とある懐中時計 放課後、創は教室でスマートフォンを弄りながら画面を見ては唸っていた。その唸っていた声が大きかったからか、隣にいた琥珀はなんだろうかと思いつつ声をかけた。
「創? どうしたの」
「ん? いやなー、これほしいなって」
そういって創がスマートフォンの画面を見せる。琥珀が画面を見ると、時計専門店のサイトだった。その専門店では、色んな時計を販売したり、修理したりとしており、ネット販売もしていた。載っていたのは懐中時計だった。その懐中時計は、シンプルながらもアンティーク調の飾りや模様がされており、琥珀がみてもいいデザインだ、と思った。
暫く見ていておや、と琥珀は制服の裏のポケットに入れていたあるものを取り出す。それは懐中時計だった、高校入学と、認可になったお祝いと兼ねて父親からプレゼントでもらったのだ。それに、似ていたからだ。琥珀はサイトの画面と見比べる。
「……似てる」
「な? 似てるだろ? でもよく見ると違うのよな、琥珀のと。琥珀がさ持ってるの見てさー、前から欲しいなーって覗いてて」
「買うのか?」
「いや欲しいけどね……値段がね……」
そういう創の言葉を横目に、値段を見た琥珀は思わず固まる。学生が買うにしては中々にいい値段をしていたからだ。琥珀と創は認可で活動しているため、没討伐の際、報酬は貰っていた。けれど、それでも買うのを考えてしまうほどの値段ではあった。
これは創が買うのを迷う気持ちがわかる、と琥珀は思いつつ、もしかして父親が買ってくれたこの懐中時計も、このくらいの値段をしたのだろうかと思ってしまい、ますます大事にしようと決めたのだ。
「んー……これは保留かなぁ」
「何が保留?」
「あ、鈴鹿」
丁度、先生呼ばれて教室を離れていた鈴鹿が戻ってきて、会話が聞こえたからかそう言った。だが、話の途中で聞いたからか、怪訝な顔をしている鈴鹿に、創は琥珀の時と同じように、スマートフォンの画面を見せる。
「いやねー、これ欲しいなーって琥珀と話してたのよ」
「……これ欲しいのか?」
「まぁねー、琥珀が持ってるの見ると欲しくなるのよね」
まぁ買うのは先だけど、と言った創はスマートフォンをしまうと、鞄を手にして席を立つ。
「鈴鹿来たし、コンビニ寄って帰ろうぜ」
「またアイス?」
「いいじゃん! 鈴鹿に放課後コンビニ寄って買って食べるアイス美味いって教えるのー!」
「いやそう言ってるけど二回目だからな」
「いいじゃんいいじゃん、別のアイス選べば」
そう言って笑いつつ、教室を出る。創と琥珀が話している後ろで、鈴鹿はスマートフォンを取り出して、とあるサイトを見ていた───。
そんな話をしてから翌週、朝創と琥珀が教室に入ると鈴鹿が手招きをする。なんだろうか、と二人は顔を見合わせて、近寄った。
「鈴鹿、おはよ」
「おはよ」
「はよ、創、これ」
「ん?」
挨拶を返した後、鈴鹿が何か小さな紙袋を手にして創に渡した。創はなんだ? と思いつつ受け取る。特に今日特別な日でもない、何か鈴鹿に貸した覚えもないため、創は首を傾げながら中身をみる、中にはなにやら木で出来た小さな箱が入っていた。その箱を見た時、何か見覚えがあるような……と思いつつ箱を取り出し、開けて固まった。
「……え? これ……」
「創?」
創の反応におかしいと思った琥珀は、一緒に箱の中身を見た。中を見て琥珀は呟く。
「え、これ……この前創が欲しいって言ってた……」
二人が思わず固まった理由、それは箱の中身だった。琥珀が呟いた通り、その中身は、創が欲しいと言っていた懐中時計だったのだ。なんで鈴鹿が買ったのか、値段も安くなかったはずなのに、と琥珀が思っている横目に、創は軽く自身を落ち着かせるように深呼吸をしたあと、口を開く。
「……ちょっと鈴鹿、話そうか……」
そういって鈴鹿の目の前の席に、丁度向かい合うように座った。創も突然の事で頭が追いついてなかったが、なるべく鈴鹿を責めないように言葉を選ぶ。
「えっと、なんで鈴鹿が買ったのかな」
「……欲しいって言ってたから」
「確かに欲しいって言った。けど、これ学生が買うにしては高かったはずだけど……」
「いや、全然……それくらいは」
鈴鹿の言葉を聞いて思わず頭を押えた。つい忘れていた、鈴鹿はお金持ちの息子だということに。ファミレスやコンビニを知らないほどのお金持ちなのだ。確かにお金持ちなら、買うのは容易いだろう。けれど、まさか欲しいと呟いたのを買うとは思わなかったのだ。創の反応を見てか、鈴鹿がおずおずと口を開く。
「……感謝の気持ちを込めてというか……。だ、だめだったか……?」
「……」
創は黙ってしまった。琥珀も心配そうに二人をみる、創は鈴鹿の気持ちを把握していた。創は少し考えて、口を開く。
「いや、鈴鹿の気持ちは嬉しいよ。ありがとう、けど、もし俺らがさ、悪い考え持ってたらさ、お前ずっと俺らから何か買って、これ欲しい、とか言われるかもしれないんだぜ」
「……? 二人はそんな事しないだろ?」
「いやそうだけどね……しないけどさ……。例えというか……」
「……別に、二人にしかしない」
「んー……」
そういう問題ではない、と創は思わず頭をかく。なんて言ったらいいのか、と悩み始めた隣で、先程まで黙って二人を見ていた琥珀が口を開く。
「鈴鹿、お礼の気持ちは分かるよ。創喜ばせたかったんでしょ。けど、鈴鹿にとってはそれくらいのお金かもしれないけど、俺らからしたらびっくりしたし、逆に気を使ってしまうんだ」
「……」
「俺ら、鈴鹿と一緒にいたいなって思ってるよ? これからも」
「……分かってるけど」
琥珀が話した後に、創が口を開く。
「じゃあ、大人になったら色んなことしようぜ。大人になったらさ、俺も琥珀も鈴鹿もお金稼ぐだろ? それでさ、三人で楽しいことしようぜ? 一緒に飲みに行ったりさ、遊んだり……旅行したり……それならいいだろ?」
「……ん」
創と琥珀の言葉に納得してくれたのか、頷いた鈴鹿。創は鈴鹿の頭をぽん、と置く。
「でも、ありがとな、時計。大事にする」
ニカッ、と笑う創。早速箱から懐中時計を取り出して、制服の裏のポケットに入れた。似合う? と聞くと琥珀も鈴鹿も似合うと答えた。先程までどこか落ち込んでいたように見えた鈴鹿も、少し笑っていた。自分たちの話に納得しただろう、これでこの話は解決した、と琥珀も創も思っていた。
何年かたった時、店を貸切した鈴鹿に驚く日が来るなど、この二人はまだ知らない。