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    ちょこ

    主に企画参加の交流小説、絵など投稿してます
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    アイドラ小説
    時雨がトップアイドルを捨てる話

    いつから歌うのが苦痛になっただろうか?
    アイドル衣装に身を包み、酷い顔をしている時雨はふとそう思った。化粧で隠されてはいるが最近眠れなかったり、食事もあまり食べていない。それでも見た目では分かりにくいせいか、周りは何も言ってこない。水無瀬時雨なら大丈夫、だとでも思っているのだろうか。
    いつからだろうか、マイクが鉛のように重たいと思ったのが。いつからだろうか、今着ている衣装を着ると身を締め付けられるほど窮屈だと思ったのは。いつからだろうか、ステージに立つと息苦しく感じるようになったのは。いつからだろうか、作曲をしてはそれを破り捨てるようになったのは。
    いろんな”いつから”がはこびってくる、いつからだ、いつからこんなふうになった?前の自分はもっと、もっと楽しく歌ってたはずだ。ライバルと思っていたあの人と一緒に競って、歌って、笑って、曲も一緒に作って、もうあの人はこの芸能界に居ない。引退してトップアイドルだった彼と世代交代するように自分がトップアイドルになった。彼が出演していた番組は自分になり、世間は”佐々木巡”から”水無瀬時雨”へと乗り換えっていった。情けないことに、ずっと隣で何もかもわかっていた気がしていた時雨はその時思い知らされた。トップアイドルとしての重さに、トップアイドルだった彼からは微塵も感じ取れなかったのだ、いつだって、あの笑顔でファンを、世間を魅了していた。彼が辞めた分、仕事が増えた時雨は時々思うのだ。

    ──みんな、自分より佐々木巡を望んでいる。

    仕事をしていくと分かるのだ、自分を見る視線が、佐々木巡の方ができていた。トップアイドルならもう少しできるだろう、といろんな視線が自分を見ていた。誰も口には出さない、口では時雨さん、時雨さんと笑って褒めて言う。けれど視線は誤魔化せなかった。そんな視線に気付かないふりでヘラヘラと笑い、歌い、仕事をする自分が苦しくて堪らなかった。自分は、こんな形でトップアイドルになりたかったのか?それすらも分からなかった。
    ノック音が聞こえ慌てて酷い顔を誤魔化す、中に入ってきたマネージャーがそろそろ時間だから、と自分を呼びに来てくれた。このマネージャーは仕事が出来るが、相談はできなかった。このマネージャーすらの視線も怖くてどこか目を合わせるのが減った。ステージ脇でマネージャーが自分に言う。
    「時雨さん!いつもの笑顔でよろしくお願いしますね!」
    「そうそう、アイドルは笑わなきゃね。時雨さんの笑顔素敵ですし」
    「……そうですね、笑顔笑顔」
    マネージャーの言葉にそばに居たスタッフも似たようなことを言う、時雨は微笑んでそう言ったが内心はドロドロとした何かが覆う。これ以上笑えというのか、このマネージャーも、隣にいるこのスタッフも、自分が無理して笑ってるのに気づかないというのか、この時嫌という程分かった、誰も自分をただの”水無瀬時雨”と見ていないのだ、と。マイクを持つ手が震えそうになり誤魔化す、これが新人の頃だったら緊張してと誤魔化せるのだが、今の自分はトップアイドルだ、トップアイドルは緊張しないだろう、とみんなは思っているため、ステージに立つのが怖くて震えるのすらお許してくれなかった。
    そのまま出番でステージに立つ、ファンの声が響く、その声が気持ち悪い。耳障りだ、と。照明が自分にあてられる、立ちくらみがしそうだ、真っ暗になって欲しい。自分の曲が流れる、吐き気が出そうだ、曲を流さないで欲しい。なんとか歌い出す、自分は笑顔で歌えてるだろうか。ちらりとステージ脇にいるマネージャーやスタッフの顔をみた、満足そうな顔だ。その顔すら怒りが込み上げてきた、何も知らないくせに。失敗は許されない、歌いながら泣きそうになる、あの人はこんな気持ちで歌わなかったんだろうな、と。こんな重いものを背負っていたはずだ、自分が感じている重圧よりも、それなのになぜ彼は笑顔で歌えていたのだろう。時雨は何も分からない。
    ライブが終わり家で1人真っ暗な部屋でソファに座り込み考える、家では結んでいない髪がサラリ、と垂れる。ずっと考えていた、もう限界だ、と。何もかも嫌なのだ、ステージに立って歌うことも、撮影で笑って写真を撮られることも、大好きだったはずの作曲も、何もかも全部捨てて逃げ出したかった。ふとスマホを触りアプリを開く、【佐々木巡】と表示され電話をかけるか迷った、彼なら何か自分に言ってくれるのではないか、彼ならなにか励ましの言葉をくれるのではないか。しばらく迷った、かけるのが怖かった。目頭が熱くなりそうになり、そのまま閉じた。怖い、なにもかも。こんな苦しい思いをずっとするならば。

    ──もうアイドルを辞めよう。

    突然のトップアイドルである水無瀬時雨が芸能界引退するニュースはあっという間に世間を驚かせた。記者会見では後世を育てたいと言った。引退後は母校である安心院学園で教鞭を奮うことも決まっていた。これでよかった、良かったはずだ。あまり話したことの無いアイドルやら芸能界の知り合いやらから連絡が入ってきたのを当たり障りなく接して、いつの間にか時間が過ぎる。スマホを見ると沢山の不在着信の中に見知った名前があった。佐々木巡、彼も連絡してきたのかと、かけ直そうか思ったが、する勇気が出てこない、彼から幻滅されるのではと思った。今の時雨には、彼と話す勇気はなかった。洗面所に立ち鏡を見る、少しやつれた自分、髪の長い自分。学生の頃から伸ばして、周りからも銀のように綺麗だと褒められた髪。けれど、今の自分には重たい。ハサミを取り出して髪を切る。ジョキ、ジョキ、と音を立てながら落ちていく髪を黙って見る。呆気ないものだ、と。何もかも捨てた、トップアイドルという栄光も、重すぎる重圧も。綺麗だと褒められたはずの長い髪も、なにもかも。
    少しして短くなって鏡に映る自分を見る、横を結んでいる髪のヘアゴムも取ろうか思ったが、少し考えてやめた。ショートカットなんて何年ぶりだろうか、軽くなった髪を触る、これでよかった、はずなんだ。なのに、なぜ目の前が滲んで見えるのか。

    母校である安心院学園の廊下を歩く、またここに戻ってくるとは思わなかった、と遠く思う。すれ違う生徒が自分を見て少し驚くのを気にせず歩く。すると後ろから声をかけられた、聞き覚えのある声に後ろをむくとそこに居たのは佐々木巡だった。彼は髪を切った時雨に驚いた様子を見せつつ、あの頃と変わらない笑顔を見せた。それすら自分にとっては眩しくて、見るのが辛かった。
    「水無瀬か!?いやー、髪切ったんだな!引退するなんて思わなかったなぁ」
    「……貴方は相変わらず変わりませんね」
    「……お前どうした?なんか……変わった?」
    「……別に何も」
    やはりあの頃と変わっていない彼に顔を歪みそうになる。彼は何も悪くないと言うのに、拒絶してしまいそうになる。冷たく言われた彼の表情は少し驚いていた、そんな表情をさせたくなかった。何も悪くない彼を拒絶してしまうのなら、自分から彼とあまり関わらないようにしよう。そうしないと、自分がなぜ芸能界を、トップアイドルを捨てたのか暴かれてしまいそうで。
    「久しぶりに会ったし今度メシでも……」
    「生憎暇じゃないので失礼します」
    彼の言葉を遮るようにさっとその場から立ち去る。後ろで何か言っていたが聞こえないふりをした、今の自分だと彼を傷つけてしまいそうで。やはり彼は変わっていない、反対に変わってしまった自分、その差を知らされた気がして頭痛がした。
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    ちょこ

    DONEダミアさんお誕生日小説
    ダミアさんお借りしました!お誕生日おめでとうございます!
    モンブラン「ダミア、お誕生日おめでとうございます」
    「おー! ありがとな!」
     レイフが借りている拠点と言っていい住まいにダミアを呼び、目の前にケーキを出す。ダミアと前もって連絡を取っていたため、こうして呼べたのだ。ケーキはレイフの手作りだ。本当なら、料理も出そうかと言ったのだが、間髪入れずに断られてしまった。今度こそ上手く作れるような気がしたのにな、とレイフは残念そうに思いながらも、ダミアを見た。
    「このケーキ……モンブランか?」
    「そうです、アマロンを使ってます」
    「へー! 王様って呼ばれてるやつじゃん!」
     ダミアは感心したようにケーキを眺めた。アマロン、様々な栗の中で特段に甘い栗の事だ。身も大きいのだが、育てるのが難しく、しかも、大きく育てようと魔力を使うと、すぐに枯れるという性質を持っていた。なので、完全な手作業、時間をかけてゆっくりと育てる。そのため、栗の中の王様、という意味で【アマロン】と呼ばれるのだ。一粒だけでも驚くほどの高額で取引される。その高額さに、一時期偽物のアマロンが出回るほどだった。偽物のアマロンと区別を測るための道具すら開発されるほどに。
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