月影は獣の輪郭をくっきりと象り、古びた木目に濃紺を焼きつけていた。獣の色めいた気息が四辺に吸い込まれていくあお白い部屋。そこに足を踏み入れた時点で、この勝負は半助の負けだった。
今宵は満月だったから。獣にまた一歩と近づく男は、その身に今ふたたびの呪いを受けたのかもしれなかった。
そもそもは愛らしい弟だったはずだ。それこそ珠のような。土井半助は一度は失った大切なもの──家族を得る幸運に恵まれた。美しく強かで愛情深い母、不器用ながらもほんとうの息子のように気に掛けてくれる父、そして自分を無条件で慕ってくれる弟。彼と共に過ごす時間は実に甘美なものだった。心地好かった。気を張ることも計略を巡らす必要もなく、相手の言葉の裏を読まなくていい。ただ肩の力を抜き、他愛のない話をする。失くしたはずの心のかたちを、彼がその小さな手のひらで優しく撫ぜ、包み込んで、「たしかにここにある」と見つけてくれた。
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