倉南 小麦の焼ける甘い匂い、パチパチと弾けるベーコンの食欲をそそる香ばしい香り、朝の光が差し込む部屋で朝食を準備する。足元にある膝までの高さしかない小さなひとり暮らし用の冷蔵庫から玉子ふたつを取り出して、ベーコン入りのフライパンにぶち込んだらおおよそ完成。料理と呼ぶには大層な感じがするけれど、皿に移せばそれなりに見えなくもない。
倉間は二人前のベーコンエッグトーストを部屋のほとんどを占めるこたつ机の上に並べながら、ベッドの膨らみに声をかけた。
「コーヒー淹れますね」
丁度いいタイミングで予めセットしておいた電子ケトルがカチンと音を立てる。倉間は数歩の距離のキッチンに戻り、インスタントコーヒーの瓶と色も柄もちぐはぐなふたつのマグカップを手に取った。正直なところ、コーヒーの味なんて未だによくわかってない。ミルクと砂糖が入ってないと飲む気にもならない。それでもたまのお泊りの日にはこうして以前「朝はコーヒーがいい」と言った恋人に合わせることにしていた。
「冷めるんで、そろそろ起きてください」
用意が全て済んだところで再び声をかけた。しんと静まり返っていたベッドの膨らみがやがてもぞもぞと動き出す。
やっぱり起きてた。倉間はそう思ったが、口にしないように努めた。身体を起こし、長い前髪に指を絡める気だるげな南沢を見つめる。
「おはようございます」
「………ん、」
返事ともとれないような一言を残し洗面所へと消えていく南沢に「先に食べてますからね」と断りを入れて倉間はトーストを一口頬張った。
ふたりで迎えた朝はまだ数える程しかないけれど、いつも通りの光景だった。南沢は朝になると少し人見知りになる。口数が極端に減り、顔を合わせることを嫌がった。
初めのうちは随分と戸惑った。朝が特別苦手というわけでもなさそうなのは今までの付き合いの中で知っていたから、思い当たるのは自分の行いでしかない。夜のうちに何か気に障ることをしてしまったのだろうか。もしかしたら身体に無理をさせてしまったのかもしれない。そもそも誘ったのが強引だったか。南沢は「そういうわけじゃない」という否定こそしてくれたけど、他は何も答えなかった。
しばらくはあれこれ必死に理由を探ったり、ベタベタ纏わりついてみたりしたけれど、それが逆効果だと気付いてからは今のように落ち着いた。出来るだけなんでもない風を装って自然に接する。そうしてある程度時間が過ぎれば徐々に普段の南沢に戻っていく。恥ずかしいからそっとしておいてほしい、言外の雰囲気からそういうことなのだと倉間も徐々に理解していった。
面倒な人だと思う反面、そこが南沢のかわいいところだった。初めて出会ってからもう随分経つのに未だ新鮮な気持ちが抜けない。一緒にいて飽きない。きっとこれからも。
甘ったるいコーヒーよりも甘ったるい自分の思考に噎せ返りそうになりながら倉間は洗面所から南沢が戻ってくるのを耳をそばだてて待った。