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    rainno🐌

    @shamisembrella

    かたなとさにわ中心。一次創作農家出身。
    絵と字を描くかたつむり。雑食で偏食で悪食。

    drawing / writing
    fanarts mained Touken Ranbu / my originals
    they might contain immorality and palaphilia.

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    rainno🐌

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    一次創作。
    小説のようなシナリオのような。

    歌を忘れた少年と声を失くした少女が音の無い世界で出逢う話。

    ##original



    『ルートヴィヒとクラリネット』


     ― 1 ―

     高校に進学した春、木菅美鈴(こすがみれい)はひとり校舎の廊下を歩いていた。新しい担任が不要な気を利かせて、吹奏楽部の定例演奏会には出なくていいと言ったのだ。いくら自分が出席すると訴えたところで、無理しなくていい、内申には響かないようにする、の一点張りだ。声を荒らげられたなら気迫押しもできたのだろうが、手話や筆談では伝わるものにも限度がある。向こうは一応厚意のつもりなんだろうし、あまり無下にするのも悪い気がして、結局はその提案を呑む事にした。
     昨年のちょうど今頃、美鈴は高熱を出し倒れた。原因ははっきりしなかったが、おそらくは感染症の類だろうとの事だった。命に別条は無く、昏睡状態から醒めたあと二週間程度の療養で体調は快復した。耳と声を失った事を除いて。
     長時間熱に浮かされ続けた影響で聴覚神経と声帯に障害が残り、音を感じる事も発する事もできなくなってしまった。幾ら楽観主義とて、それにショックを受けなかったといえば嘘になる。しかし、かといって塞ぎ込んでしまう柄でもなかった。友達と話すため、同じ学校に通うため、必死に手話や読唇術を身に着けた。そうするうちに、耳では感じられなくても、音は確かにそこにあるのだと気づいた。空気から肌に伝わる振動が、聴覚を通さずとも脳に音を届けてくれる。だから演奏会も音楽の授業も、美鈴にとって決して無意味なものなどではなかったのだ。
     演奏会は午後最終の一時限で行われ、終了後はそのまま放課となる。先んじて下校してしまっても差し障りは無かったが、人の気配から遠い校舎というのも新鮮で、普段は行きづらい上級生のクラスやまだ授業を受けた事の無い専門教科室などを、ウィンドウショッピングのように覗きながら練り歩いた。

     実習棟の東階段を3階まで昇ると、すぐ左側の突き当たりで引き戸が細く口を開いて西陽を洩らしていた。上部の札には“第2音楽室”と掲げられている。美鈴は吸い寄せられるように扉へ近づき、その細い隙間を拡げた。
     室内は閑散としていて、椅子も机もカーテンすら無く、白紙の五線譜が並ぶ黒板の前にぽつんと置かれたグランドピアノが小さく見えてしまうほどにがらんとした空間を、南西向き一面の窓ガラス越しに午後の陽光が満たしていた。

    『何してるんですか?』

     美鈴は携帯端末のメモにそう打ち込んで、ピアノに向かって佇む人物の目の前に差し出した。特に物音を忍ばせたつもりも無かったが――美鈴にはそれを確かめる術も無いのだが――余程何かに集中していたのか、突然視界に現れた液晶画面に彼は大層驚いている様子だった。

    『1年の木菅美鈴です
     耳が聴こえないので筆談で失礼します』
    『あ、唇の動きでわかるので普通に喋ってもらって大丈夫ですよ!』

     再度掲げられた文字を見て、彼も自分の端末を取り出し何かを打ち始めた。

    『敬語は要らない。1年の鳴海神楽。
     おれも聴こえてない。読唇術できないからこれで。』

     自分のほかにもそんな人が居るのかと意外に思いながら、美鈴は頷いて承諾の意を示す。
     互いに筆談ならばメモを使うよりよかろうと、メッセージのアカウントを交換した。

    『ここ、音楽室だよね?
     ピアノあるし』

    『そう、あんまり使われない第2の方。文化祭とか近くなるとパートで分かれたりもするけど。』
    『ここ、普段から鍵開けっぱだし陽当たりもいい。授業中や演奏会のあいだは誰も来ない。サボりの穴場。』

    『そうなんだ』
    『あれ?
     定例演奏会って今日が初めてじゃなかった?』

    『今年度はね。留年したから2周目。』

    『えっ
     じゃあやっぱり先輩じゃないですか!』

     ですます調に戻った文章を見るなり、神楽はやれやれとばかりに肩を竦めた。

    『何月生まれ?』

    『5月です』

    『おれ1月だから元々同い年。敬語打つの面倒だし名前も呼び捨てでいい。字数少ない方がいいでしょ。』

    『確かに
     じゃあお言葉に甘えて』
    『読み方「なるみ かぐら」で合ってる?』

    『そうだけど、聴こえないなら読み要らなくない?』

    『知らなきゃほかの人が言った時にわかんないもん』

    『おれの名前なんか呼ぶ奴居ないよ。1年に知り合い居ないし。』

    『あたしはもう知り合いでしょ』

    『そういうのうざいって言われない?』

    『残念ながらあたしの周りにそんな心ない人はいませんでした』

    『おめでとう。最初のひとりだ。』

     どうにも、少し捻くれた性分らしいと今度は美鈴が軽く息を吐く。洒落た返しも特に思いつかないから話題を変える事にした。

    『それ楽譜?』

    『ゴミだよ。』

    『丁寧に譜面台に広げられてるのに?』

    『ああ。歌えないし聴こえない、価値の無いゴミだ。』

    『誰かが作ったものにそんな言い方よくないよ』

    『いいんだよ。作ったのおれだから。』

     それを受けて、美鈴は“鳴海 神楽”という字面を記憶の中に思い起こす。

    『そういえば、職員室前の掲示板に作曲コンクール入賞者って』

     先程よりも遥かにあからさまに、辟易とした顔で神楽は端末のキーを叩く。

    『いつまでもあんな過去の記録貼り出しておくなって思うよ。生き恥晒してる気分だ。』

    『なんで?
     すごいことじゃない』

    『自作の詞部門はそもそも人数が少ない。出場者3人なのに銅メダル獲ったって嬉しくないだろ。』

    『いやさすがにコンクールで3人ってことないでしょ』

    『ものの例え。』

    『みんながやらないことやってるなら、やっぱりすごいと思うけど』
    『耳が聴こえなくなってやめちゃったの?』

    『逆だよ。』
    『思うように歌えなくなって、曲も作れなくなって、音から逃げた。聴きたくないと思ったら、聴こえなくなった。』

    『声変わり?』

    『情けないだろ。自分でもそう思う。けどそれはおれが思ってた以上に、おれにとって大事なものだったらしい。だからこれだって、ゴミだとわかってるのに捨てられやしないんだ。』
    『ごめん、余計な事喋りすぎた。忘れて。』

    『ううん』
    『見た感じおとなしそうだから、たくさん話してくれて意外だった』

    『よく言われる。話す前後で印象違うって。』

    『あたしは言われたことないな』

    『見た目どおりだし。』

    『なんか失礼』

    『悪い意味じゃない。素直で明るそうだなって。頭も性格も悪くなさそう。』

    『急に褒められると変な気分』

    『思った事言っただけ。』

    『じゃあ素直にお願いするけど、その楽譜見てもいい?』

    『どうぞ。読めるの?』

    『昔ちょっとピアノやってたからなんとなく』

    『そっちの方がすごい。おれ楽譜見ても音わかんない。』

    『えっ!?』
    『だってこれ自分で書いたんでしょ?』

    『PCや携帯に入力すれば音出してくれるし、おれは主旋律だけ作って書き写しただけ。楽器できなくても絶対音感なくてもなんとかなるんだよ。便利な時代だ。』

    『じゃあこの伴奏は?』

    『ピアノできる相方が作ってくれた。先輩になっちゃったけど。』

     画面から顔を上げると、美鈴がピアノの前に腰掛けようとしているのが視界に入る。

    『弾くの? 聴こえないのに。』

    『音を感じるのは耳だけじゃないよ』

    『まあ、そうだけど。』

     美鈴は端末を膝に置き、鍵盤に指を立て、とりどりの符号が乗った五線譜を目でなぞった。神楽は瞼を細め、どこか寂しそうにその姿を眺めていた。
     不思議な感覚だった。掲示板に出された彼の名前がそうだったように、この歌も聴き憶えがあるような気がして、頭の中に流れる旋律を口ずさもうと喉を開いたのは無意識に近かった。

     目を見開く。凪いでいた水面に一石が投じられるような、そんな感覚。あまりの衝撃に遣り場を求めて、隣に立つ人物を見上げると、鏡写しのように彼もまた驚きの表情を浮かべていた。美鈴は慌てて膝の上の端末を手に取る。

    『今あたしの声聴こえた』

    『おれも聴こえた。』

    『えっ?』

    『もう1回やって。』

     神楽を見遣ると、高揚と動揺の入り混じった、なんとも複雑な顔をしていた。終始すかした態度を取っていた彼には大きな表情の変化だった。そしてそれは縋るような眼差しにも美鈴は感じた。
     目配せで促されるまま、もう一度指と喉を動かす。

    『やっぱり聴こえる』
    『ピアノの音とあたしの声』
    『この曲を弾いた時だけ……?』

     神楽は美鈴に寄りかかるように自分の書いた楽譜を覗き込み、自らも口を開く。しかし。

    『なんで……僕の声は聴こえないのに……』

     ぱくぱくと空白を紡ぐ唇から、美鈴はそう読み取った。神楽の声は聴こえない。美鈴にも、彼自身にも。
     苦い顔で項垂れた一瞬のち、神楽は何かを思い立ったように傍らに置かれたスクールバッグから別の譜面を取り出した。

    『こっちは? これも歌ってみて、僕の作った曲!』

     もはや端末に打ち込む事も忘れ、興奮した様子で声無き叫びを神楽は発する。いや、実際に叫んでいたのだろう。そこに聴く者が居ないだけで。

    『聴こえる
     神楽の曲だけ聴こえるんだ』

     変わるがわる、持ち合わせていたすべての曲を弾き終えて、その結論に至る。神楽の作った曲を美鈴が弾き語った時だけ、それは彼らの耳に届く。

    『変な感じ
     ほかの音全然聴こえないのに』

    『でも、だから余計鮮明に聴こえる。』

     不思議な出来事に、どちらからともなく顔を見合わせる。
     管楽器の音色が止み、校舎がざわつきを取り戻し始めた事に、彼らは気づかないままだった。

     歌を忘れた少年と、声を失くした少女――音の無い世界でふたりは出逢い、運命が動き出す。
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