今更、好きな人に可愛い子のフリするなんて無理。
腐れ縁ってこういう時に厄介やなぁと思った。
夏休みも残り僅か。
地元で開催される最後の夏祭りに、友達と集まる。
というか、ほぼクラス全員ではないだろうか。
「ねぇー見てやチリー!」
「お!浴衣着てきたん?」
「ねぇ、どうかな?」
「よう似合とるやん」
クラス全員が集まっているといっても、いくつかのグループに分かれて盛り上がっていた。
私もよく話す友達たちと何の屋台行くか相談しあっていると、聞き覚えのある声がやけにはっきりと聞こえた。
ちらりと声のする方向を見ると、チリが浴衣を来た同級生と話をしている姿が見えた。
チリから浴衣姿を褒められた女の子は、嬉しいのか頬を赤らめて嬉しそうに笑っていた。
浴衣……着てこればよかったかな……。
出かける前に、母には着ていくか聞かれたが動き回るのでNoと答えたけど、断らんかったらよかった。
けど、着てきたところでなぁ……別にチリに見せたいわけとちゃうけど……。
なんて、見苦しい否定の言葉を頭の中で繰り返すから、友人たちの会話があまり頭の中に入ってこなかった。
「お、やっと見つけた」
「げ……」
「げ、ってなんやねん。げって」
「そのまんまの意味や」
「はぁ~、可愛くないなぁ」
友人達と屋台を回っているとまさかのまさか。
屋台で買った綿あめが髪の毛についてしまったので、それを取っている間にはぐれてしまった。
まぁ人も多いし、しゃーないかなと思う。
一応、友人達にはスマホで連絡しておいたし、心配はされないはず。
少し人酔いもしたし、綿あめもゆっくり食べたいから屋台が並ぶ道から少し外れて一息をついたところ、チリに声をかけられた。
「一人で寂しそうにしとるから声かけたのに」
「一人でゆっくりしてただけやもん」
はぁ、やれやれなんて顔をしながら、チリはこっちを見るから綿あめを食べて視線を誤魔化した。
「……他の子」
「ん?」
「チリこそ、他の子と一緒やったやん」
「さぁ?気ついたらみんなおらんくなってたわ」
嘘。
きっと、色々な子に引っ張りだこになって疲れて抜け出したんやろ?
今頃、クラスの女の子がチリを探し回っているはずや。
でも、私には声をかけてくれる。
自惚れかもしれないけれど、嬉しくてにやける顔を綿あめで隠した。
「わっ!……ぶっ」
「ちょっ!………………なははは!!綿菓子へばり付いてるやん!」
勢いよく綿あめにかぶりついたのがまずかった。
タイミングよく吹いた風のせいで、綿あめが髪にくっついた。
「うー……べたべた」
「あーぁ……こっちにもついとるやん、ほらじっとし」
「……ぁ」
チリの指が優しく私の髪に触れる。
少しだけチリとの距離が縮まって、心臓が早くなる。
綺麗なルビーの瞳に見とれてしまう。
「……」
「チリ……?」
「なんや」
「もう……取れた?」
「……ん、取れたよ」
綿あめはもう取れたはずなのに、チリはずっと私を見つめる。
髪に触れていたはずの指が、私の頬を撫でて……。
『あー!花火始まるって!!!』
「!」
「……っ」
花火が始まると会場へ急いで向かう大きな人の声にびっくりして、チリと私の二人とも勢いよく離れた。
「……」
「………………あー……花火!花火見に行かへんか?」
「……行く」
「会場ちゃうけど、よう見えるところあるからそこでゆっくり見よか」
こっちの道や、と私の手を取って歩き出すチリ。
やけに繋いだ手が熱い。
私の熱なのかチリの熱なのかは分からない。
「着いたで!」
「…………え!待って!めっちゃ見えるやん!」
「せやろ!」
「しかも、人もいてないし、よう知ってたなぁ」
「ははっ、もっとチリちゃんのこと褒めてええんやで?」
「調子乗りすぎやろ!でも、ほんま綺麗に見える!……チリ、ありがとう!」
今年も人の海の中でぎゅぎゅうになりながら花火を見るのかなぁと思ってたんやけど、チリのおかげで花火をゆっくり見ることが出来そう。
嬉しくてチリにお礼を言って顔を見ると、さっきまで自信満々な顔をしてた癖に、なんや笑ってしまうほど、チリが真剣な顔をしてこっちを見ていた。
「……」
「……夏ももう終わりやなぁ」
「そ、そうやけど……どうしたん?急に……」
花火を見ているのに、なんでそんな話をするん?
「学生最後の夏も終わりかぁ……」
しみじみとチリはそう言って、私に背を見せる。
次にチリが何を言うのかわかってる。
どんだけチリと過ごしてきたと思ってるん。
あんまり幼馴染を舐めんといて欲しいわ。
チリは夏休み辺りから、ここらへんの人じゃない学生でもない、スーツを着た人と何度か話をしているのを知ってる。
「…………夏終わったからっていうても、まだ文化祭とかあるやん」
「せやなぁ……」
「クリスマスもあるし、クラスのみんなでまたクリスマス会とかもあるやん……夏終わったから、しんみりしてたらチリだけみんなに置いてかれるで」
「……」
私の誤魔化すような早口言葉をチリは黙って聞く。
「……卒業したら、パルデアに行くねん」
「……そうなん?旅行?」
「ははっ、そんなわけあるかい……働くために行くねん」
「……」
今度は私が黙る番。
『そっか』
その三文字の言葉さえ出てこない。
あれだけ打ち上って、うるさかった花火の音が止む。
「ここだけの話、うちの親にもまだ話してないねん」
「……そうなんや」
「なんでやろな、話するんならーって、真っ先にあんたの顔が浮かんでん」
「……」
「なぁ……」
「な……に?」
私に背を向けていたチリが振り返りながら私の名前を呼ぶ。
花火がひとつ打ち上がった。
「 」
打ち上がった花火の音でチリの言葉が聞こえなかった。
泣きながら(チリ曰く泣いてへん!らしい)開けたピアスが花火の光と合わさって眩しい。
有名な歌詞、漫画とかありふれているとは思ってるけど、これから何十年もある人生、この景色だけは一生忘れることなんてできない、淡くて儚い想い……呪いをかけられてもうた……と思いながら、私の腕を引っ張るチリの腕に閉じ込められた。