■ 連れ合いの条件「また見合い断っちまったって本当かよ、リョウ?」
朝の食堂でたっぷりと山盛りの朝食が乗ったトレイをテーブルに起きながら弁慶が向かいの席の青年にそう話しかける。
参ったな、と頭に手をやる竜馬の隣、隼人はチラと横目で彼を見たきり涼しい顔で食事を続けていた。
百鬼帝国との戦いも終わり、二年ほど経とうとしていた。
元来の宇宙開発という目的に立ち戻ったゲッター計画は、しかし同時にゲッターロボがたった一機で示した戦力が重大視された。国防の為と政府組織に近く組み込まれ、食堂やら寮(狭いとは言え個別の部屋となり、ようやく相部屋から解放された事に一番喜んだのは弁慶だった)も増設された早乙女研究所にまだ三人は所属している。その強大な力ゆえ乗り手を選ぶ機体の貴重なパイロットを手放す事はできないと判断された為であった。大学へ通う事は出来なかったが希望があれば通信とはいえ同等の教育と資格の授与を約束され、早乙女研究所でのゲッター線研究やゲッターロボの整備などに関連する職務を得て学びながら働けるということもあり、以前と地続きのような、しかし戦いの無い平和な日々を彼等は過ごしていた。
ここ最近、九州は杉の子学園の重鎮であり、日本屈指の居合道の使い手と謳われた流一刀流道場主でもある父を持つ竜馬には、日本、いや世界を救ったゲッターロボのパイロットである事や、高齢で産まれた長男であることも重なってか度々見合いの話が持ち込まれていた。
成人して間もないとは言え、重なる好条件に流家の家庭事情ともなればおかしな話では無く、更には上流家庭の『御付き合い』も含まれるとなればどうしても書面や口頭では断りきれない物が出てくる事もある。休日にきちんとした格好で出て行ったと思えば、げんなりした顔で帰宅する事もあった。つい先日のそれを思い出しながら隼人は食べ終えた膳に「ご馳走様でした」と軽く呟き、竜馬に向かっていつものように皮肉な笑みを浮かべた。
「お前さんも随分おモテになって大変なこった」
「うぅん……ハヤトにも来てるだろ……」
既に食べ終えていた膳を脇に寄せ、珍しくも行儀悪くテーブルに両肘を着いて頭を抱える竜馬から呻き声に近いものが漏れて(随分参ってるな?)と、隼人と弁慶は一瞬顔を見合せた。
「俺の素行不良ギリギリ具合は知られたところだし、幸い『まだ早い』で家族も納得してるからな」
父さんもピンピンしてるし子供には自由に生きて欲しいってよ。うちは恋愛結婚だったらしいし。
片肘を着き、竜馬の方へ身体を向けてそう語る隼人の顔は穏やかだった。こいつがこんな顔で親父の話をできるとはなぁ、などと向かいで食事を取りながら弁慶は思う。あの頃はそれは捻くれて、親父の話となれば不機嫌そうにソファやら草っ原に寝転がっていたというのに。
「リョウは随分優等生だから、知らねえ奴らなんかは御せるんじゃないかと馬鹿な夢見ちまうんだろうぜ」
呆れたような声で肩を竦めながらそう言い括った隼人も、今やゲッター線開発における重要拠点のひとつを有する神重工業株式会社の御曹司である。ああは言ったが色々とわからないではないのだろう。
「……おめえらの実家は太かったなって、最近になってしみじみ思うぜ……」
それはそれでめんどくせえもんなんだなぁ、色々。
次々と器を空にする合間に弁慶が呟く。過ごす時間が増えるにつれ互いに知ることは増えた、が、同じ戦場を生き抜いた、気心の知れた大事な仲間である事は三人とも変わらない。それゆえ、そんな話を聞きながらも素直に弁慶は竜馬に同情した。
「まあ、ついやっちまったから、しばらくは無いと思いたいぜ……」
頭を抱えたままの竜馬からそんな声が聞こえ、弁慶はなんのことだと片眉を上げた。
「やっちまった?」
「帰って来た時あんまり膨れっ面してたから聞いたよ……わからないでは無いが御相手のご令嬢が可哀想だろって俺は思ったぜ」
「し、仕方ないだろ……泣かれたし、親父にも窘められたし、反省はしてるさ、一応」
でも本当にああ思ったんだから、俺は間違えてないと……。
ようやく顔を上げてぽつぽつと弁解を始めた竜馬は、確かに申し訳なさそうな顔をしていた。しかし自分は間違えていないと、この青年が言う時にはどんな事情があったとて意地でもその考えを曲げないのだ。そうなってしまったからには何かあったのだろうと弁慶は続きを聞くことにした。
「なんて言ったんだよ、リョウ?」
「……だってよ、もうすっかり向こうはその気で『お話を聞いた時からときめいて恋しておりました』だの『運命だと思いましたの』なんだの言ってキラキラしててよ。そりゃ思うのは好きにしたら良いが、向こうの親御さんまで一緒になって勝手に話は進めるし、俺の気持ちとか全然聞きゃしないんだぜ? いい加減そういうのうんざりしてさ」
貴女が僕を愛してくださるのは結構ですが僕を理解する気は無いのですね、僕はあなた方のお人形では無いので帰らせてもらいます、って。つい。
あー、と思わず弁慶は呟き、はあ、と隼人がひとつため息をついた。そんな二人の様子に少しばかりムッとした顔になりながら、拗ねるように竜馬は続けた。
「僕にも、生涯の伴侶を選ぶ権利はありますって」
「……追い討ちかよ……」
隼人のそんな呆れるような小さな声の後には「まあ、至極正論だがよ」と困ったような言葉が続いた。目の前の青年が爽やかな笑顔とこの力強い声できっぱりと言ってのける姿は容易に想像がつき、弁慶も軽く眉根を寄せて頭をかく。
「なにも馬鹿正直に言わなくても良いと思うがな」
「ええっ、じゃあなんて言えば良かったんだよ?」
素直に驚き問うような竜馬に「参っちまうぜ」「これだからよぉ」と隼人と弁慶は口々に苦笑いしながら肩を竦め、竜馬は納得がいかなそうにテーブル上の腕に顔を埋めた。
適当に流しながら美味いもんだけ食って帰ってくりゃ良かったんじゃねえのか? 相手によっちゃ面子がどうのうるせえから有難いお話ですが自分には勿体ないのでとかなんとか適当におべんちゃら使っときゃ良いんだよあんなもん……でもまあ、お前の気持ちはわかるぜ。まあ、そりゃあなぁ。リョウの言い方はちぃとばっかアレだが確かに間違っちゃいねえとは俺も思うぜ。
それぞれに慰めるような声を掛けつつ、これで話も終わりだろう、と二人食後の茶を手にした頃。
「はァ、もう面倒くさい……俺、いっそハヤトと結婚しようかな……」
そうとでも言えば諦めて……ハヤト? ベンケイ? 大丈夫か?
ボソッと落ちたそんな呟きに隼人と弁慶は飲みかけた茶で盛大に噎せていた。顔を逸らして勢いよく咳き込む二人に目を瞬かせ、隣の隼人の背を心配そうに軽く叩いた竜馬には、これで何の他意も無いのだとは二人とも知っている。先に立ち直った弁慶が思わずと叫べば、ぐるぐると胸の内に回る言いたいことの幾分かしか形にはならなかった。
「おめえがハヤト相手に言うとあんまり洒落にならねえんだよ、馬鹿!」
「えっ、どうして?」
「なっ、どうしてって……おいっ、ハヤト! こいつどうにかならんのか!?」
弁慶が勢いよく顔を向けた先、もう大丈夫だと竜馬の手を押しやる隼人は眉を下げて、すっかり諦め切ったような顔をしていた。
「どうにもならねえよぅ」
「……ならねぇよなぁ……」
「なんだよ、二人とも」
弱りきったような隼人の声を聞けば弁慶も力が抜けた。当の竜馬はと言えば、さっぱりわかっていない様子で困りながらも不満そうにしている。途端何もかもがどうでもいいような気になって来た弁慶はトレイを手に立ち上がりながら投げやりに口を開いた。
「ああ、もう、いいよいいよ、おめえら二人でさっさと結婚しちまえよ、ああ、めんどくせぇ」
「俺に押し付けるんじゃねえよ、ベンケイ」
「かまやしねえだろ、どうせ本当にそうなったっておめえら何にも変わりそうもねえんだからよぅ」
じゃあな、ごっつぉさん! ひらひらと手を振りながら誰にともなくそう言って席を後にする弁慶を見送りながら、竜馬はやはり不服そうに首を傾げ、隼人は苦笑混じりのため息を大きくついた。
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その日の夜、半ばいつものようにレポート用紙を抱えて隼人の部屋を訪れ、二人で静かに課題をしていた竜馬は、ふと朝の事を思い出し「なあ、ハヤト」と声をかけた。
ベッドを背もたれに床に足を伸ばし、すっかり慣れた様子でこうしている姿を見られた時に「おめえら、部屋間違えてんのかってくらいどっちかに入り浸ってんなぁ」と弁慶に呆れられた事もあったな、とも頭をよぎる。こうしている事に違和感も何も無く、どうしてか当然のように過ごしていたな、と今更に考えながら、竜馬は椅子を軋ませて軽く体ごと怪訝な顔を向けてきた隼人に聞いた。
「……そんなに俺とお前の仲って……変か」
「まあ、変っていやぁ変かもな」
もう慣れちまったから今更だけどな。そう首を傾け肩を竦める隼人の顔には苦笑はあれど厭う気配は見えない。そうか、そうなのか? と竜馬もこちらは疑問に首を傾げた。確かに他の友人達より特別だとは思うが、自分で口にしながらそれがおかしいとは思い難く感じた。まあ、いいか、と思いながら彼は朝口にしかけ、しかし言わなかった事を言葉にしてみた。
「……でもな、正直、本当に結婚なんざするならお前みたいな奴がいいとは少し思うんだ」
「なんだよ、いきなり」
真剣な色を帯びた声に揶揄うような笑いを含ませて返した隼人は、どうやら真面目に言っているらしい目を見てしまい二の句がつげなくなった。
「だって、お互いよく知ってて、一緒の時間が苦にならなくて、思いやれて支え合えるだろ」
これだから参るんだ。こいつは昔っから真っ正直に真面目にぶん投げてくるから。どこか恥ずかしいと感じる自分の方がおかしいのかとすら思えてくる。隼人は内心でそう嘆息して、どう言ったものか困り果てた。
「……あのな」
「なんだよ」
「……いや、いい」
「言いたいことがあるなら言えよ、ハヤト」
結局言葉にはならずに口を閉じても、ただ疑問を乗せた竜馬の声は追いかけてくる事に、隼人は身体を机に向けた。
「…………俺も同じだよ」
しばらく見つめていた顔を背けた姿からぽつりとそんな声が落ちて、やっぱりお前もそうじゃないかと竜馬は明るく笑った。