成神と仲が良い不動の話 広いグラウンドにホイッスルが響く。
「よし、十分間休憩! お前たち水分しっかり取れよ」
風丸の声を合図に周囲に散っていたチームメイトたちがそれぞれベンチへと集まっていく。
何の変哲もないいつもの練習風景だ。でも近頃、佐久間には気になっていることがある。
ベンチに辿り着いた佐久間はひとまず用意された自分のボトルを手に取った。タオルで汗を拭いながら、言われた通り水分補給をする。人心地ついて辺りを見回すと、他のチームメイトも各々簡単な休憩を取りながら試合においての戦術や練習メニューについて話したり、普段と変わらない過ごし方をしていた。
そんな中、佐久間の視線はある一点でぴたりと留まった。つんつんと逆立つ紫の髪にシンプルだけど目立つ無骨なヘッドフォン。一年の成神だ。成神は変声期前のよく通る声で傍にいる不動に「お疲れ様です」と声を掛けていた。
最近、この二人がよく一緒にいるのを見かける。アップダウンのストレッチ中や練習後の更衣室で、大体は人懐こい性格の成神がぽつんとひとりでいる不動に近寄っていくというパターンで、まるで親鳥の後ろを付いてまわる雛鳥のような二人の姿が目立つようになった。気が合うのだろうか、そもそもあの不動と気の合う人間がいるのだろうか。佐久間はそんな風に思いつつも、ここのところ嫌に二人が気になって目が離せないのだった。
どうやら二人を気にしているのは佐久間だけではなかったようで、周りの何人かの視線もちらちらと成神と不動の方を向いていた。しかし当の本人たちはそんな視線に気が付いてない。
「おい、ガブ飲みすんなっつったろ」
不意に不動の膝が成神の背中を捉えた。
「………ゴフッ!」
成神は衝撃で口に含んでいたドリンクを噴き出してしまう。
「ったく、何回言や覚えんだよ。量を飲めばいいってもんじゃねぇ、後々キツくなっても知らねーぞ」
「す、すみません」
不動の言動は荒っぽいが決して成神を邪険に扱ったりはしない。先輩風を吹かして偉そうにしているわけでもなく、本当に気心の知れた間柄のように見える。
「お前らまるで兄弟みたいだな」
近くにいた辺見が二人に向かってからかい混じりに言った。成神は照れたように笑っている。不動はやれやれと肩をすくめつつもまんざらでもない様子だった。
不動の不器用な優しさを好ましく思う反面、佐久間の胸はざわついた。態度が全然違うじゃないか。不動が意外と良い先輩をやっていることに無性に腹が立つ。
「佐久間、どうかしたか?」
表情に出ていたのか、源田が心配そうに佐久間の顔を覗き込んだ。
「なんでもない……行こう、そろそろ練習再開だ」
佐久間は胸に湧いた冗談みたいな感情を消し去るようにフィールドへと駆け出して行った。