💀の頭に芽が生えた ほんの少し気になっている、クラスメイトの男の子。最近は登校すると、一番にその姿を探してしまう。教室に入って彼の鮮やかな青が視界の端に入ると、途端に心が弾んで浮き足立つ。
「おはよ、イデアくん。今日は生身なんだね」
いつものように声をかけると、彼は悲鳴をあげたあと小さな声で挨拶してくれた。この反応もすっかり慣れたものだ。そろそろオレにも慣れてくれたらいいんだけれど。
「あ。イデアくん、ちょっと……」
席に座ると、イデアくんの頭についた小さな葉っぱが目に入った。自室と教室の往復しかしていないだろう彼の頭に、葉っぱがつく機会なんてあるのかな。少し疑問に感じつつ、その葉っぱを払おうと手を伸ばす。
「んん?」
「な、なに……?」
どういうわけか、払えど払えどその葉っぱは払えない。というか、そもそも葉っぱに触れられない。さらによく見ると、その葉っぱはどうやら生まれたばかりの新芽で……信じられないけれど、たしかにイデアくんの頭から生えていた。
「イデアくんの髪って、種をまいたら芽が出るの?」
「は!? どういうこと?」
不思議な髪だからもしかして、と思ったけれど、イデアくんの反応を見る限り彼の髪にそんな特性はないらしい。オレは頭から生えている葉っぱを写真に撮って見せようと、スマホを取り出す。
「……あれ?」
「どうしたの」
なぜだか、スマホの画面に葉っぱが映らない。肉眼で見れば確かに生えている。でも、画面越しには見えない。スマホの画面とイデアくんの頭を何度も見比べて、首を傾げる。
「どういうこと?」
「いや、こっちが聞きたいが」
イデアくんの意見はもっともだ。これは自分の目で見てもらうしかないと鏡を取り出し、イデアくんに手渡す。
「ほら、ここ。芽が生えてるでしょ」
「え、どこ?」
「ほら、ここだよ」
「ここって言われても、ただ青い髪が映ってるだけだけど……もしかして、からかってる?」
「まさか!」
何度指差してもそんな物ないの一点張りで、どうやらこの葉っぱはイデアくんには見えていないらしい。あらぬ疑いをかけられたために慌てて近くを通った子に助けを求めたけれど、回答はイデアくんと同じだった。
「変な魔法でもかけられちゃったのかな」
「本当に見えてるの? ケイト氏疲れてるんじゃない?」
「そんなことないけどなぁ」
疲れが見せた幻覚だというならそれでもいいけれど——実際に昨日は少し夜更かししちゃったし——もしどちらかに魔法がかけられているのだとしたら心配だ。今のところ実害はないし、明日になったら消えているかもしれない。とりあえず、しばらく様子見かな。それにしても、頭に芽が生えてるなんて少しかわいいかも。写真に撮れたらよかったのに。
「……成長……してる……」
「へ?」
三日後、教室に現れたイデアくんの頭には相変わらず葉っぱが生えていた。以前会ったときから着実に成長していて、見えているなら誰もが気づくくらいの大きさになっている。
「この前の葉っぱ、今はこんな感じになってるよ」
「は? やっぱ君どこか具合が悪いんじゃない?」
写真には撮れないから、仕方なく絵に描いてイデアくんに見せてみる。燃える青い髪にぽつんと生える緑の若葉。こう絵に描いてみると、結構愉快だ。これ、オレの目がおかしいのかな。他の人には見えない葉っぱを頭に生やしているイデアくん体のほうがよっぽど心配だけれど。
それからも、イデアくんの頭の葉っぱはどんどん成長していった。初めは双葉だったそれもぐんぐん伸びて、たくさんの葉をつけた。でもこの葉っぱ、水はシャワーから得るとして、栄養はどこからもらっているんだろう。イデアくんから吸収しているのだとしたら、彼の体が心配だ。オレは会うたびイデアくんの体調を心配したけれど、イデアくんはオレのほうを心配しているみたいだった。
「蕾じゃん! 花咲くの?」
「ケイト氏には僕がどう映ってるの!?」
数日ぶりに会ったイデアくんの頭の葉っぱには、かわいらしい蕾がついていた。植物なんて授業以外でまともに育てたことがないからわからないけれど、こんなに早く成長する品種もあるのだろうか。それとも、この葉っぱが特別なのだろうか。イデアくんの体を心配しつつもその葉っぱに愛着が湧いていたオレは、触れもしないのに柔らかそうな蕾をツンと突くふりをする。
「どんな花が咲くのか楽しみだね」
「やっぱ君どっかおかしいんじゃない……?」
イデアくんいわく、この葉っぱのことを指摘するのはオレだけらしい。これだけ成長していて誰も気づかないわけがないし、ホントにオレにしか見えてないんだな。なんだか少し特別感があって嬉しいかも。欲を言うと、イデアくんにも見えていて欲しかったけれど。
「わあ! ついに咲いたね!」
「いや本当さぁ、ケイト氏大丈夫?」
更に数日後、ついにイデアくんの頭のそれは花を咲かせた。鮮やかな黄色がイデアくんの髪の青と対比してとてもきれいだ。思わずスマホを取り出して写真を撮ろうとしたけれど、やっぱりそれは映らなかった。仕方無しにせめて絵に残そうと、その日はずっとイデアくん頭を観察していた。自分が育てたわけではないけれど、なんとも感慨深い。オレって、植物育てるの結構好きだったりするのかな。でも花が咲いて、その次はどうなるんだろう。ずっと咲きっぱなしかな。それはそれで面白いけれど。
「……イデアくん、それ……」
「なに、またなんか成長した!?」
「いや……」
次にイデアくんに会ったとき、きれいに咲いていた花は花びらは何枚か落ちていて、残りの数枚もすっかり元気をなくしていた。もしかして、花が咲いたらその次は……枯れてしまうの? 普通に考えたら確かにそうだ、ずっと咲き続ける花なんてそうそうない。そうだとしても、枯れてしまったらどうなるのだろう。もしかして、イデアくんにもなにか影響がある? まさかまさか、この頭の葉っぱはやっぱりイデアくんの体調を表していて、枯れるってことは——
「イデアくん!」
「はい!?」
「体、大丈夫? どこも悪いところない? お腹痛いとか、頭痛いとか!」
「ないよ、急にどうしたの」
不安になってイデアくんにまくしたてる。今のところ悪いところはないし、自分で気づかなかったとしてもオルトちゃんがなにか気づくだろうってイデアくんは言うけれど、だったら葉っぱの状態はいったい何を表しているのだろう。体調を表しているのではないんだったら、もしかして寿命? 今どこも悪くないってことは病気とかじゃなくて……事故に合う、とか? そんなの、そんなの……!
「イデアくん……死なないで」
「な、なんで!? ケイト氏、どうしたの」
「だって、だって、花が……」
「よくわからないけど、僕の体に異常はないよ。それに僕がどうにかなったところで、ケイト氏がそんなに悲しむことなんてないでしょ」
「そんなわけないじゃん!」
思わず大きい声を出してしまう。イデアくんが死んでも悲しまないなんて、そんなことあるはずない。そんなふうに思われていたことが悲しくて、目の奥がキュッと熱くなる。だってだって、イデアくんと一緒にいて、オレこんなに楽しいのに。毎日その姿を探して、許される限り話しかけて、オレ、イデアくんのことがこんなに——
「……好きなのに……」
「……へ?」
口をついて、言葉がこぼれた。イデアくんが死んじゃうかもって思ったら、早く伝えなきゃって、そうしないと後悔するって。……ううん、そんなこと考えるよりずっと前に、自然と、声に出していた。
「……好き、イデアくんのこと、好きなのに。大好きなのに。死んじゃったら、悲しいに決まってる」
「……ケイト氏……」
見上げると、驚きと戸惑いに揺れる瞳と目が合う。でもそこからは拒否感や嫌悪感なんて感じなくて、むしろ……
「わっ」
「な、なに!?」
残っていた最後の花びらがはらはらと散るのが見えて、視線をイデアくんの頭に滑らせる。すると、ぷくっとしていた花の中心はみるみるうちに赤くなり、かわいらしい小さな実となった。と思ったら、その実ががくからころりと落ちてきたので慌てて手を伸ばす。これまで一度も触れなかったのに、オレの手のひらに転がったそれは、ゆっくりと溶けるように消えていった。
「えっ……。え!?」
手のひらのそれが消えるのを見届けたあと何となく見上げると、イデアくんの頭の葉っぱも跡形もなく消えていた。とっさのことに許可も得ず髪を弄っても、その痕跡はどこにも見当たらない。
「なに、なに! 今度はなに!?」
「イデアくんの頭の葉っぱが……消えた……」
「消えた? 枯れたとかじゃなくて?」
「うん……消えた……。イデアくん、ホントになんとも無いの?」
かれこれ何度したかわからない、イデアくんの体調確認。今回も結果は同じで、ホントに何も異常ないという。それでもどうしても不安を拭いきれずにソワソワとするオレを、イデアくんはそんなに心配ならちゃんと検査するから、と宥めた。
「それより、その。ケイト氏。さっきの話……だけど……」
「え?」
——イデアくんの頭から葉っぱがなくなってしばらく経った。念の為と校医の先生に診てもらったり、リリアちゃんに怪しい魔法がかけられていないかを確認してもらったりしたけれど、何も異常は見られなかった。異常がないならそれに越したことはないけど、なんとなく腑に落ちない。
「結局、何だったんだろうなぁ」
「君が見えてたっていうあの葉っぱのこと?」
イデアくんの部屋のベッドに寝転びながら、あの不思議な日々のことを思い返す。ネットや図書館でいろいろ調べたりもしたけれど、やっぱり何もわからなかった。
「ちょっと思うところがあるんだけど……笑わない?」
それまでデスクに向かってパソコンをカタカタさせていたイデアくんが、こちらを向いて聞いてくる。イデアくんもなにか調べてくれていたのだろうか。
「あのとき、実が君の手のひらに落ちてきたんでしょ」
「うん」
「それって、さ……」
急に歯切れ悪くなったイデアくんに首を傾げる。なにか言いづらいことでもあるのだろうか。と思えば、パチパチと毛先が赤く燃えていく。
「それって、実ったんじゃない? 君の、恋が」