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    @oe2orzoey

    ポイピクわからないですこわい

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    絶望より苦い色(二)二.

    闇の眷属が本来の力を取り戻す夜が差し迫るにつれ、空は濃紺に塗り潰され気温は少しずつ下がり始める。動く気力を失った指先から徐々に冷えて行く反面、硬い皮膚の下で心臓の音はどくどくとうるさい位に鳴り響いている。時間が経つにつれ沸騰しそうだったマレウスの頭が漸く冷えて現状を理解しようと動き始める。まるで白昼夢を見ているような感覚がレオナの残り香さえ消え失せたあとでもしつこく付き纏っていた。

    部活動にいそしむ生徒のざわめきももう耳には届かない時間帯だと漸く気づくと、寛げたままだった制服を覚束ない指先を振るいま方を使って元の状態に戻し、意識的に足に力を入れてマレウスは立ち上がる。辺りを見回し誰もいないことと、魔法が遮られるような気配が無いことを入念に確認すると、そのまま宙に浮かび上がりディアソムニア寮の自室まで転移した。

    だが完全に人目の無い部屋に辿り着き見慣れた空気を肌で感じると、安堵したのか情けなくも脱力してしまったのかマレウスはベッドとは少し距離のある床で再び膝から崩れ落ちてしまう。

    あの不屈の精神を持つ誇り高いレオナ・キングスカラーが体を売っていたことが未だに信じられない。マレウスを弄ぶ為に作られた下らない噂なのだと切り捨てた過去が、あのときのレオナの生温かくざらついた口腔の感触と共に心に重く伸し掛かる。

    マレウスとレオナは犬猿の仲だった、はずだ。寮は異なるといえど、同じ三年生で寮長という立場であれば学園内で顔を合わせることも珍しいことではない。だが顔を合わせお互いに存在を認識する度に、トカゲ野郎と呼ばれ仔猫と呼び返し、殴り合いに発展しない程度の嫌味の応酬を繰り返していた。

    仲が悪いとは言えマレウスはレオナのことを其処まで嫌っていた訳ではない。強大な魔力の所為か怯えられ、呪われないように離れた位置で根も葉もないような噂をひそひそと囁かれ煙たがれ気味悪がられるよりは、例え因縁をつけられているんだとしてもレオナのように真正面から喧嘩を売られた方が、マレウスにも同じようにやり返すという選択肢がある分、鬱憤を溜めずに済むので嫌ではなかった。

    同じ王族という存在であれど次期当主のマレウスとは違い、レオナは王位継承権のない国王の弟である。夕焼けの草原の国王には既に息子がいる。産まれたての赤子でもない限り、現国王が死亡あるいは退位した場合は国王の息子に王位が譲られる。戦乱の時代であればまだしも、平和なこの時代で王位継承権のある者が次々と謎の死を遂げない限りレオナが国王になることは先ずないと見て間違いない。そんな立場の違いや獣人と妖精という種族による価値観の違いの影響もあるのか、レオナの普段の態度からして見てもマレウスを心底嫌っていることにも薄々気づいてはいた。

    それでも仕方の無いことだと、人の心は魔法でどうにか出来るものではないのだと諦めていたはずなのに、ほんの数枚のマドル札と引き換えに嫌っている男のペニスを口に含み、あまつさえ吐き出された精液まで飲むのはどういうことなのか。自分の感情さえも関係ないものとして扱えるほどに、あの行為に慣れているのだとしたら、マレウスはどうすればいいのかと途方に暮れそうになる。

    国が絡まず自由に出来る金が欲しいのならば、少なくともマレウスに対してはもっと高い金額を要求して来るだろう。金が目当てでもないのだとしたら、何があの男をこんな下賤な行為に駆り立てるのか。放課後に起こった出来事は現実であるはずなのに、永い夢を見ていたような感覚で何もかもがマレウスの理解の範疇外にある。ぐるぐると思考を巡らせても出口の無い迷路を彷徨うのと何ら変わりはない。

    夕飯の席にマレウスの姿がないことに気づいたのだろう、遠慮がちに扉をノックする音に良心の呵責を覚えながらも無視を決め込んで、魔法を使って制服を着替えて済ませ、一瞬で凍らせた枕に額を押し当てて俯せの状態で自分自身に眠りの呪いをかけ、半ば強引に眠ることにした。



    歌うような鳥の微かな囀りで目を覚ましたマレウスが、授業に出たくないという感情を覚えたのは、入学して以来初めての経験だった。授業を受けたくないのではなく、レオナと顔を合わせることやリリアやシルバーと会って昨日何があったのかと聞かれるのが何よりも嫌だった。名前も知らない下級生から何を聞かされたのか、レオナに会って何をされたかを説明する気には到底ならないが、全く違う嘘の説明をするのもマレウスの得意とするところではない。

    夢も見ないほどの深い眠りに堕ちた所為で頭は昨日より幾分すっきりはしているが、目覚めて全てを思い出してしまった心は未だに曇天の空よりも暗く重いまま一向に晴れる気配はなかった。だが何故レオナが体を売っていることを知って何故こんなにも死にたいような気分になるのか、その原因は未だわからない。わからないからこそただ鬱々とする感情を制御する術が思い付かなくて手のつけようがない。

    授業を受ける為に学園に行きたくもないが、休んだことによって説明を求められるのもまた億劫で、次期当主らしくもなくのそのそとした動きでベッドから這い出ると、慣れた様子で利き手を動かしアイロンの効いた状態の真新しい制服へと着替えを済ませる。いつものように髪の長い部分を自然と肩にかけ前面に流れるように整えたところで、タイミング良くノックの音が響き、マレウスは指先を動かし教科書の入った鞄を浮かせて来客に応じた。



    「よお、トカゲ野郎。随分と陰気臭え顔してんじゃねえか」

    会いたくないと願っているときほど会ってしまうものなのか。気もそぞろなまま午前中の授業を終わらせ、食堂で昼食を済ませようとしていたマレウスにまるで昨日の出来事など嘘だったかのように、レオナが普段と変わらない揶揄うような調子で声を掛けて来る。

    「……いつもと変わりはしないだろう」

    トカゲではないと言い返そうとした口が思うように動かず、レオナの言葉を無言の内に肯定するかのように掠れた、らしくもない弱気な声音が口をついて出てしまいマレウスは黒い手袋を嵌めた手で口許を押さえた。

    「恋煩いでもしてんのかよ。てめぇの好かれる哀れな奴に同情するぜ」

    唯一不調の理由を知っているはずのレオナは鼻で笑うと大袈裟に肩を竦めてると、既に目的のものは手に入れたのか捨て台詞を吐いて去って行く。本来なら知ったかぶりをするなだの、お前にもそういう感情を理解する頭があったのかだのとマレウスも負けじと言い返すところだが、昨日のことを消化しきれない所為か、いつものような対応が咄嗟には出来ず何処かぎこちない対応になってしまう。

    「ふむ。恋煩いか」
    「そんなわけがないだろう」

    二人の遣り取りに口を出すことも無く、終始笑顔のままレオナを見送ったリリアが顎に手を当てたまま去り際に残した台詞を反復するのに対し、即座に否定の言葉を差し込んだ。運良くセベクもシルバーも部活絡みの相談事があるのだと言ってこの場にはいないので騒ぎにはならずに済んだが、リリアは否定の言葉をまるで聞いていなかったのか、或いは恋煩いであると確信できるものがあるかのように隣に立つマレウスを見上げ、にんまりと口端を上げて見せる。

    「ここは男子校ではあるが、そういう経験もお主には必要なものじゃろう」

    恐らく昨晩マレウスの部屋をノックしたのはリリアだったのだろう。王宮で過ごしていた頃から、食事を摂ることもせずに眠りに就くことは殆どなく、数十年にいちどだけマレウスが夕餉を摂らなかった日は、大抵夜までの時間に何かしらのトラブルや、マレウスがショックを受けるようなことが起きた日だけだった。そのこともあって、リリアは何らかの出来事があってマレウスが落ち込んで夕餉を摂らなかったのだと邪推しているのだろう。

    「……違うと言っている」

    語気を強めて否定をし直した所でマレウスの不機嫌さや癇癪にも散々慣れ親しんだリリアは、何処吹く風とスキップしそうな足取りで食堂の中を先へと進んで行く。気づかれないほど小さく溜め息を吐き出すと、レオナが去って行った廊下の方にいちど視線を向ける。肉や魚の焼けた匂いが鼻先を掠めるものの、さほど食欲もわく気配もなく気乗りしない気分のまま先を歩くリリアを追いかけた。



    ガーゴイル研究会を一つの部活として捉えるなら、部長はマレウス自身で部員もまたマレウスただ一人だった。同程度の知識が無いにしてもガーゴイルが好きな者がいれば種族を問わず無条件に入部を許可する心構えだったが、マレウスが期待するほど世の中の人々はガーゴイルに関しての知識を所有しておらず、グロテスクとの違いを理解している者ですら殆どいないのが現状だった。

    部員が一人だけである以上活動時間を決める必要性がなく、学園内に存在するガーゴイルを眺め、所有しているガーゴイルとグロテスクに関する資料に目を通し、一人でも多くの人がガーゴイルに興味を持って好いてもらえるようレポートを認め、求められれば提出する活動をマレウスの気が赴く時にだけ行っている。

    勿論部活動外でもガーゴイルを愛でることを日常的に行ってはいるが、何故か今日に限ってはいちばん気に入っているガーゴイルを正面から眺めていても、申し訳無さを覚えるほどにいつものような高揚した気分にはなれずにいた。部活動として成立しているかどうかの確認の為に月にいちどのレポート提出は最低限必要とされているが、文化部である以上それ以外に目に見える何かを作ることは難しく、毎日活動しろというお達しも受けてはいない。気乗りがしないまま異常がないか確かめる為に学園内に置かれたガーゴイルを巡る気にはなれず、かと言って自寮に戻る気にもなれず方向転換をして図書館に向かうことにした。

    マレウスがその匂いを嗅ぎ取ったのは本当に偶然だった。獣人ほどの嗅覚は妖精族には備わっていない。嗅覚にしろ聴覚にしろ人間よりは優れている程度でしかないのは、妖精の感知は殆ど魔力で行うものだからだ。獣人が人の気配を聴覚や嗅覚で察するのと同じように、妖精はそれぞれが所有している魔力の性質で察知する。

    だから本来匂いで嗅ぎ取ることは殆どないにも関わらず、据えた匂いに反応してしまったのは紛れもなくレオナにされたあの行為で自身の精液の匂いを記憶してしまった所為に過ぎなかった。いちど感知してしまえば闇の眷属の頂点に立つマレウスにとって特定の人間の魔力の残滓を辿ることは糸紡ぎより遥かに容易い。

    頭の片隅では見たくない、知りたくはないと拒否するのにも関わらず、足は自然と魔力の気配がする方――図書館のちょうど裏手にある林の方――に向かってしまう。

    足音と立てない為に宙に浮き少しずつ近付いて行く。これではまるで獲物を狩ろうとする肉食獣のようだと冷えた頭で思いながら、心臓は昨日以上に激しく鼓動を刻みまるで警鐘のように響いている。風のそよぐ音に混じって耳に届く囁くような声は、聞き覚えのあるようでいてただの一度も聞いたことのないものだった。そして到底マレウスには効き目のない姿晦ましの魔法で背筋を凍らせるような嫌な予感は確信へと変化する。

    図書館の裏手側は直射日光で本が傷まないよう窓は何処にも設置されていない。そのため館内から見ることは出来ず、本校舎が高い位置にあり階段が設置されている一部分以外は崖となっている所為で、好んで近寄るものは殆どいない。稀に捕まることの出来る突起物が殆ど無いにも関わらず、ロッククライミングに挑戦する者も風の噂では存在するらしいが、そういう者達は遮蔽物が少ないコロシアムのある反対側から登ることの方が多いらしい。

    万が一好奇心や探索目的などで付近に近付く者がいたとしても、レオナより高い魔力を有していない殆どの生徒は張り巡らせた魔法で二人の姿を見つけるまでには至らないだろうから、マレウスだからこそ二人を見つけることが出来たと言っても過言ではない。図書館側に立ち並ぶ木に隠された林の奥に見えるのは確かに昨日マレウスの眼下で揺れていた猫に似た耳が生えた柔らかそうなブルネットだった。

    その背に覆いかぶさる男の背中には見覚えはなかったが、獣人と思わしき耳が妖精族のそれよりも少し上の位置に生えていて、背後に近づくマレウスには気づいた様子もなく、ライオンに似て非なる少し膨らんだ尻尾を揺らしながら、無我夢中で腰を振っている。

    直腸の奥を責め立てるような男の見え隠れする性器の動きに合わせ、制服のスラックスが膝までずり下がった、男のものよりは幾分華奢に見えるレオナの褐色肌の体もまた前後に揺さぶられ、二人の下半身が密着する度に媚びを含んだような甘い嬌声を零している。レオナが体を売っている。屋上にいたレオナを見たときよりもずっしりと重い衝撃が心臓に伸し掛かり、現実のものとなってマレウスの視界を占拠し性行為に耽る二人以外の風景と、音を全て遮断してしまう。

    「は、……んっ……」

    お互いに呼吸が荒く低い吐息混じりに声が重なるように漏れ出ているのに、何故かマレウスの耳が拾い集めるのは気持ち良さそうに掠れたレオナの声音だけだった。耳の中に入り込んだいつもよりほんの少し高く聞こえるレオナの声は、頭の中で反響し下腹部に向か不本意な熱を生み出しながらブロットに似た澱みをマレウスの心に染みつかせていく。

    小さな音を立てて足元にある芝生にばちばちと電流が走り回る音で漸く我に返る。雷鳴を轟かせ荒れ狂う激情のままに二人を焼き殺さなかっただけ、マレウスにしては我慢をした方だ。尻を突き出すような姿勢で太い幹に両手を付いたレオナが背後の男に気づかれないよう、快楽を逃す為に頭を揺らしているふりをしながらマレウスのいる方を振り返る。

    何処か虚ろな新緑の眼と視線が合うも騒ぐなと口に出す代わりに、口許に人差し指を立てて悪戯っぽく微笑んでみせると、また髪の毛を振り乱し喉を鳴らしてわざと聞かせようとしているのかと思うほど大袈裟なほどに喘ぎ腰を揺らし始める。当然だがマレウスに他人のセックスを見る趣味などない。なのに二人から目を逸らすことも出来ず、立ち去ることも出来ずにかと言って止めろと間に入る権利もレオナの友人以下であるマレウスは持ち合わせていない以上、ただ痛いほどに拳を握り締めて見つめるだけが関の山だ。

    茨の谷に帰れば国王の次に権力を所有している身分であっても、ナイトレイブンカレッジの中ではその他大勢の生徒の一人にしか過ぎないマレウスには合意でことに及んでいる二人を止める理由さえ思い当たらない。

    「ぁっ……! う、ぁ、あっ……」

    信じられないものを見た衝撃で動きが鈍っていた脳も、動き始め現状を理解するまでに至ったのか、マレウスの耳は次第に昨日の音に似た濡れた性器が出し入れを繰り返すぐぽ、ぐぽという大きくはない音さえも拾い始める。男の体がレオナを体に覆い被さっている間は見えない、男の黒ずんだ性器が抜き取られる時にだけマレウスの視界にも映る。引き締まった筋肉質な尻臀の間の排泄口に根元までずぷぷと音を立てて押し込まれては、また抜き取られて行く。

    「ッ……! 、あぁッ……! あー……ッ!」

    手袋越しの爪が幹が太い木の樹皮をガリガリと削り、円を描くように揺れていた尻尾が天に向けて真っ直ぐ伸び、体を震わせたレオナが絶頂を迎えたことを示す。呻いた男もまた体を震わせ、レオナの体内で達したことがわかる。二人の荒い呼吸音が響き、萎えた男の世紀が精液を伴ってずるりとレオナの体内から抜き取られる。直腸で達した所為か脱力し震えるレオナの耳元に男は顔を近付けて何かを囁きかける。

    続きを求める言葉か過分な自信を含んだ揶揄か、姿晦ましの術を自身にかけ傍にあった木の幹に姿を隠しているマレウスの耳には、二人の遣り取りは会話の内容を想像する余地もないほどの断片しか聞き取ることが出来ない。

    「――うるせえな」

    それが毎回行われていることなのかどうかマレウスが知る由もないが、時折笑いを挟みながら恋人のように甘い遣り取りをしているのかと思いきや、突然低く唸り出したレオナによってピロートークは強制的に中断される。どん、とレオナは背中にぴったりと身を寄せていた男を乱雑に突き飛ばすと、脱げかけたスラックスと紐としか形容出来ない下着のようなものを魔法を使わず自分自身の手で身につけ直し、こめかみに青筋を浮かべながら中指を立てて男に向き直った。

    「何度もしてえんならベッドを用意した上で追加の金を払え。俺がイッたからってその二つがチャラになるわけねえだろ」

    対してレオナよりも頭一つ分は体格の大きい男は突然怒り出したレオナを宥めるように両手を前に出し、スラックスが脱げかけたままの情けない格好のままで数歩後退る。

    「わかった。わかったから。もう言わねえって……!」

    無防備な喉元に先端に埋め込まれた魔法石が光るマジカルペンを突き付けられると、男はレオナとの力量差を嫌というほど知っているのか間髪入れずに降伏し、慌てたぎこちない手付きで衣服を元に戻すと、マレウスが隠れていることにも微塵も気づいた素振りもなく横を通り過ぎ、本校舎に繋がる階段へと大急ぎで逃げて行く。がさつな足音が聞こえなくなった頃、レオナははーっと重い溜め息を吐き出すと苛立ちのまま近くにあった木の幹を蹴り飛ばし未だ敵はいるとばかりにぐるると低く喉を鳴らして威嚇を続ける。

    「……おい、出て来いよトカゲ野郎。まだそこにいるんだろ」

    思わずトカゲではないと言い返そうとしたところでまるで昼の食堂のやり直しをしているような錯覚を覚え、今肝要なのはそこではないと咄嗟に気づいてマレウスは口籠る。レオナがかけた姿晦ましの術は既に解かれているようで、それに倣ってマレウスも自身にかけた同様の術をするりと解いて姿を現した。

    異なる理由で不機嫌な双方の視線がかち合い、無言の時間が流れる。誰も間に入り込むことの出来ない、殴り合いに発展しそうなほど張り詰めた空気の中、先に目を逸し俯き躊躇いがちに謝罪を口にしたのはマレウスの方だった。

    「……すまない」

    どんな理由にせよどんな目的で行われているにせよ、或いはここが学園の敷地内の外であろうとも、他人の性行為をこともあろうか終わりまで覗き見てしまった無礼に対する申し開きをマレウスはするつもりはなかった。せめてもっと人目に付かない場所にしろとか、もう少し静かに行ったらどうだとか叱責する言葉も思いつきはするものの、からからに乾ききった口から発せられそうにはない。

    無言のまま腕を組み、マレウスがなにか言おうとするのを待っているレオナの衣服は既に魔法で整えられたあとで性交による乱れは見られないが、その体には嗅ぎ慣れない獣臭い男の臭いが染み付いていて、マレウスは未だ直視することに躊躇してしまう。謝罪のあとも変わらず気まずい雰囲気のままで流れる沈黙に耐えきれず身を翻して立ち去ろうとするマレウスの手首を、レオナは思いもがけないような素早さで掴んで引き止める。

    驚きの余り言葉を失ったマレウスが足を止め目を丸くしたまま振り返ると、掴んだときの強引さが嘘だったかのようにレオナはぱっと手を離し、立ち去るのも残るのもどちらでも好きにしろと言わんばかりに肩を竦め傍にあった木の幹に背を預ける。ほんの数秒の掴まれただけの手首が炎で燻されたかのように熱く感じられ、自身の内側からともる熱を鎮める為にマレウスは反対の手で自分の右手首を押さえた。

    「何故、僕を引き止めた」

    眉間に皺を寄せ勢いのままマレウスの口から率直な疑問が滑り落ちるも、レオナは不機嫌さだけを消し憮然とした表情のまま何も答えずに視線を逸らす。マレウスは根気よく返答を待つものの、レオナ自身も答えが思い浮かばないのか、一向に口を開こうとする素振りが少しも見えない。

    そんなレオナの様子が悪戯をしたあと怒られるのをただ不貞腐れて待っている子供のように見え、無意識に思い出してしまった光景が脳裏に過ぎり、ちり、と胸が焼け付くような感覚が蘇り、マレウスは胸をそっと押さえる。何故、ともう一つの疑問が浮かんだまま口をついで出る。レオナが顔を上げる気配がしたが、形となった言葉は容易に取り消せず観念したように全てを吐き出した。

    「何故、こんなことをしているんだ」

    一瞬たりとも怯む素振りもなく見つめ返され、戦闘をするときとは違う形容しがたい奇妙な緊張感の中でマレウスの方がたじろぎそうになるのを眉間に皺を寄せて堪える。

    「――てめぇには関係ねえだろ」

    にべもなく一言で切り捨てたレオナは怒りの感情も露に真っ向から睨み付けるものの、何故かマレウスの目には傷付き泣いているようにも見えた。

    「僕は、」

    確かにマレウスとレオナの関係は友人と呼べるほど親しくはなく、出身国も異なる上に同じ王族と言えども全く異なる常識を持つ種族である以上、現時点のレオナの振る舞いを一方的に糾弾するわけにもいかない。

    王族としての立場や学生の本分に関わりなく、ただマレウス個人としての疑問と心配であるはずなのに、それを形にしようとすると全く違うただの欲望の形になってしまうのを止め、出してしまいそうになったものを押し戻すように自身の口許を手で覆う間にも、もう用はないとばかりにレオナは背を向け本校舎とは反対側へ早足で去って行ってしまう。

    鋭い刃で固い鱗ごと皮膚を裂かれて傷付けられたみたいに、マレウスの足は鉛のように重くいちども後ろを振り返らず行ってしまうレオナを満足に追いかけることも出来ない。歩き去る背中が見えなくなって漸く、マレウスはレオナの言動に自分が傷付いていることに遅れて気が付いた。

    「……何故」

    元々顔を合わせれば口喧嘩をするような関係で、決して仲の良い間柄ではない。にも関わらず、たかだかこれだけの遣り取りに傷付くことがあるのか。最後の疑問はマレウスが自分自身に向けて放ったものだったが、俯き自身の抱える闇のように深い心の中に沈み込むように考え込んでみるも、再び空が闇を覆い始める時間が過ぎてもその答えを自力で導き出すことは出来なかった。
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