骨が折れたなら接ぎ、皮膚が裂けたなら縫えば済む話だ。なのに、誰からも見えない場所で身勝手に膿んだ傷だけが治らないでいる。隙間から覗く肉に爪を立てて抉り続けるのは、きまって異母弟の存在だった。
だが、俺に危害を加えようとするなど、勇作は最もかけ離れた人物ではなかったか。今まで言葉を交わすうち感じたことだ。悪い噂を聞くこともついになく、皆が憧れるさまは聯隊旗手にふさわしかった。散漫となりがちな各々の心を、一手に集めて導いていく。
例えば俺の身に何かあったならば、自分のこと以上に案じるのだろう、あいつは。長く歩くうち看過できなくなってきた異変を、勇作に押し付けるにはまるで辻褄が合わない。しかし、幾度も影がよぎることは事実だった。
花沢勇作は、あの人柄に見せかけて実は正反対の良からぬ一面もあった。きっとそうだ。兄である俺を慕うそれは本心ではなかった。俺が見たものが真実とは限らない。だからそんな奴を気にしても意味がないんだ。
息絶えた者を、後から好き放題に仕立て上げるなど簡単だ。それでも思考を繋ぎ止める糸がほつれ、不調和をきたすのだから何とも面倒臭い。
あいつが俺を苦しめようとしている。
いや、苦しめるはずがない。
あいつに非があったから撃った。
あいつは……。
「うるさい!」
終わりの見えぬ自問自答を断つように声を張り上げた。
名を付けられないまま堆く積もったものが邪魔で仕方がない。そうして、今だけは現れてくれるなと顰めた顔を上げる時に限って、亡霊がまた佇んでいるのだった。
旅路で繰り返すこの現象を、悪霊の仕業だと思うのも無理があるだろうか。しかし、深さの分からぬ色になった己をわざわざ覗き込む気は起きない。
とうに数えるのをやめた感情はあいつの形をして、今にも何か言いたげでいる。どうせ、口元が緩やかに動いて俺を呼ぶのだろう。あの頃とまるきり同じ調子で。
死者の変わらなさが生者を掻き乱していくのは、なんと滑稽なことか。
思い切り笑ってやろうと、息を吸った。途端に痛みが身体を駆ける。
癒えない傷口がまた、みっともなく開くのを感じた。