劣青石(大縹) あなたへの感情を思い出して、数える。自分のものなのに、開け方を知らなかった引き出しを開けて、探す。探さずともそれは、痛いほどに見えているし、その棚に手を突っ込めば簡単に掴めそうだ。
「……ねーさん」
ソファで眠るなんて、珍しい。
腰掛けた姿勢は崩さずに、背もたれに首まで預けて、少し顔を上向きに傾けて眠っている。読みかけだったらしい本は、栞紐を挟んだページがそのまま、膝の上で捲られるのを待っているままでいる。放置されている本をそっと取り上げて閉じて、ついでに表紙を盗み見て(なんか難しそうな本だった)テーブルへと置いておく。2人掛けのソファではあるけれど、横に座ったら起きてしまうだろうか。あまり寝付きのよくない彼女の眠りを、少しでも阻んでしまうのは憚られた。立ったまま、どうしたらいいかもわからずに、とりあえず彼女の顔にかかっている黒髪を弾いた。
「(白雪姫みてえ)」
まるく円を帯びた白い肌がほんのりと赤く色づいているのを見て、何の他意もなくそう思ってから、「うわ、はず、キモ」誰がいるわけでもない、ただ目の前で眠っている彼女以外に部屋には誰もいないというのに、恥ずかしくなって声が出る。白雪姫なんてマトモに読んだこともない、と思うのに。一体俺の脳のどこらへんに、白雪姫、なんて単語が記憶されていたのだろう?ましてやそれを、女の人を差す言葉として使うなんて、そんな小っ恥ずかしいことがこの世にあっていいものか。まあ、やったの俺だけど。
自分がいつも使っているブランケットを適当に手にとってかけてみると、「うん、」眉を寄せて身じろぐものだから、「うわ、」俺からも声が出る。もぞもぞと居心地悪そうに体制を変えて、俺がかけたブランケットをつかんで、顔の近くまでぐいと引き上げる。寒かったんすかね、暖房はどうなってたっけ、と、ソファに背を向けてエアコンのリモコンを探そうとして。
「大牙」
「え、ねーさん起きてたんす」
か。
思い切り振り返ると、ブランケットを抱きしめるようにして目を閉じたまま、幸せそうにすやすやと眠っている。俺はと言えば、
「………………、あーーー、もう」
今の声と仕草と何もかもで、中枢機関はもう全部バグ。バグバグバグ。顔は熱いしリモコンに伸ばそうとしてた手は震えるし、暑いし。一旦エアコンなんてどうでもよくなってしゃがみ込む。手で覆った顔は明らかに熱を持っていた。ほら、処理落ちじゃん。緊急メンテ入りますわ、こんなの。
尊敬も親愛も愛情も劣情も、この世の感情を詰め合わせたお得パックが、俺の、ねーさん向けの棚には詰まっているって知っているくせに。いや、ねーさんのことだから知らないのか、知らねーけど、もう。
「白雪姫なら、キスで起きねーと嘘ですよ」