「友達≦?」(理左) お前に会わせたい奴がいる、と突然銃兎からメッセージが入る。
アイツがそんな申し出をするなんて珍しいな、とは思いつつ、何処か面倒さが勝る文面に左馬刻は小さく舌打ちをした。
行かねー、と惰性で返信しようとした矢先、軽快なポップアップ音と共に追加のメッセージが送られてきた。
『放課後、私のクラスに来てください』
銃兎のクラスは左馬刻のクラスの二つ隣の教室だ。
面倒臭えからお前が来いよ、と反論しようと思ったが、そういえば昨日銃兎に借りた数学の教科書をまだ返していないことに気が付いて、左馬刻は頭を掻いた。
「……アイツ、教科書返しに行かねえとガミガミうるせーからな……」
物のついでだ、と左馬刻は思い直し、銃兎のそのメッセージに「おう」とだけ返信する。
……つーか、俺様に会わせたい奴って誰だよ。
一郎と覇権争いをしている最中ではあるが、曲がりなりにも左馬刻はこの学園の番長である。
銃兎と繋がりのあるような人脈とはそもそも既に面識がありそうなものだが、つまりはその中の誰かということなのだろうか。
銃兎からのメッセージの意図が分からず、左馬刻はそれにも少しだけイラついた。
▽ ▽ ▽
放課後、左馬刻は言われた通り銃兎のいるクラスへとやって来た。
「……ん? なんだありゃ」
普段は下校時刻を過ぎればすぐに閑散とするはずの教室前の廊下だが、今日はやけに人だかりが出来ている。
「……女……?」
恐らくこの教室の者ではない他クラスの女子生徒たちが、遠巻きから教室の中を覗き込んでキャアキャアと黄色く沸き立っている。
流石に番長である左馬刻の姿を見ると、女子生徒たちは少し遠慮したように口をつぐんで左馬刻に道を開けたが、なんだかそれさえも妙な感じがして居心地が悪かった。
「……おい、来てやったぞ、銃兎ォ」
銃兎から借りた数学の教科書の角を肩にトントンしながら、左馬刻はまっすぐ銃兎の席へと歩を進める。
いつもならそのまま真ん前の席にどかりと陣取るのだが、今日は少し違っていた。
「……あ? 誰だコイツ」
「左馬刻、いいところに来たな」
紹介します、と手を差し出された方には、見慣れない顔の男が座っていた。
どうやら顔立ちを見るに、生粋の日本人では無いようだ。
……ハーフ?
「小官は毒島メイソン理鶯だ」
「……あぁ?」
左馬刻は反射で睨み付けるが、理鶯と名乗る男は意に介さぬ様子で此方へ手を差し出してくる。
快男児、というのはこういう男のことを言うのだろう。
左馬刻は何故かそれが面白くなく、自分から手を差し出すことはしなかった。
「理鶯。こいつがさっき話した碧棺左馬刻という男です。左馬刻、彼は今日からこのクラスに転入してきた海外からの転校生なんだ」
……転校生?
今朝のホームルームをさぼっていたから忘れていたが、そういえば前にそんな話もあったような気がする。
「……で、だからなんなんだ? なんで俺様にコイツを紹介しよーなんて思ったんだよ」
「何って……お前、友達少ないだろ?」
「ああ!?」
「番長なんて物騒なもんやってるから、お前の周りには血の気の多い舎弟紛いしか集まらねえ。だから、そろそろ俺以外の友達も作ったほうがいいんじゃないかと思ってな」
「……舐めてんのか?」
「別に舐めてませんよ。私としても、他意は無いですし」
理鶯はどうですか? と銃兎が話を振ると、理鶯は何処か興味深そうな顔で左馬刻のことを見つめてくる。
その顔立ちや、独特な色合いの蒼い瞳の所為だろうか。
その真っ直ぐな眼差しに、左馬刻は思わず気圧されてしまった。
「バンチョウ、と言うのは、喧嘩が強い男のことだろう? 実は小官も軍人を志しているため体術には少しばかり自信がある。もし貴殿が良ければ、少し手合わせ願えないだろうか」
「……うーん、少しニュアンスは違いますが、左馬刻が喧嘩が強いというのは、まあ事実ですかねえ」
「はは! 面白え! この俺様に喧嘩売ろうってのかよ」
「いや、喧嘩ではなく、手合わせだ」
理鶯はやはり何処か飄々とした様子で左馬刻に受け答えする。
……ふーん。久々に楽しくなってきたじゃねえか。
「よし! んじゃ、お望み通り今から屋上でその〝手合わせ〟とやらをやってやんよ」
ステゴロタイマンで問題ねえな? という左馬刻の問いに、理鶯は臆することもなく「ああ」と大きく頷いた。
「……はあ、まさか理鶯も結構血の気が多いタイプだったとは……」
銃兎はヤレヤレと溜め息を吐くが、無理矢理止めることはしなかった。
▽ ▽ ▽
「……うっし。んじゃ早速やるか」
「よろしく頼む。……して、ルールはどのように?」
「……あー」
「単純にギブアップ制でいいんじゃないですか? それか、立ち上がれない、気絶などの戦闘不能状態になったらとか」
左馬刻が答える前に、端で見ていた銃兎が声を上げる。
一郎との番長を賭けたタイマンのときは敢えて人を呼び寄せていたが、今回は個人的な手合わせのため、銃兎の生徒会長としての権限を使い、屋上は左馬刻、銃兎、理鶯の三人以外は入れぬよう人払いを施していた。
「じゃあそれでいいな」
「ああ。異論は無い」
「まー俺様はギブアップなんて死んでもしねえけどな」
「それは此方も同感だ」
手合わせとはいえ、バンチョウ相手に手加減はしない、と言う理鶯の瞳は、先程より鋭く、野生動物のような輝きを放っている。
「……!」
そのただならぬオーラに、左馬刻は思わずごくりと息を飲んだ。
……コイツ、強い……!
屋上中央のスペースに向かい合って並ぶと、理鶯のその恵まれた体躯に更に圧倒されてしまう。
身長は左馬刻と数センチ差に思えるが、違うのはその筋肉量だ。
やはり、軍人を志しているというのは嘘では無いらしい。
恐らく、この筋肉の付き方は一朝一夕でどうにか出来るものでは無い。
それはつまり、この目の前の男が日々そういった過酷なトレーニングをして己を律していることを意味していた。
「……吠え面かかせてやんよ」
「その言葉、そっくりそのまま返そう」
レディー、ファイッ! という銃兎の高らかな声を合図に、左馬刻は理鶯の制服の胸倉を掴んだ。
同時に、理鶯の腕が左馬刻のワイシャツを掴んで強引に引き寄せてくる。
咄嗟に腕を伸ばしてパンチを繰り出すが手でガードされ、左馬刻は反動で理鶯の胸板をバンと押してそのまま後ろに距離を取った。
「……なるほど。反射神経はあるようだな」
「チッ、言ってろ!」
左馬刻は低い姿勢で走り出し、理鶯の足元を払うように蹴りをお見舞いする。
そのまま理鶯はバランスを崩したかと思われたが、足を踏み出してまた左馬刻の腕を掴みにかかる。
「クソッ、馬鹿力が……!」
ぐい、と腰を回し、左馬刻は捻りを使って理鶯の腹に一発回し蹴りを喰らわせる。
「ぐっ……」
小さく唸り声を上げるが……ダメだ。腹筋で守られて全然ダメージを与えられていない。
「ははっ、お前みてーに骨のあるヤツは久々だぜ!」
「……貴殿も流石はバンチョウ。やはり一筋縄ではいかないようだな……!」
ガン、と拳同士を突き合わせ、思わず笑みが溢れる。
……まさか、この俺様が喧嘩中に楽しくて笑うことがあるなんて。
「……ちょっと! 何なんですか、貴方たち!?」
「「!?」」
銃兎の声にふと顔を上げれば、どう見てもこの学園の制服では無い格好の男たちがぞろぞろと屋上に入って来ていた。
「……テメェら誰だよ?」
左馬刻の言葉にその男たちはニタニタとした笑いを浮かべるだけで何も答えない。
「俺ら、そこのブスジマに用があんだけど?」
「! 貴様らは……」
「知り合いなんですか? 理鶯」
「……そいつらは今朝、駅前で老人に迷惑行為をしていたのを発見し、小官が懲らしめた奴らだ」
「そーそー! 可愛い俺の舎弟たちがやられちゃってさ〜、このまま黙って指咥えて見てるだけだと思ったぁ?」
その男たちの背後から、一際巨体のタトゥーだらけの男が姿を見せた。
リーダーなのだろうか。彼が歩くと周囲の他の男たちは道を譲り、深々と一礼をしている。
「……つーことだから、俺の面子のためにも、お前ら全員責任持ってボコられてくれるぅ?」
リーダーらしき男は、そう言って左馬刻たちをわざと煽るように首を傾げた。
「その制服……隣町の学校の生徒ですか」
「朝はまんまとやられちゃったみたいだからサァ、挨拶ついでに俺の舎弟たちを全員連れてお礼参りってワケ!」
「……あー。確か隣町の学校、今年番長変わったっつってたな。俺様のこと知らねーのか?」
確かに命知らずかよっぽどのバカじゃなきゃ、こんな愚行はしねえはずだよなァ? と左馬刻は目を細める。
「ブスジマだかアオヒツギだかなんだか知らないけど、この新番長サマが全員ボッコボコのけちょんけちょんに…………グベェッ!?」
言い終わる前に、左馬刻の右ストレートが男の顔面にクリーンヒットする。
「……アァ? なんだって?」
もう終わりかよ、と左馬刻は殴った方の自身の拳をヒラヒラとやって溜め息を吐いた。
新番長は、呆気なく顔面を潰され、完全に意識を消失させている。
それを見た周りの残党たちは、恐れ慄きじりじりと後退りを始めた。
その不安は周囲にあっという間に伝染し、屋上の入口に近い者から左馬刻たちに背を向けて脱兎の如く走り出す。
……ガチャンッ。
「!?」
「おやおや。いけませんよ? そもそも部外者は侵入禁止ですし、此処からの退出も禁止です」
銃兎はそう言って施錠した屋上のドアの鍵を指に掛けてくるくると回してみせる。
慌てた残党が恐る恐る後ろを振り向けば、勿論、其処に居たのは————。
「左馬刻、理鶯、どうです? 此処でルール変更というのは」
……例えば、残っているこの他校の残党たちを倒した数を競う、とか。
銃兎の言葉に左馬刻と理鶯は顔を見合わせると、示し合わせたように口角を上げた。
「おお。たまにはイイコト言うじゃねーか、銃兎ォ」
▽ ▽ ▽
「……なるほど。では左馬刻が十人、理鶯も十人でちょうど引き分けですか」
屋上に転がっている残党たちを指折り数え、銃兎は感心したような声を出す。
「……いや、この者たちのリーダーを最初に倒したのは碧棺だ。小官の負けで構わない」
そもそも、このような事態を招いたのは小官の所為でもあるからな、と理鶯は俯く。
「……でもま、結果として他校のクソザコどもを一挙に蹴散らせたんだから結果オーライだろ。お前もイイ仕事してたぜ」
「碧棺……」
「左馬刻で構わねーよ」
お前とやり合ってるときもなんか久々に楽しかったしな、と左馬刻は思わせぶりに理鶯に向かって手を差し出す。
「……?」
「さっき、教室でお前からの挨拶をわざと無視しちまったからよ。……その、なんつーか、友達?つーの? 改めてよろしく頼むぜ、理鶯」
「! ああ、こちらこそよろしく頼む」
理鶯は何処か嬉しそうにがしりと左馬刻の手を取ると、「やはり貴殿はこの学園のバンチョウに相応しい男だ」と目をキラキラさせた。
たまに理鶯が見せるこういうピュアな一面が、左馬刻にはどうにもくすぐったく思えてしまう。
だが、不思議と悪い気はしなかった。
初めは銃兎の単なるお節介だと思っていたが、今はこの男に出会えて心底良かったとさえ思える。
「……?」
瞬間、生まれて初めて感じる胸の高鳴りに、左馬刻は少しだけ困惑を覚えてしまう。
……なんだ? 不正脈か……?
思わず胸に手を当てて確認するが、その違和感が何なのかは全く分からない。
「……左馬刻? どうした?」
「……いや、なんでもねえよ」
「そうか、それなら良いのだが……」
返り血が付いていたのか、徐に理鶯に頬を指で撫でられ、また胸の奥がキュンと締め付けられるような感覚がする。
「……?」
今の左馬刻が理鶯に対して抱き始めているこの感情の名前を知ることになるのは、あともう少しだけ先の話だ。
end