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    kiri_nori

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    kiri_nori

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    メル燐。甘えた声を出すあまぎの話。

    ##メル燐

    「メルメル~」
     わざと甘えた声を出して目の前の男の名を呼ぶ。メルメルはこっちに視線を向けた後、大きくため息を吐いてから自分の頭に手を当てた。おい、まだ名前を呼んだだけで何も言ってないんですけど。
     とはいえ、俺っちも今までの行動からしてメルメルが面倒くさそうな顔をすることは分かっていた。大方、甘えた声で名前を呼ばれるとろくなことがなかったとでも考えているのだろう。麻雀から去ろうとしているメルメルを引き止めたりと色々とある前例を思い出せば無理もない。こんな声で呼んでおいて真面目に仕事の話をした記憶もないし。
     というか自分でもかわいいと思ってこんな声を出しているわけではなく、メルメル相手に甘えてみたところで要求が通りやすくなるとは思っていない。言ってみればその場のノリにすぎなかった。
    「…………何ですか」
    「そのチョコ俺っちにも分けて」
     ここまで甘えた声を出すならとメルメルが持っている個包装のチョコを指差しながら勢いで小首も少し傾げてみる。別にここまでしなくても最近のメルメルなら一個くらい分けてくれるであろうことは分かっている。どこかブランドの店で買った物や貰った物ならともかく、見る限りコンビニ辺りで買った普通のチョコだ。むしろ、こんな声を出している方が断られる確率が上がるのだが、勝算の低い賭けは嫌いじゃない。
     一瞬だけメルメルが眉をしかめたことが分かった。ああ、これは断られる方だな。それならそれで別に構わない。次わざと甘えた声を出す時は声色を調整したりするだけで……ってあれ?
     チョコを一個取り出したメルメルは俺っちの方に差し出してきている。えーっと、つまりこの状況は。
    「……俺っち、もらっていいの?」
    「は? あなたが言ったんでしょう? 要らないならHiMERUが食べますが」
     今すぐにでも自分が食べるといった勢いでメルメルが封を切ろうとしたので、つい慌てたような声を出してしまう。
    「待て待て! もらう! もらうから! メルメルサンキュ!」
     しょうがないと言わんばかりにこちらに向かって差し出されたチョコを受け取った。ここで少しでも躊躇すればメルメルは容赦なく自分で食べていただろう。
     ……それにしても、一瞬だけあんな顔をしておいて本当にくれるとは予想外だった。メルメルなら断ったところでおかしくないし、さすがに俺っちの甘え声が嫌だったから眉をしかめたと思ったのだが。
     それともいざ買ったはいいが量が多くて実は困っていたのだろうか。ニキに言えば喜んで食べるし、こはくちゃんにだってそうだろう。嫌な思いをしてまで俺っちに渡す理由なんかないはずだ。本当に一瞬だったから、眉をしかめたことが見間違いという可能性も一応あるけれど。
     でもこの距離で俺っちが見間違えるとは思えねェんだよなァ……。
     ちょっと釈然としない気持ちを抱えながらも、口の中にチョコを入れれば甘い味が広がった。



     その後もメルメルがどういう反応をするのか知りたくてわざと甘えた声で名前を呼んでみたりもした。ただ、回数を重ねればメルメルだって慣れてくるもので普段と変わらない対応をされることが増えてきている。しかも、声をかけるタイミングでメルメルが都合よくお菓子を持っていることが多いものだから、その度に俺っちの手の中にはお菓子が渡されていた。
     メルメルも断ればいいものの不思議と断らないのである。どこまでならセーフなのか試したくてシナモンでケーキを食べている時に「一口ちょうだい」と言ったら、本当に差し出されそうになって慌てて冗談だとごまかしたこともあった。
     他のヤツ相手にはそんな姿見たことない……というかメルメルに言うヤツがまずいない気もする。少なくともシナモンにいる時ならニキだってメルメルに頼むよりも先に自分で作るなりして食べるだろう。
    「燐音くん入りま~す」
     そんなことを考えながら楽屋の戸を開ければメルメルが一人で座っていた。
    「ニキとこはくちゃんは?」
    「まだですね」
    「ふ~ん、まァそのうち来るだろ」
     軽く会話を交わしながらメルメルの隣に座っても何も言われない。俺っちが入ってきたときに誰かを確認するように台本から顔を上げたが、隣に座る頃にはもう目線が台本に戻っていた。
     まだ時間があるからそれは後で確認するとして、テーブルの上にタブレットが見えるのだ。二人が来ていない時点で持ち主はメルメルで確定だろう。そうじゃなくても、俺っちも含めてメルメル以外はあんまり自分でタブレットとか買わない。
    「メルメル~」
     何となく、こういう声を出して名前を呼ぶのも慣れてきたなと思っているとメルメルの手がタブレットへと伸びた。そのままフタを開けるとそれをこちらに向かって差し出してきた。えーっと、これはつまり手に出してくれるということだろうか。
    「……俺っちまだ何も言ってねェけど?」
     メルメルの行動が間違っていないことを棚に上げて質問をする。別にそろそろ察していてもおかしくない頃合いではあるが、分かっていても言われるまでは動かないだろう。少なくとも俺っちがこれを言い始めた頃のメルメルはそうだったと思う。
     ふむ、と言いながらメルメルが自分の口元に手を当てて考え始める。本当に無意識からの行動だったのか、今考えているのがただのポーズなのかそこまでは分からない。
    「そうですね。……HiMERUとしても確信があったわけではないのですが、あなたがかわいい声を出すときは何かねだりたいことがある時ばかりだったものですから」
     メルメルがしれっと発した言葉をどうにか頑張って飲み込もうとする。心の中で何回も何回も咀嚼してようやく飲み込んだ。
    「…………は?」
     飲み込んだ末に出た言葉がこれだけである。
    「まさか自覚がなかったのですか? てっきり……」
    「いやいや! え、なに? メルメルって俺っちのあのわざとらしいくらい甘えた声をかわいいと思ってンの!?」
     他に訊くことはあったと思うのに一番に出た疑問がこれだった。こんな風貌の男が甘えた声なんか出したところでこれっぽっちもかわいくはないだろう。アイドルをやっているのだ。周囲からどういう風に見られているかは意識している自信がある。その上で俺っちはあれを全くかわいくないと思ってやっていた。何だったら鬱陶しいとも思っている。
     HiMERUは他人に対してもそういう目を持てるヤツだと考えていたのだが……。
    「はい」
     かわいいと思っていますけど何か?と言わんばかりに頷かれた。
    「……嘘だろ」
     つい頭で考えるよりも先に言葉が出てしまう。
    「嘘ではありませんよ。HiMERUも天城を初めてかわいいと感じたときは抵抗がありましたが、割と回数を重ねましたので今では普通に受け入れているのです」
     割とっていつからだよ……。そう思ったがどんな答えを返されてもまともに返事が出来るとは思わないから声に出す直前のところで飲み込んだ。
     メルメルは片手に持ったタブレットを軽く振る。
    「それで結局天城はいるのですか? いらないのですか?」
    「……いる」
     素直に手を差し出したところで、今後コイツの前で甘えた声を出すのは止めようと決めた。俺っち相手に本気でかわいいと感じているらしいメルメルを止めるには今のタイミングしかないと思ったからである。止められるかは、うん。目の前の男の笑顔を見ていたら自信はないのだけれど。
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