■ CROSSING《Re:ハニー》前半→ハニーとなっちゃん
原作は漫画版しかきちんと見てませんが、例えご都合主義でも違う世界と人々であってもあの終わり方は嬉しかったです。
「友」は少なくとも石川ゲッターロボでは本当に愛した存在にこそ向けられる言葉なので、そのニュアンスで。
後半→「早見」と「誰か」
説明めんどくさいから極端に簡単に言うと、Re:ハニーはハニーだったけど同時に石川ゲッターロボだったし、早見は竜馬寄りで隼人混じってたよね?って前提で、なら早見にも相方いてもおかしくないよね?っていう。
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「あのね、なっちゃん」
「なに、ハニー?」
「えへへ、んーん、呼んでみたかったんだぁ」
「なによ、にまにましちゃって。ほら、片付け終わってないじゃない」
「はーい」
――ジルツリーでの事件が終息した後、私はハニーと探偵事務所を開く事になった。
人の想いを力にする機械、Iシステムの力は今回は人類を救ったが、やもすれば人類を滅亡しかねない。それを考えれば奇跡的な事だけど。
一体、上層部や国家間で何があったのかは一介の公務員でしかない私にはわからない。きっと骨を折ってくれた人達がいて、その人達もハニーを愛してくれてるんじゃないかとは思う。一瞬、軽薄なエメラルドグリーンが見えた気がするけどそれは置いておいて。
幾つか提示された条件の元に、私はそんな選択をハニーと二人でしたのだった。
しばらくの間、主なクライアントは腐れ縁になりつつある早見くんになりそうだけど、それも悪くないでしょ。
真新しい事務所には買い揃えたり持ち込んだ備品の段ボールがまだ積み上がっているけど、京子さんがニコニコしながらよくわかってなさそうなハニーと腕まくりをしていたから、片付けは早そう。
……「スイーパー」の噂って本当なのかしら。
そんなことを考えながら段ボールを運ぶ。服装が自由になったからバンツスーツで良くなったのも些細な事だけど嬉しい。スカートとか、私向いてないのよね。
机に段ボールを置いて中身を取り出していると、またハニーが声をかけてきた。
「あのね、なっちゃん」
「終わったの、ハニー?」
「片付けはまだなんだけどぉ、えへへ」
「なによ、ずっとニコニコしちゃって」
「これからなっちゃんとおばちゃんと一緒のお仕事なんだなぁって思うと、嬉しくって!」
「あらあら、ハニーちゃんは夏子ちゃんの事が大好きなのねぇ。熱々だね」
「だって、友達だもんね、なっちゃん! あ、もちろんおばちゃんの事も大好きだよ!」
「は、恥ずかしいからやめなさいよ、もう!」
帰ってきてからのハニーはずっとこんな調子で――いや、前からだったわね。
私はあんまり真正面から臆面も無く伝えられるものがやっぱり恥ずかしい。ちょっと顔が熱い。
「ええ、なんでぇ!?」と口を尖らせるハニーにおばちゃんが「ほらほら、二人ともひと休みしてお茶でも飲まないかい?」と設置したばかりの応接セットのテーブルにマグカップを差し出してくれた。
「わぁ、ありがとう、おばちゃん!」
「ありがとうございます」
ハニーフラッシュの七変化よりよく変わるんじゃないかと思うほど、ころころと表情を変えるハニーだけど、まあ、うん。
笑っててほしいのよね。やっぱり。
鮮やかに目を引く金髪より明るい太陽みたいな笑顔を囲み、女三人ソファで談笑しながら、私はそう思った。
京子さんが三人分のマグカップや湯呑みを持って、洗い場に向かうとハニーと二人だけになった。
もうひと頑張りしようかと腰を上げかけ、ハニーの真剣な声に引き止められた。
「……あのね、なっちゃん。私ね、話しておきたいことがあるんだ」
「なに?」
ハニーの向かいで座り直して、真面目な顔を見返す。ハニーは「ん、とね」と少し考えるように小首を傾げてから話し始めた。
「……お父さんはね、私に『人間として生きろ』って言ってくれたんだけど、私、それがどういうことかは……本当は、よくわかってなかったと思うんだ。
『愛の戦士』って言ってもね、アイってなんだろうなって」
目を伏せて、少し申し訳無さそうに。
……ハニーは如月博士の娘として生まれたけれど、自分で体験した事はこの二年近くのものしかないはずで。
私だって、わかってなかったかもしれない事を。
「でもね、だからね、なっちゃんに逢えて本当に良かった」
パッと花開くような笑顔だった。部屋が明るくなるような錯覚に目を瞬きする。
「天に星、地に花、人に愛を!
――だからね、なっちゃん」
「私、なっちゃんのこと、大好き!」
「ああ、もう! 言わなくてもわかってるわよ!」
抱きついてきそうなハニーに反射的にそう返して、きっと赤くなっている頬をかく。
まったく、恥ずかしいんだから。でも、
「愛してる」なんて、そんな簡単に口に出せる訳、無いじゃない。
「――……だって、私たち、友達でしょ」
「うんっ!」
熱くなった顔で、目を逸らしながらそう言うのが私には精一杯で。
まるで子供みたいな元気いっぱいの返事をするハニーを横目で見て、私も少し笑った。
そうして始まる私たちの新しい日々。
騒がしくて静かで普通で異常でつまらなくて楽しくて。
当たり前だけど、奇跡みたいな毎日を、あなたと生きてみたいんだ。きっと、私は。
ねえ、ハニー?
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ブゥンと何かの機械音だけが静かに低く響く研究室の滞留した空気を、ギィと油の切れたらしい椅子の背もたれが軋む音が裂いた。
と、二つほどノックされただけの扉が部屋の主の返答も聞かず開かれ、鮮やかなエメラルドグリーンの上着の男がずかずかと踏み入って来た。
深呼吸でもするように訪問客が帽子を脱げば癖のある茶がかった黒髪が窮屈だったとでも言いたげに蛍光灯の下であちこちに跳ねる。
「いやぁ、助かったよ。ダンケダンケ」
「そこはサンキューじゃないのか、所属的に」
まあ、間に合って良かったが。
曇りのない笑顔でパソコンの前の白衣の男の肩を勢いづいてバシバシと荒く叩き礼を述べた妙に馴れ馴れしい訪問客――「早見」に、男は椅子を回して振り返り、そう苦笑しながら返した。
白衣の背にまで届きそうな黒く艶やかな長髪が外から流れ込んだ空気に軽く流れる。面長な輪郭に切れ長の瞳、目を伏せれば頬に影が落ちそうな程に長い睫毛、日焼けを知らないような白い肌。
キーボードの上で翻れば長くしなやかに目に映える指を、今は脚の上で静かに組んで見返す男が先程まで向かっていた机にはパソコンが起動したままになっている。画面には早見にも共有されたIシステムの研究資料が映り込んでいた。
如月博士の研究は国家的なプロジェクトでもあった。研究結果が陽のあたる場所から消えても、それ事態も関係者もある日突然消える訳では無い。
「如月博士には御恩もある。あの子が助からなかったらお前と一緒にどう詫びるかと」
「あれっ、俺も一蓮托生かよ」
「確かに俺はあそこにいた一人だが、最初に抱き込みに来たのは誰だと」
「まあ、ぼくですね」
「お前はいつも無茶ばかり持ち込みやがる……」
「でも何だかんだ言いながら協力してくれるじゃないですか」
ははは、愛かな?
「……恥ずかしくないのか、お前は」
打てば響くような気安く慣れた様子での会話の後、いっそ快活に問われた言葉に、幾分照れるか困ったように軽く眉根を寄せた男から呆れたような声が落ちた。
「早見」は実に軽薄で捉えどころがなく、どこまで本気かわからない。
気を取り直すように一度画面に目をやって、白衣の男は口を開いた。
「アイ、と言えば、お前たちのお守り付きとは言え、あの子達を自由にしておいてもらえるようで良かったよ」
「それは研究者としてかな、それとも親の一人としてかな?」
「ご想像にお任せするよ」
「裏で手回したろうに謙虚なこったね」
「ふっ、お前もそうだろ」
「さて、ご想像にお任せするさ」
「お互い言えない事が多くて苦労するな」
腹を探り合うようなわざとらしい笑みを交わし、白衣の男は不意に真剣な表情で画面に向き直った。
Iシステムに生体兵器としての機能があることは事実だ。人ひとりに容易く背負わせるべき力でも無いことは、ジルツリーでの一連の事件からも明白だった。
それでも、彼等はそうすることを、彼女達がそうある事を選んだのだった。示し合わせた訳でもなく。
机の上に肘を着き、組んだ指で隠れた口元から聞こえる静かな声が早見の耳に届く。
――Iシステムがこれからどう変化を遂げるか、それは彼女たちすら知らないだろうし、それが進化であるかも今の俺達にはわかるはずもないさ。
ただ、俺の信条として多様性――可能性の芽を摘む真似はしたくないもんだ、それが良くない未来に繋がるかもしれないとしても。
「……ふふっ」
「なんだ、気持ち悪い」
「いや、お前のそういうところが――いや、なんでもねえや」
愉快そうに小さく笑い、早見がぽんと白衣の肩をひとつ叩く。
大事な事ほど口にしたがらないのは昔から変わらない、と白衣の男はその横顔を長い前髪の隙間から覗きながら思った。
どれだけ変わろうが、変わらないものもある。
願わくば、それが――いや、きっと、彼女達には無用な心配なのだろう。
これからも「愛の戦士」であり続けるならば。
どちらともなく交わった目線に含まれたものは言葉にするには不要だった。
にかっと憂いや不安など吹き飛ばしそうな笑顔の後、姿勢と表情を正した早見が白衣の男にうやうやしく手を差し伸べる。
「ところで御協力頂いて解決できたお祝いにオーバーワークで缶詰しがちな科学者さまをディナーにでもご招待したいんですがね」
「どうせまたいつもの飲み屋だろ」
「ご明察」
「お前の薄っぺらな軽薄さにも慣れて来たよ」
「あっ、ひでえな、これでも頑張ってんだぜ」
「似合わなくて似合ってて面白いさ」
白衣の男が差し出された手を取り、椅子から腰を浮かす。
背後のパソコンがブンと唸って、プツリと電源を落とした。
「ああ、でも、そうだな」
その「ハヤミ」ってのは、いつまで経っても自分を呼んでるみたいで落ち着かないな。
ははっ、そりゃ、こっちもだよ「リョウ」さんよ。