかったが、妖怪ってやつは理解が及ばない連中なのだ。
「ぐっ、う」
白い布がぎゅうぎゅうと両手両足に絡みつく。布であるから縄のように手足に食い込んで痛むと言うほどのことではない、けれど柔らかいが故にそれは強固に巻きつき、まるで絞め殺されるのではと言うほどにKKの手足を拘束していた。
「ふ、ざけんな」
そう口には出しているがどうすることもできない、けれどどうにか叫ばずにはいられないほどKKは動揺していた。それもそのはず、KKの体は今一反木綿により全身ぐるぐる巻き、つまり完全に拘束されている状態で完全に宙に浮かんでいた。ふよふよと浮かぶ本体から伸びる白い布が体をがんじがらめに縛り上げている、その状態で空中にふよふよ浮かばれていては誰であっても心中穏やかではいられないだろう。感情の読めない顔(と思しき箇所)がこちらをじーっと眺めている(ように見える)のが憎らしい。
「おい、はなせ」
そう訴えかけているがもちろん返事はない。それはそうなのだがこの意図の見えない妖怪に付き合っていられるほどKKの気は長くなかった。いつものように力を拝借して、早めに終われば酒を一杯引っ掛けて帰るか、なんて考えていたのだ。それが無駄に時間をかけて凛子に「遅かったな」なんて言われては癪というものだ。
頭の中で策をねる。片手でどうにかエーテルを練って放てばもしかしたらこの厄介な布切れにダメージを与えられるか、そうならなくとも怯み反撃のチャンスが窺えるかもしれない。
そうと決まれば行動あるのみ、KKは持ち前の行動力で手に意識を込めようと、そうした時だった。
「っっ!?」
いつの間にやら伸びていた布の先端が胸を掠めた。妖怪の気に当てられたのだろうかやけに敏感に刺激を感じ取った体にKKは動揺を隠せなかった。は?頭に疑問符が立ち上がり体の芯が痺れるような感覚に口がぽかんと空く。続け様にするすると撫ぜるように動くその先端は、しかし確実に意思を持ってKKの胸の先端の周りとくるりとなぞった。ひっ、思わず上がりそうになった悲鳴を飲み込む。何が悲しくてこんな奴に自分の情けない声を聞かれなくてはならないのか。けれど身動きの取れない我が身はせめてその根源を睨みつけることしかできない。余計な刺激のせいで折角手に込められていたエーテルは霧散してしまったし、視界でうろつくその先端が気に障って仕方がない。気持ち、先ほどよりも拘束がキツくなってるようにも感じる。指一本動かせないとはこのことだ。
「何の、つもりだ…っ」
問うがもちろん返事はない。触れられた胸元に漂う違和感を退けるように、KKはまだ自由のきく頭部を振った。この妖怪は一体何を考えて、いや考えていないのかもしれないがこの状態は明らかに自分にとって不利すぎる。
さてどうしたものか。そう考え始めた矢先に次の刺激がその思考を遮断した。するりと撫でられる感触に体が微かに跳ねる。
「んが…っ」
気がつけば首元まで迫っていた先端がKKの口内に潜り込んできたのだ。反射的に思わず噛みつこうとKKは歯を立てた。けれど痛みなど感じていないのかどんどんと口の中が布で埋める尽くされていく。
「ぐ」