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    ー 縁起 ー.


    再会前の一郎さん(19)が “あの頃” を 思い返す話



    ⚠ ご容赦ください⚠

    妄想過多/萬屋ヤマダへの依頼客(モブの女性・その祖父で檀家さん)が多分に喋ります/空却さん不在です





    *****


    2020/08/08 公開の過去作です
    2022/10/15 一部、加筆修正済


    *****









    朝6時。
    日差しが眩しくも風は心地よく吹いている。
    前日の予報通りに梅雨の晴れ間となりそうな朝の空。

    暑くならねぇといいなぁ、と思いながら、一郎は大きめの壁掛けカレンダーに書き込まれた依頼内容を確認した。

    6月にしては暑い日が連日続いている。

    例年よりも前倒しでエアコンの点検や掃除の依頼も増えていた。
    今日も朝から立て続けに3件入っており、体力勝負となりそうだと気合いが入る。

    『さてと。二郎は部活の朝練があるから、スポーツドリンクと凍らせた麦茶の両方を持たせた方がいいな…。』
    『三郎は放課後に人と会う約束してるらしいから、夜に軽く食えるおにぎりでも持たせるか…。』

    調理前のシュミレーションをしながら、一郎はエプロンの紐を前で結ぶ。

    「おし、とにかくまずは朝飯と弁当作りだな。」















    ― 縁起 ―













    「…っづぁっちぃーな!」

    エアコンの依頼3件と、屋根の修理、買い物代行、猫の捜索(3日目にして見つかった)を全て終えた頃には、日も暮れ始める時間帯に差し掛かっていた。

    二郎も三郎も帰りが遅くなると聞いていたからこそ、部屋に入るなりひとりで思い切り大きな声を出して暑さを発散した。

    日は沈めども、蒸し暑さはまだまだ落ち着かず。
    そして猫の捜索で走り回った一郎の汗も、まだ引かず。

    しかし、今日はもう1件、最後の依頼が入っていた。

    ● 20時 萬屋ヤマダ 来客

    「まだあと1時間あるから…シャワーくらい浴びておくか…。」

    客の手前、そして自分のためにも、汗を流してさっぱりしておきたい。

    冷蔵庫に赤いラベルの炭酸が冷えていることを確認してから、急ぎ足で風呂場へと向かった。


    ………


    一息ついて20時ちょうど。
    インターフォンが鳴った。
    ドアに向かい、ゆっくりドアノブを下げてドアを開ける。

    「いらっしゃい、中にどうぞ。」

    ドアの向こうに立っていた客は、一郎と同じくらい年齢の女性だった。
    数時間前に電話越しで聞いた声の印象の通りに、端然として一礼をした。
    来客用のソファに案内すると、女性小さな箱を差し出した。

    「これ、お口に合うか分かりませんが。」
    「え?いや、そんな…」

    一切笑顔のない差し出しに戸惑う。
    話と箱の様子からしてお菓子だろうと察した一郎は、迷いの表情を見せる。
    すると、女性は説明を続けた。

    「祖父の希望です。」
    「おじいさんって、今回依頼してくれた方っすか?」
    「そうです。」

    そういわれると受け取らないわけにもいかず、一郎は箱を受け取り、中を確かめた。

    「数は弟さん方の分もあります。」

    黄色いひよこを模したケーキが3つ。
    すると女性がひょっこりと箱の中を覗き込んできた。

    「崩れず綺麗なままお渡しできたようで良かったです。チャレンジ成功かと。」

    その言葉選びがなんだか面白かったのと、ひよこのケーキがあまりに可愛らしかったので、思わず一郎は小さく笑いをこぼした。

    「ありがとうございます。弟たちと一緒にいただきます。」

    小さな箱を冷蔵庫にしまい、来客用のお茶を用意する。一郎は待ち時間の雑談としてひとつ尋ねた。

    「おじいさんは、俺らのこと知ってくれてるんすね。弟がいて、3人兄弟だってこと。」

    女性は自身の手元に視線を落として答えた。

    「祖父に聞かれたので、私が教えました。」
    「え、あっ、そうなんすか。」

    会って数分の人に対する印象としては可笑しな話ではあるが、一郎は率直に“意外だな”と思った。

    温かいお茶を「よかったどうぞ」と渡し、一郎も向かいに腰掛けた。

    「それでうちの店のことは、どうやって知ってくれたんすか?」

    女性は、ありがとうございますとお茶を受け取りつつも、顔を上げなかった。

    「朝のラジオです。ご兄弟三人での。」

    そう言いながら、鞄からひとつの封筒を取り出し、一郎にスッと差し出す。

    そして顔を上げ、眉をひそめながら告げた。


    「《この手紙を山田一郎さんに読んでほしい》。それが祖父の願いです。』


    唐突に差し出された手紙、しかも自分にあてられた手紙?
    萬屋への依頼ではなく、おれ個人への願い?
    右下に紅葉が舞う縦型の封筒には、確かに「山田一郎様江」と書かれていた。


    封のされていない封筒から、中の手紙を取り出した。


    ■■■■■■■■■



    拝啓 山田一郎様


    長雨の続くこの頃、そちらのお天気はいかがでしょうか。

    季節の変わり目、一郎様が心身お健やかにお過ごしであることを願っております。

    見知らぬ者からの突然の手紙、不審に思われるやもしれません。

    私の身勝手ではございますが、どうしてもお伝えしたいことがあり、孫娘に手紙を託しました。

    どうかご無礼をお許しください。


    ■■■■■■■■■



    その手紙は達筆ながら、若者の一郎にも読みやすく美しい字が書き綴られていた。
    そして自分や弟たちの名前、曲やラップへの感想が、とても豊かな言葉で書き表されていた。

    さらにそれだけではなく飛び込んできたのは “ 空却 “ の文字。そして、 “彼が笑顔で過ごした日々をありがとう“ という言葉。

    …いったい今、自分がどんな顔をしているのか、分からない。

    溢れんばかりに問いはあれど、口から発した言葉は声にならず掠れる。

    いますぐに尋ねたい思いをなんとか抑えながら、一郎は最後まで手紙を読みきった。



    女性が、先ほど自分に出されたお茶をテーブルの端へと寄せる。食器は細かくカタカタと鳴った。

    そして、深く頭を下げた。

    「祖父の、身勝手な願いを、あなたに押し付けてしまい、ごめんなさい。」

    言い終えた後にも頭を上げない女性をみて、一郎は目を瞑りゆっくりと深く呼吸をする。

    汗ばむ手で握り締めていた手紙をテーブルに置き、絞り出すような低い声で尋ねた。


    「おじいさんの話…、きかせてもらえますか?」




    ………



    「祖父は、ハライさんの…こちらのお寺の檀家です。」



    一枚の写真が手渡された。


    そこには、柔和で朗らかに笑うご老人と
    紙飛行機を持ち天高く掲げる小さな子どもが写っていた。

    写真の中で無邪気に笑う小学校低学年くらいの子どもが空却なのだと、一郎はすぐに気づいた。

    「ご住職やハライさんとのご縁もあって、祖父はよくお寺に寄らせていただいたようです。」

    冷えた指先で触れるのを躊躇いながら写真を受け取る。

    突き抜ける青空は透き通る空気を写し出し、やわらかに風になびく赤い髪の動きまで見えるようだった。


    「こちらは今から数年前のことですが、祖父が私たち家族のいるイケブクロへ来た際のへ日記です。」

    写真だけに留まらず、続けて取り出されたのは手帳ほどの大きさの本。
    本の表紙には、優しい色合いをした花々が咲いていた。

    「これは、俺が…読んでもいいんすか?」

    戸惑いを禁じ得ない一郎の確認に対し、女性はまっすぐに一郎の目を見て答えを返した。

    「こちらこそ、お願いします。」


    ページをめくり、
    手紙と同じく達筆な文字で語られる話を読む。





    ■■■





    私にとって、何年ぶりのイケブクロだろうか。

    記憶にある頃よりも若者と多くすれ違うような気がする。

    駅を降り、あらゆる方向に人々が交わる街を歩いていると、人だかりがあった。

    若者の喧嘩だろうが、あまりの賑わいっぷりに何が起きているのか定かではなく、渦中の様子も声も一切なにも分からなかった。


    しかしその群衆の間から、偶然が重なったその合間から、空却くんが見えた。

    自分でも驚いたが、そこにいたのはあの彼だとすぐに分かった。


    灼灼とした赤髪もそのままに。

    また、弾けるように笑う彼が、小さい頃の彼そのままだったからだろうか。









    「あー、マジ楽しいー」









    不思議なこともあるものだと思った。

    遠いところに居る彼は雑踏の中のはずなのに、

    この衰え始めた私の耳にも、はっきりとその声が聞こえた。





    “ 楽しい ”





    心の内に満たされた思いが、存分に表れたあの笑顔。

    晴れやかな屈託のない笑顔が、

    心躍る喜びとなってあの声を届かせたのかもしれない。



    あぁ、目映い。



    生気に満ちて若やかな少年の姿が、嬉しかった。

    物事をよく見通し、迷いなく見極め、動じぬ心をもつ少年が、
    いまこの瞬間が楽しくて仕方がないのだと心動かされ、
    全身で喜びを得ようとするしているその明るく輝く姿が、嬉しかった。

    色がおぼろに混ざりあう朝焼けの空も、
    青さが突き抜ける晴天の空も、
    暮れの色合いが沈みゆく夕焼けの空も、

    ナゴヤの地であるから彼に合う空なのかと思っていたが、決してそれだけではなかった。
    イケブクロの空の下で、貴方の隣でも笑う彼を見たことでそのことを知ることが出来た。

    大都会の中でも、彼は彼らしく。
    どのような場所であろうとも、彼は彼らしく。


    こうして今を翔る若者たちの明日が、自由に恵まれることを祈って。



    ■■■









    “ いまこの瞬間が楽しい ”







    空却の胸を弾ませたかつての思いが、時を超えていま一郎の手元に届けられた手紙へと繋がったのだろうか。



    墨痕鮮やかに。あの日の眩しさも鮮明に。





    ≪ 一郎さん、彼が笑顔になれた日々をありがとう…― ≫







    一郎は、指先で文字をなぞる。



    文字から想いを汲み取ろうとするように、そっと文字をなぞる。



    顔も名も見らぬこの人の感謝は本物で、決してお世辞などではないことがこの文字から伝わってくる。それが不思議だった。







    言葉が声になって飛び出しそうになる衝動をなんとか抑えながら、深く息を吸い込む。



    あの時の自分、そして今の自分に“ありがとう”と言ってもらえている。慣れないこの感覚を、一郎は必死に受け入れようとしていた。



    言葉に詰まる喉をどうにかして動かす。



    「…あの頃に、俺が空却と一緒にいたことを…知っててくれたんすね。」

    「はい。私が教えました。」

    えっ、と驚きを本心から表す。今日何度目だろうか。

    「そうあまり驚かれることでもないかと思います。当時のイケブクロにいれば、どこの誰の耳にも入っていたと思います。私の学校にもあなた方のファンは大勢いましたし、それこそ祖父と同じあの場面に居合わせたファンもいたのではないでしょうか。」

    驚きを見透かされていた恥ずかしさを打ち消そうと、あの時のあの場の雰囲気をなんとなく思い出すよう試みる。

    あぁ、たしかに空却なんて嬉しそうにピースして写真撮られてたりもしてた気もする。

    しかし意外に思ったのはそうではなく、女性がわざわざ自分たちのことを祖父に話したことだった。

    どういった会話の流れで、なぜ自分と相棒の名が繋がったのか。



    「…祖父は…ナゴヤに帰って間もなく、この手紙を書いたそうです。ですが、書き上げたのちに読み返してみれば、これはあまりに一方的で身勝手な内容でした。ですから、お渡しするのはさいごまで躊躇っていたようです。」

    “ さいご ” まで…

    そして、いま手紙は一郎の手元にある。

    迷いの壁を越えて、ここに届けられている。


    「あなたのラジオを、祖父は聞いたそうです。」

    「あぁ…俺ら兄弟の朝の…」

    「いえ、そちらではなく。」

    もうひとつのラジオ。
    少し前、秋が深まり始めた季節の頃に、ラップの魅力を伝える番組でラジオDJをしたことがあった。あれは俺たちも兄弟3人ではなく、一人ずつ回していた時のか。

    覚えている。多くの質問や応援のメールを通して、リスナーと会話をしているかのような楽しい時間を過ごせたあのラジオだ。

    ラップのことはもちろんのこと、兄弟の話や、飯の話なんかもしたな…と、記憶をたどる。するとひとつ、思い当たるものを見つけた。

    「あの時の貴方の言葉を聞いて、祖父はこの手紙をいつかはあの時の少年…山田一郎さんの元へ届けてほしいと強く思ったそうです。」

    ― あぁそうだ、確かに俺はあの時に空却のことを話した。『悪いやつじゃねぇ、だから応援してやってくれよ』と言った。

    ― 俺のあの言葉が、この人のところまで届いたのか?





    一郎の言葉は名も顔も知らぬ人の心に届き、

    また感謝の言葉となって一郎の元へ往き付いた。

    込めた想いは巡り、乗せた言葉は廻る。

    しかし奏でた歌だけは、過日のうたかたとなって失われたままだった。

    いまも過去に彷徨う歌。

    地元に戻った相棒と、もう戻ることのないあの日々の歌。


    もしあの時のラジオでの一言が、瞼の裏にあの日の情景を浮かびあげたのだとしたら。

    言葉の力。

    改めてその意味と

    その大きさを知る。





    ………………



    「ありがとうございました。」

    ー…これで、祖父に報告ができます。

    女性は最後に「ご無礼します」と深く一礼をした。


    一郎は思いあぐね、客へ掛ける最後の言葉が出てこなかった。

    “こちらこそありがとうございました” も “またよろしくお願いします” も、今ばかりは場違いな気がする。

    言葉なく一礼を返すと、客は萬屋ヤマダをあとにした。

    見送りを終えて部屋に戻り、ドアに鍵をかけようとした時、階段下から賑やかな声が二人分きこえてきた。

    「お??三郎じゃねぇーか。今帰りか?」
    「おい二郎、こんな遅い時間に帰ってくるなんて、近所迷惑じゃないか。」
    「なんで俺が帰ってくるだけで近所迷惑なんだよ。それに三郎だって今帰ってきたんだから同じゃね?!」
    「この遅い時間にも関わらず“いつも通りに”帰ろうとしてるから二郎は迷惑なんだよ。」
    「あぁ?どういうことだよ?!」


    一郎は再びドアを開けた。

    すると、階段を上ってきた弟たちが一郎に気づいて笑顔を向けた。

    「あ!ただいま、兄ちゃん!」
    「ただいま戻りました、いち兄!」

    一日の終わり、弟たちの笑った顔が嬉しかった。

    「おかえり、二郎 三郎。お客さんからケーキもらったから、一緒に食べようぜ。」












    ………





    むかし聴いた“有難い話”が、ふと脳内に浮かぶ。

    “この世のすべての物事が、互いに関係しあって存在している”

    今日の出来事も、かつてのラジオも、あの日の偶然の出会いも、全てが決められた結びつきだと言われるとなんとも信じがたい。因と縁と…あとはなんだっただろうか…。とにかくあらゆることが関わり合ったその結果、いまここに黄色いひよこのケーキが3つテーブルに並んでいるのだから縁とは不思議なものだ。


    一郎は弟たちとともに、
    いただきものにむかい、
    しっかりと手を合わせた。







    「 いただきます。 」







    感謝とお礼が、空の向こうまで届きますように。








    ― 縁起 ―





    おしまい











    2020/8/8 (加筆修正版 2022/10/15)@ujinzuijn
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