気だるい夏も、いつもよりいいかもしれない あと数週間で生徒たちにとっては待ちに待った夏休みがやってくる。既に夏休みの宿題の範囲を教師から伝えられているため、夏休み入る前に終わらせてしまおうと課題を進めている生徒もちらほらと見かけていた。創も創の親友である琥珀もまた、認可の依頼が入るため、少しでも課題を進めていた。
琥珀は今、教師に呼ばれて離席していた。創と共に課題を進めていた鈴鹿をじっと見る。
「……創なに?」
創の視線に気がついたのか、鈴鹿が怪訝な顔をして創に話しかけた。創はシャーペンをくるくると回しつつ、頬杖をついて考えていたことを話す。
「鈴鹿、夏休みの間俺ん家くる?」
「え?」
創の唐突な提案に、今度は鈴鹿が驚いた顔をした。そんな顔に創はにっこりと笑う。創は特に鈴鹿から聞いた訳でもないが、鈴鹿はあまり自分の家に帰るのが嫌なのだろう、と予測を立てていた。あまりよその家に足を突っ込むべきでは無いのは知っている。
けれど、本来なら安心する家のはずなのに、居心地の悪い場所になっているのは、誰だって居たくないだろう。
「俺ん家、両親二人とも忙しいし時間帯合わないから、ほぼ俺しかいないし。一人増えても問題ないし、ほら、創務の家なら鈴鹿ん家も安心するんじゃない?」
「……いや、創がいいなら……泊まりたいけど……」
「まじ? でも話はしててよ。俺も話しとくから」
鈴鹿の返答に嬉しそうに笑う創。今年は一人じゃないんだ、なんて内心思ってしまうのだ。今年の帰省は楽しくなる、なんて上機嫌で鼻歌を歌い出す創を横目に、初めて友達の家に泊まるということからか、分かりにくいが楽しみにしてそうな鈴鹿だった。
夏休み当日、創に案内され鈴鹿は一緒に道を歩いていた。噎せ返るような夏の日差し、コンクリートから反射される暑さで汗が吹き出す。駅から少しして歩くと、とある一軒家に着いた。表札には【江波戸】と書かれており、創の家だとわかる。
「ここ、俺ん家」
そう言って玄関の鍵を差し込み、扉を開けた。知ってはいたが、やはり誰もいない。今日も両親は忙しく、迎えに行けないことをメールで謝っていた。 むっとした空気が二人を迎えた。創はそっと口を開く。
「ただいま」
小さく呟いた。返事なんて帰ってくるわけないのに、いつも癖で呟く。寮にいる時は琥珀が必ず返事をしてくれるのだが、やはり寂しいな、と思っていると耳に言葉が入ってきた。
「おかえり」
創は後ろを向いた。その言葉を言ったのは鈴鹿だったから、その後にお邪魔します、と言ったが、創は無性に嬉しくなり鈴鹿の頭を強くなでる。
「いでっ、おい創」
「わははー! クーラーとかいれるからあの扉の先の部屋で待ってて」
鈴鹿を案内した後、クーラーの電源をいれて、お茶の準備をする。この炎天下の中歩いたのだ、喉も乾く。コップに沢山の氷をいれて麦茶を注ぐと、それをお盆に乗せて運ぶ。部屋に入ると鈴鹿が緊張した様子で正座して待っていた、その様子に笑って口を開く。
「足崩していいよ」
カラン、と氷が鳴る。今年は違う夏休みになる、そう思えて仕方なかった。