「櫛」それを見つけたのは街での用事を済ませた帰り道だった。
歩き慣れた道の途中でいつもと違うものを見つけた。新しく出来た店のようで店先には多くの女性客が犇めいていた。ぱっと見るに服屋のようで、けれど力を入れているのは服よりも服飾物の方らしい。ここいらではあまり見ない店だからか、これだけの客が集まっているのだろう。
だが自分は着飾ることはしないので、そのまま通り過ぎようとした時。人々の隙間からきらりと何か反射した光が目を打った。
赤い光だった。
何となく気になって、女性客たちの後ろから覗き見ればそこにはいくつもの櫛が並んでいた。
あまり髪に気を使ったことはない。寝癖を直せればいいので、家にあるのを適当に使っている。
だから、こうして並んでいる綺麗な櫛たちをじっくり見るのは、亡き妻に土産にと買った時以来だ。
そんな数々の櫛の中に少し変わったものがあった。
朱塗りの櫛。鮮やかに彫られたその一部に石が埋め込まれていた。その様な装飾があるものは、初めて見た。赤い石。妻の瞳の色に良く似ている気がした。
気付けば、それを手に取ってそのまま買っていた。
墓前か仏前に供えるとしようか。
「よう、旦那。あんたもこういう店来るんだな」
「宇髄」
店を出るかと踵を返した所で、丁度宇髄がやって来たらしい宇髄が現れた。
「店の外からもあんたのど派手な頭が見えてたぜ」
楽しそうに笑いながら近付いてくる男の瞳は、紅い。妻とはまた違う『あか』
ああ、困ったな。買った櫛の石は妻の瞳に良く似ていると思っていたのに。
もう供えることなんて出来やしないじゃないか。
「何呆けてんのよ。俺様に見惚れちゃった?」
「……君の眼は、綺麗だな」
「え。……え、本当にどうしたの旦那。あんたがいきなりそんな口説いてくるとか、どっか調子悪いんじゃね?」
何故か狼狽え始めた宇髄を尻目に、その横を通り過ぎて店を出ようとすれば、当然の様に後を付いてくる美しい男。
「宇髄。此れは君にやろう」
そう言って先程買った櫛の包みを後ろに放り投げる。
かさりと鳴った音は宇髄が受け止めた音だろう。
「それはもう、俺の手元には置いておけんのでな」
「意味わかんなすぎて俺様困惑しまくってるって旦那分かってる?」
知らん、と言い捨てて後ろを見ずに歩いていく。宇髄はなんなんだよと言いながらも隣へやって来る。
「あとでちゃんと聞くからな」
絶対言わない。
手元に置いておけば、あの石を見る度に紅い瞳を思い出すことになるからなどと、絶対に言わない。
いつまで内緒に出来るのかは、隣の祭りの神様だけが知っている。
完