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    hisui_4miya

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    hisui_4miya

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    ・一人称、口調ぶれ有り
    ・捏造家族有り

    プロローグ ガタンゴトン。揺れる電車の窓越しに、移り変わっていく景色をぼんやりと眺める。乗った時にはたくさん居た乗客も、気がつけば隼人を含めて数人。窓の外は当に見慣れた高層建築物だらけの景色から、田畑やぽつぽつと住宅が建ち並ぶのどかなものへと変わっている。
     両親と共に何度も泊まりに行った父方の祖父母宅。古民家だが、新しい物好きでハイカラだった祖父の趣味でリノベーションが施された家。そこに今日から一人で暮らし始めるのだと思うと、やはり少々気が重たかった。

     きっかけは、正月だった。祖父母宅に帰省し、年末年始をのんびりと過ごしている時だった。祖母と母が作ってくれたお節料理をモグモグ美味しく食べている最中、日本酒が並々と入ったグラスををぐいっと煽った祖父の言葉だった。大学を卒業したら社会勉強としてフリーターをしながら一人暮らしをする予定だと言う隼人に、酒気で顔を赤く染めた祖父は「それならこの家に住むか?」と聞いてきたのだ。齧り付いたばかりの唐揚げが喉に詰まりかけて咳き込む隼人を見て、祖母があらあらと麦茶をグラスに注いでくれた。麦茶で唐揚げを押し流して、深呼吸を一つ。どういうことか、と祖父を見た。いつも通りのおおらかな笑みを浮かべて、酒をあおっていた。隣に座る父を見やる。琥珀色の目をわずかに見張らせて、けれどすぐに合点が云ったのか「ああ」と頷く。 
    「……何で?」
     何だか仲間はずれにされているように感じて、つい眉をしかめてしまう。口を一文字に結んでじとりと祖父と父を交互に見れば、二人は顔を見合わせて、隼人そっくりの笑い声を上げた。
    「拗ねるな拗ねるな! 全くもう!」
    「うるさい……」
     顔をじわじわと赤く染める隼人の顔を見て、父は遠慮もなく頭を撫で回してきた。如何にも子ども扱いが恥ずかしくて嫌で、父の手を払えばまた笑われた。母と祖母は男達のやりとりを見て、微笑ましそうにしていた。それがまた嫌だった。
    「……実はな、そろそろシニア向けのマンションだとかに移り住もうかと思って、ちょっと相談してたんだ」
    「元気なのに?」
    「はは、元気だからこそだ、隼人。ちゃんと自分の頭であれこれ考えて動けるうちに色々しないと隼人達が困ってしまうからな」
     だから、まずはこの家を処分ないし不動産に売却しようと考えていたんだ、と。しみじみとした様子で言われると何も言えない。終活の相談を孫にする者が何処に居る。仲間はずれに拗ねた自分がなんとも馬鹿らしい。
    「で、だ。一人暮らしするところをまだ探していないなら、この家に住むのはどうだ? じいちゃん家の周りは山と田んぼに畑だらけだが、大きな道路の辺りは栄えてるし、何ならこの町はベッドタウンだからアクセスは悪くないぞ」
    「隼人の好きな虫が来る木もたくさんあるしな」
    「車がないとちょっと不便なくらいかしらね、でも隼人は若いし、自転車があったら何処にも行けると思うわ。原付でも大丈夫よ」
     古い家だけど手はいっぱい入れたから水回りは綺麗だ、部屋もたくさんあるから物を飾る場所には困らない。家と家の間隔が空いているから、多少騒いでも音は気にならない、ただしトラクターの音は別だ。ローンは当にないから、隼人が払うのは一旦光熱費だけ。
     祖父と父と、ついに参戦してきた祖母がこの家の良いところ・悪いところ、おすすめの場所等々をニコニコ話し始める。身分証明書として運転免許は取得しているが、ペーパードライバーだ。体力には自信があるから、確かに自転車さえあれば何処にも行けるかもしれない。でも、限度がある。大好きで集めている物があるから、コレクションルームを作ることが出来るのはとても大きいメリットだ。それに、いくつもある部屋のどれかを防音室にしてしまえば歌うことも聴くことも好きに出来ることも利点だ。さらに暫く光熱費の支払いだけですむのが、非常に魅惑的だ。一気に詰め込まれる情報に、うんうん唸って頭を抱えている隼人は考える。断るべきか、了承するか。考えて、考えて。
     結論が出てこなくて、顔を上げたとほぼ同時にパンパンッと手を叩く音がして肩が跳ねた。見れば、母が呆れた顔で溜め息を吐いていた。
    「今はご飯の時間です、このお話は一旦おしまい」
     怒りを滲ませた瞳でまっすぐ見つめられ、父が居心地悪そうに顔をそらした。祖父達も申し訳なさそうに、また明日話そうと言われた。その言葉に頷いて、冷める前に食べなさいと皿に載せられた春巻きに箸を伸ばした。
     翌日、祖父と隼人の話し合いはすぐに終わった。眠る直前に散々思い案じた隼人は出した結論は、祖父母宅で一人暮らしをするだった。やはり家賃が浮くのは非常にありがたい。住む、と答えた時の嬉しそうに破顔した祖父の顔を見て、断らなくて良かったと心底思ったのだ。
     それからは怒濤の日々だった。卒業前のわずかな期間、祖父母の引っ越しと隼人の荷物移動が一緒に進み、週末は家の手入れや地域の挨拶回りに奔走することとなった。共に回ってくれた祖母が、地名や川の名前、神社や至る所にある名もない小さな社のこと。大通りにある店のことなど、詳しく教えてくれた。近所の方々は皆優しそうな人だった。祖父には大変世話になったから、困ったら何でも相談してくれと何人にも言われた。祖父は一体何をしたのやら、聞いても教えてくれなかったから詳細は分からずじまいだが。

    「次は○○、次は○○に止まります」
     アナウンスの声に、思考が過去から引き戻される。寄り駅だ、降りなければならない。
     立ち上がり、ボストンバッグを肩にかけてドア付近に立つ。がたんっ、大きく揺れて、電車が駅に到着した。開かれたドアから電車を降りて、改札にICカードをタッチする。こじんまりとした駅舎を出れば、外は快晴だった。さわさわと吹く風は心地が良い。まぶしさに目を細めながら空を仰いでいると、短いクラクションが聞こえた。駐車場とロータリーを見やれば、見知った車が一台あった。窓から顔を覗かせて、祖父が手を振っていた。
    「ありがと、じいちゃん」
    「どういたしまして、そんじゃあ軽くじいちゃんとドライブするか」
    「うん」
     荷物をトランクに置いて、助手席に乗り込む。車の中はエアコンが効いていて、少しだけ寒かった。
     車で十分ほど走れば、あっと云う間に祖父母宅に到着だ。山際の田畑に囲まれた、松や果樹・低木が生い茂る緑豊かな庭と、小さな畑がある古民家。車から降りて、塀の向こうから庭木を眺める。小さい頃はよく庭の木に登ったり塀に登って飛び降りて遊んだものだ。懐かしく思っていると祖父に名前を呼ばれた。トランクから取り出されたボストンバッグを受け取れば、祖父はまた車へと戻っていく。鍵は台所にあるから、と言い終わると同時にエンジンがかかって、祖父の車は走り去っていった。祖父母はすでにマンションへ引っ越し済み。今日からこの家に住むのは隼人一人だけだ。
     バッグを肩にかけ直して、庭に敷かれた飛び石をなぞる。小さい時はこの上を飛んで渡って遊んでいた。それもまた、懐かしい。
     玄関戸の鍵は開いていた。祖父の口ぶりから、もしや施錠していない? と思いはした。まさか本当に開けているとは思わなかったが。田舎とはいえ不用心がすぎるのでは、思えど云う相手はすでに此処には居ない。はぁ、溜め息を一つこぼして、戸に手をかけた。
     引き戸を開ければ瞬間、ふわりと香るお香のような、花のような不思議な匂い。いつ来ても香った、この家の匂いだ。広い玄関に置かれていた靴は一つもなく、壁に掛けられていた絵も靴箱に置かれていた花瓶もなくなっている。それが、少し寂しいが仕方がないことだ。
     ひとまず、祖父達が置いていってくれた家具と家電の確認をしなければならない。靴を脱いで、上がり框に足をかける。ふぅ、と一息吐いて、隼人はゆっくりと廊下の奥へと歩き出した。
      
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    hisui_4miya

    DONE・一人称、口調ぶれ有り
    ・捏造家族有り
    プロローグ ガタンゴトン。揺れる電車の窓越しに、移り変わっていく景色をぼんやりと眺める。乗った時にはたくさん居た乗客も、気がつけば隼人を含めて数人。窓の外は当に見慣れた高層建築物だらけの景色から、田畑やぽつぽつと住宅が建ち並ぶのどかなものへと変わっている。
     両親と共に何度も泊まりに行った父方の祖父母宅。古民家だが、新しい物好きでハイカラだった祖父の趣味でリノベーションが施された家。そこに今日から一人で暮らし始めるのだと思うと、やはり少々気が重たかった。

     きっかけは、正月だった。祖父母宅に帰省し、年末年始をのんびりと過ごしている時だった。祖母と母が作ってくれたお節料理をモグモグ美味しく食べている最中、日本酒が並々と入ったグラスををぐいっと煽った祖父の言葉だった。大学を卒業したら社会勉強としてフリーターをしながら一人暮らしをする予定だと言う隼人に、酒気で顔を赤く染めた祖父は「それならこの家に住むか?」と聞いてきたのだ。齧り付いたばかりの唐揚げが喉に詰まりかけて咳き込む隼人を見て、祖母があらあらと麦茶をグラスに注いでくれた。麦茶で唐揚げを押し流して、深呼吸を一つ。どういうことか、と祖父を見た。いつも通りのおおらかな笑みを浮かべて、酒をあおっていた。隣に座る父を見やる。琥珀色の目をわずかに見張らせて、けれどすぐに合点が云ったのか「ああ」と頷く。 
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