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    ときめいてなんぞいない!「よぉ、旦那。ちょっくら付き合ってくんない?」

    家に来るなり、ズイッと迫力のある綺麗な顔を突き付けて睨めあげてくる様は何処の輩だと突っ込みたいところである。槇寿郎は溜息を吐きながら、グイッとその顔を手で押し退ける。

    「君な。最近頻繁に来すぎじゃないか?」
    「今は派手にガンガン押しまくって俺様を意識させる時期だから」

    押し退けられても気にしてないのか、槇寿郎の手指の間から、にんまりと笑っている宇髄。
    そんな宇髄に槇寿郎は再び溜息を吐かずには居られなかった。
    少し前に宇髄に告白された槇寿郎。当然断った。だが、宇髄は簡単には諦めないと宣言した通りにこうして頻繁に槇寿郎のもとへ来ている。
    その言葉の意味を考えるならば、そう遠くない内にパッタリと来訪が無くなるのだろう。押して駄目なら引いてみろ。昔からある駆け引きの手段である。
    わざわざそれを言葉にする辺り、ある意味律儀と言うか誠実と言うか。

    「旦那の事だから分かってても、絶対に来なくなった俺様のことを気にするだろうからな」

    人の悪そうな笑みに槇寿郎はほぞを噛む。一度懐に入れてしまった相手の事を気に掛けてしまうのは槇寿郎の性分だ。それが作戦の内と分かっていても、会いに来ず、一切の連絡がなくなったら本当に何も大事ないのかと考えてしまうだろう。
    それに宇髄は決して悪い男ではないのだ。寧ろ良い男なのである。だからこそ質が悪いのだとも言える。

    「……もういい、それで今日は何の用だ」

    宇髄の顔から手を離した槇寿郎は三度出そうになった溜息を飲み込んだ。

    「町の方で新しい甘味屋が出来たらしいんだわ。そこの菓子が大層美味かったって嫁たちが言っててさ。一緒に食いに行こうぜ」
    「あまり甘い物は得意じゃないんだがな」
    「焼きたての煎餅なんかもあるってよ。さ、行こうぜ!」

    がっしりと手を掴まれる。これは逃げられそうになくて。
    幸い、と言うのか。下の息子は今は泊まりがけで友人たちの家に行っている。きっとその事を知っているからこそ、こうして少し強引に槇寿郎を連れ出そうとしているのだろう。
    槇寿郎を一人にさせまいとしているのだと気付いたのはいつの頃だったか。下の息子が泊まりがけで出掛ける時には必ずと言っていいほど現れる。何処からそんな情報を手に入れているのか。元忍びだとそう言うのもお手の物と言う事なのか。
    いつかその事について突っ込んで聞いてみるべきか。藪蛇な気がするので止めておこうか。
    そんな事を考えながらも槇寿郎は宇髄に手を引かれながら、外へと足を踏み出したのだった。



    「いや、待った。流石にコレは食えんぞ」
    「はははっ!派手で良いな!!頑張って食おうぜ旦那!!!」
    「……君が沢山食べると良い。ほら」

    最近出回り始めたと言う生クリームなるものを使ったデコレーションケェキを前に尻込みした槇寿郎は、周りからどう見られようがこの際気にしてられんと匙に乗せたケェキを宇髄の前に突き出した。
    よもや食べさせてもらえるとは。宇髄がけらけら笑いながら大きく口を開ければ、そこへ匙が突っ込まれる。

    「あー、ん。んー、うん。饅頭とは違った甘さだけど、悪かねぇな。旦那も食べなよ」
    「すまんが俺は正直店に充満してる匂いだけで胸焼けしている。と言う訳で君が食え。今なら全部俺が手ずから食わせてやる」
    「そんなんで俺様が言う事を聞くと思ってるおっさん派手に可愛いと思うぜ。惚れた弱みがあるから聞くけどな!」
    「やかましいわ。土産も買わなきゃならんのだ、さっさと食え」
    「んぐ」

    こんもりと匙に乗せられたケェキで口を塞がれる宇髄。美丈夫は頬を膨らませても、その美貌がくずれる事はないらしい。

    「これを食べ終わったら近くの煎餅屋に行くぞ」
    「んん」

    口を開ける隙を与えられない宇髄はコクリと頷いた。その様がまるで子供のようで。

    「……美丈夫のくせに愛らしさもあるとは……最早憎たらしくさえあるな……」

    一瞬疼いたような気がした胸のことを無視した槇寿郎は皿の上のケェキが無くなるまで、ひたすら給餌に徹するのだった。



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